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第九話 「密入国者達」




 ――波の音が聞こえる。復讐を成し遂げられなかった少年、雪風 志賀はゆっくりと目を覚ます。

 目覚めたばかりの太陽の柔らかい朝日が港を淡く照らしていた。


「――また、生き残ってしまった」


 志賀は罪悪感と共に起き上がる。彼の『幸運』は未だ尽きることはない。窓の外には港が見える。そこには彼の密入国を手伝ってくれた高橋の船の姿も見えた。


「あれがまだここにあるってことは――」


 志賀は船から目を逸らし、俯く。あの船は深夜には出航する筈だったのだ。それがまだ残っているということは志賀の密入国が発覚し、船員が拘束された可能性が高い。

 何も知らない船員達はすぐに解放されるかもしれないが、不要な心労を掛けてしまうことに変わりはない。そして、何よりも問題なのが――、


「船長……すまない……すまない……ッ!」


 志賀は自らの握り締めた拳に涙の粒を落とす。


 ――皇国で密入国は死刑。


 協力者である高橋は、今頃は激しい拷問が執り行われていることであろう。そう想像した志賀は後悔する。


「やっぱり……俺が一人で行けば良かったんだ……。何も成せなかった、何もできなかった俺に付き合わされたばかりに……ッ!」


「いやいや、兄ちゃんはよく頑張ったと思うぞ」


 中年の男が志賀を励ます。


「そんな訳があるか! 俺は……俺に関わりさえしなければ何の罪もなかった人を……殺したも同然なんだ!」

「だから、俺が自分から協力したいって言ったんだろ。同罪だ、同罪」

「そんなこと……ッ! ――って、えぇ!?」


 そこにいたのは、密入国を手伝ってくれた船長、高橋だった。特に暴行された様子もなく、真鐵国の港を出たその姿のままそこに立っていた。


「よっ。なんとか生きてるぜ」

「せ、せんちょおおおおぉぉぉ……!!!」


 志賀は涙を滝のように流して船長の無事を喜ぶ。

 流石に尋問はされたのか表情に疲労感は感じられるものの、至って健康体のままな高橋は恥ずかしそうに頬を掻きながら志賀と笑い合う。



 ◇◇◇◇◆



「――でも、なんで殺されなかったんですか? もしかして、これから公開処刑――ッ!」

「ご丁寧に治療用の寝台まで貸してくれてんのに殺されるこたぁねぇだろ。俺達が生き残れたのは――」


()れは(わたくし)から説明致します」


 高橋の後ろから機械音声のような声が聞こえると、高橋が身体を硬直させた。その背後から出てきたのは黒髪黒目の少女であった。頬に手を当て、にこにこと笑っている様子は可愛らしいが、その腕には『貿易局』の腕章が巻かれていた。


「御初に御目に掛かります。私は、()の貿易局の職員で龍田 (うらら)と申します。黒髪黒目ですが神人の一人で御座(ござ)います」


 志賀は、その回答にぎょっとする。神人の知識は髪色や目の色が普通の人間とは異なるとされていたため、純大和民族としか見えない目の前の女性が神人であることに驚く。その様子を尻目に麗は口を開く。


「――私、感動致しました!」


「へ?」

「誰にも迷惑を掛けずに喪われた御家族や故郷の方々への復讐を成し遂げようとされた事を、強く賞賛致します!」


「え、えぇ……」


 機械音声のような声の少女は黒い目を光らせ、腕をぐっと締めて目の前の犯罪者に対して興奮した面持ちで語り掛ける。


「私は、『沙汰人(さたにん)』としてこの港における不正・不法に目を光らせて()りますが、今(まで)確認致しました密入国者達は皆、己の事しか考えない『悪人』ばかりで御座いました。(しか)れども、貴男方は自らの死を(もっ)て、怨敵を(たお)す為だけに此の皇国へと潜入された――。その行動に、私は強い衝撃を受けました!」

「ま、まぁ、仇討ちの対象以外に迷惑は掛けたくなかったので……」


其処(そこ)です! もしも、此の港に神人が居なければ、坂郎会の首領が神人でなければ、誰にも存在を知られることなく復讐を成し遂げられていた事でしょう。その知謀・勇気はまるで物語の主人公の様でした」

