第六話 「銀の杭」
「――死ね! 利根 煬大!」
雪風志賀は銀の穂先を猛然と利根の心臓へと突き立てんとしている。それに対して利根は即座に反応する。
「来やがッたな!」
腰の古式銃を抜き、空中へ発砲――。突然の銃撃に志賀は回避体勢を取らざるを得ず、奇襲に失敗する。
「カスが! 天井裏に忍び込むたァ、汚ェドブネズミもいたもンだ!」
「ぐっ……」
蹴撃と銃撃に阻まれて距離を取らされる。不意打ちによって得られる筈であった主導権はあっという間に奪い返される。
――それでも志賀は諦めない。卓越した身体能力と机や椅子などの障害物を利用した回避行動により、激しい銃撃を躱し続ける。
「ちョこまかと、うぜェンだよ!」
利根は志賀が隠れていた長机を蹴り上げる。突然姿を隠す物がなくなった志賀は一瞬硬直してしまう。
――その隙を見逃される筈はなかった。
(まず――ッ!)
志賀は咄嗟に横飛びしながら軍用傘を展開する。机が壁に激突し、木片が爆ぜる音と同時に凶弾が発射される――。
「ぐあああぁぁぁ!!!」
志賀は絶叫する。直撃こそ免れたものの、完全な回避は叶わず、汎用品と比べると圧倒的な強度を誇る筈の傘の布をあっさりと貫通し、左腕の肉の一部が千切れ飛んだ。しかし、それでも傘は下ろさない。
少しでも銃弾を回避できる可能性を増やすため、激痛に耐えながらも構え続ける。真鐵国製の特殊素材の布により、一方的に透けて見える怨敵の顔は愉快そうに笑っていた。
「随分と痛そうだねェ? こッちに来て見せてご覧よ」
「……ハッ! 見たけりゃそっちが見に来るんだな!」
嘲る利根に対し、志賀は虚勢を張りながら大きく横に飛ぶ。直後、先程まで志賀の心臓があった場所を銃弾が通過する。しかし、利根は避けられたことを気にすることもなく次々と銃口を向ける。志賀は小刻みに左右へと飛びながら、その死線に入らないように慎重に、そして大胆に立ち回る。
「反復横跳びですかァ? 体力測定でもしてンのかよ!」
その様子を嘲笑いつつ、雑に照準を合わせながら弾丸を再装填することもなく銃弾を乱射する。
(撃ち始めてから8発――。……どう見ても先込め式の単発銃だろ! どこに弾仕舞ってるんだ!)
神人の持つ武器は現世の理に沿わない――。そう知られていたが、志賀の目の前で乱射されるそれはあまりにも異常であった。それでも、志賀は避けつつも少しずつ、そして着実に距離を詰めていく。
「させねェよ!」
弾幕のように銃弾を乱射する。並の人間であれば既に蜂の巣になっているところであるが、志賀は諦めない。近くに転がっていた椅子や机を痛む左腕で投げて時間を稼ぐ。距離にしておよそ2間。その差がどうしようもなく遠かった。
「あああぁぁぁあぁぁぁぁぁ!!!!!」
志賀は懸命に回避を繰り返す。既に壁と床に空いている穴の数は20を超えていた。彼は銃弾の弾数を数えるのを止め、回避のみに集中する。時には後ろに、時には傘を下げ、利根を油断させつつ翻弄する。
そして、懸命な回避が功を奏する。幾ら神人の持つ武器とは言え、弾数は無限ではない。利根が残弾の懸念から精密な銃撃へと切り替え始めたのだ。想定外の事故の可能性が減ったと判断した志賀は再び前進に転ずる。
「当たれよォ!」
利根は精密に狙いを付けるが逆に志賀にとっては回避が容易になる。特殊素材の傘により、一方的に相手を視認できる上に隠された足捌きでは回避方向を推定するのは困難であった。
しかし、利根との距離を1間程まで詰めた時点で再び膠着状態となる。
「くっ」
「辛そうだなァ! ドブネズミ!」
焦りを見せる志賀に対して、利根は余裕を見せる。この距離であれば銃弾など簡単に当てることができる。そう思って照準を傘の中心に合わせることだけを考えて引き金を引く。傘の縁に銃弾が命中し、よろめくように後退する様子を見て利根は再び嘲る。
――その傘の裏で志賀が僅かに口角を上げたことにも気が付くこともなく。
「な!?」
利根が目の前の異常に目を見開く。志賀が傘を引いたかと思うと、突然傘を閉じたのだ。何度か傘を下げたり転倒のフリをしたりする等、ハッタリを効かせることはあったが、目の前の行動はあまりにも無防備であった。一瞬引き金に掛けた指が止まる。
――再び戦闘に生まれた隙。これを突くのは志賀の番となった。
「喰らえぇぇぇ!!!」
凄まじい速度で傘が突き出される。片手に構え半身で踏み込むことで間合いの狭さを覆す小太刀術の技法だ。月光を浴びて光り輝くその白銀の穂先は利根の心臓へと吸い込まれるように突き刺さる――。
――パキィィィン!
「……は?」
――ことはなかった。余りにも一瞬の出来事に思考が止まる。傘の石突きに取り付けられていた銀の穂先が消えていたのだ。宙を舞う銀色の破片がそれが切り飛ばされた物であることを物語っていた。
目の前に存在する男の左手にはいつの間にか日本刀のような物が握られていた。
「……残念だったなァ」
(こ……れ……は……)
武器を生成する術――。志賀はこの術の存在を知っていた。外縁区で起きた『ハ号町の悲劇』は、利根が神人であると発覚して騒ぎになったことが発端であった。その際、利根が神人である証明となったのがこの術であった。
神人に対する唯一の希望を失った志賀は膝を折る。それと同時に余りにも軽い金属音が戦場であった会長室に木霊する。
「まァ、お前も頑張ったよ」
利根は軽薄な表情を止め、同情するような表情をしながら目の前の少年を労う。項垂れるその頭に銃口を突きつけながら――。
(――終わった……)
志賀の頭の中を走馬灯のようなものが駆け巡る。死を覚悟で密入国に協力してくれた船長、仲間の死に対して悲痛な表情を浮かべたまま情報を引き継いでくれた協力者、神人を殺す術を託してくれた師匠――。
その全てが今からなかったものとなる。
(すまない、みんな――)
志賀は全身の力が抜けていくのを感じる。これで終わり。そんなに上手く行く筈がない。神人相手に瞬殺されなかっただけでも上出来だった。
そう、人生の締め括ろうとしていたその時、不意に生まれ