「か、買い被りすぎですって!」


 まるで劇場の俳優に出会ったかの如く熱い感動をぶつける麗に対して志賀は面食らう。それは、彼の中での神人像とはあまりにもかけ離れた印象であった。


「――そして、此方(こちら)側からも謝罪を。利根 煬大の討伐が遅れた責は全て皇国側にあります。申し訳御座いませんでした」


 麗は本心から頭を下げる。志賀と高橋はその様子に驚く。神人が、しかも自尊心の高い皇国の人間が本来処刑される側の人間に頭を下げたのだ。今まで真鐵国の外縁区で教えられてきた神人の性質とは明らかに異なる姿に二人は顔を見合わせ互いの表情を伺う。


「……こちらこそ、他国に迷惑を掛けて申し訳ございませんでした」

「法を破ったのは事実だ。すまなかった」


 志賀と高橋も麗に謝罪する。お互いの謝罪により、貿易局の医務室には和やかな空気が流れる。



「――()きましては、処刑の日程ですが」


「ちょちょちょ、ちょっと待って!!?」

「今、完全に許される流れだったよなぁ!!?」

「んー……、規則ですので」


 密入国の罪は免除される。そう思っていた二人は慌てて麗に詰め寄る。


「貴男方の復讐の在り方に感銘を受けたのは事実で、()れを見届ける迄、処刑を保留していたのは事実です。(しか)(なが)ら、結局、皇国に混乱を招いた事は重罪ですので大変残念では御座いますが……」


 麗が頬に手を当てながら困り顔で呟く。結局神人は神人か。二人は心の中でそう思いながらもどこか晴れやかな気分であった。


「ま、まぁ、俺は元々天涯孤独だし、ここで死ぬのも悪くねぇな」

「俺も元々復讐に成功しても失敗してもここで骨を埋めるつもりでしたので……」


 その様子を麗はどこか寂しそうに見ていた。



 ――その時である。勢いよく医務室の扉が開き、白い物体が飛び込んできた。


「ちょっと待ったぁ! その処刑、この葦野国代表、明星 宮が止めてくれよう!」


 白い物体の正体、明星 宮は芝居掛かった演技で麗の前に立つ。


「おや、宮様。御機嫌(うるわ)しゅう。此の度は坂郎会――」

「そこな少年は、坂郎会首領、利根 煬大討伐において多大なる貢献をした者であるぞ!」


 麗の言葉を遮り、宮は勝手に喋り出す。


「――只人が神人の討伐に……。具体的には?」

「まずは、その子が派手に陽動してくれたお陰で煬大君の注意が庭の方に向いてたんだよ。そのお陰でボクは先行して坂郎会の構成員達の洗脳を解いて回ったり、洗脳解除用の罠を張ったりすることができたんだよ」


 志賀は自分は陽動ではないと言いそうになったが、ややこしいことになりそうなので押し黙った。

 そのことよりも、『城内』の構成員達がことごとく洗脳を解かれてのたうち回っていた理由について納得していた。


「そしてね、その子は神人である煬大君に一切怯まなかった。中々庭から注目を外してくれなくて身動きが取れなかった時に、見事に注意を逸らしてくれたお陰で『民間人』に誰一人として犠牲者が出ることなく討伐することができたんだよ!」

「只人が相手を神人と解って居乍(いなが)ら立ち向かう……。そんな事が……」


「それだけじゃないよ! 果敢に立ち向かったことで、煬大君の拳銃の弾数を殆ど使い切らせてボクの勝利に大きく貢献したんだ!」


 麗は一瞬目を細めて宮の顔を睨むように見る。しかし、彼女が嘘を吐いていないと判断したのかにっこりと微笑み両手の指先をくっつけ、嬉しそうに返答する。


「素晴らしい事です! 油断が有ったとは言え、神人相手に只人が食らい付く等とても出来る事では御座いません」

「そう言う訳で、その貢献に免じてそこの二人の処刑は免除してくれないかな?」

「んー、上官に掛け合って見ます。少々御待ち下さいませ」


 麗はそう言って嬉しそうにそそくさとどこかに行ってしまった。高橋は胸を撫で下ろし、志賀は複雑な面持ちをする。


「キミ、生き残れそうなのに嬉しくなさそうだね」


 宮は志賀の顔を不安そうな顔で覗き込む。


「……明星さん、そして、船長。俺、家族や皆の復讐のために坂郎会を潰すって言ったけど本当はそうじゃないかもしれないんです」

「どういうことだ?」


 高橋がずいと顔を寄せる。志賀は申し訳なさそうに視線を逸らした。


「……俺、自分が今まで生きて来られたのが『幸運』によるものだと思ってて――。皆、先に死んでいくのに自分だけ生き恥晒してるのが怖くて――。本当は自分は『不幸』だってことを証明したくて復讐をやっていたかもしれないんです――」

「……そんなことって」


「良いんです。俺は、貿易局の職員さん――龍田さんが言っているような凄い人間なんかじゃないんです」


 志賀は窓の外の船を眺めてぼんやりしていた。高橋と宮は返す言葉もなく、逆光に包まれる彼の姿を見ることしかできなかった。

 『高橋軽貨船』と書かれた船の上では船員達が不安そうな面持ちでうろうろとしている。自分の『不幸』の証明なんかのために多くの人を巻き込んだ――。彼はどうしてもそのことが許せなかったのだ。

 志賀はその様子をじっと見つめていたのだが、突然、視界の端に光の球体が発生した。志賀が声を上げるよりも先にけたたましい警戒音と共に放送が流される。


<緊急事態発令! 港に侵入者が現れました! 神人の皆様は直ちに戦闘準備を!>


 港が一瞬で警戒態勢になる。どこに隠れていたのか、神人と思われる者達が一斉に飛び出す。その中には、先程上司に報告に行ったものと思われる麗の姿もあった。


「な、なんだぁ!?」

「ひぇっ! こ、これはもしかして! 行こう!」

「へ? うわあああぁぁぁ!?」


 宮は窓を全開にして飛び降りる。――何故か志賀と高橋を両脇に抱えて。



 ◇◇◇◆◇



「クソ! 逃したか!」

「『機関』の連中ですね! しかし何で突然……」

「君! 大丈夫か!?」


 宮達が飛び降りた時には既に侵入者は脱出してしまったようであった。慌ただしく警戒している貿易局の職員の傍には光る大きな半球状の物が存在していた。

 宮は襲撃者の情報など気にも止めず、一目散にその半球へと駆け寄る。その中には一人の少女がいた。ふわふわな金髪に全身真っ黒な衣装の少女は半球の中央で三角座りをしたまま項垂れていた。


「縁ちゃん! 大丈夫!!?」

「よ、よすがちゃん……?」


 縁と呼ばれた少女は手元の物体を操作して半球状の結界を解くが三角座りは解かない。


「……酷いです。襲われても絶対に守るって言ってくれたのに」

「ご、ごめんね! その結界自動発動だから大丈夫だと思って!」


「昨日も私を置いて勝手に出て行きましたね。そして、連絡が付いたと思ったら突然坂郎会を潰しに掛かると言って再び放置――」

「そ、そそそ、それは、『あの子』が勝手に居なくなったり、その、この子が何か神人に対して復讐? したがってたから急がなきゃって!」


 宮はしどろもどろになりながら答える。縁と呼ばれた少女は溜息を吐きながらゆっくりと立ち上がり、志賀達の方に振り向く。


「貴方が宮様の仰っていた少年ですね?」

「そ、そう、なのかな……?」


 目の前の少女のふわふわと揺れる髪の毛に隠れた右目には眼帯があった。彼女の金色の左目が真っ直ぐに志賀を捕らえる。少女からは甘ったるく、それでいて香ばしい西洋の焼き菓子のような香りが漂っていた。


「――私は金星 縁と申します。よろしくお願いいたします」


 縁は深々と頭を下げる。港にふわりと風が吹き、少女の食欲をそそる香りが港に漂う。誰かの腹の音が鳴ったような気がした。




機械音声のような声なのは麗だけで他の貿易局職員は割と普通に喋ります。

如何にもベテランという雰囲気を出している麗ですが実は神人になったばかり&配属されたてです。

新人なので融通は利きませんが新人故に現場判断しなかったお陰で高橋は処刑を免れています。

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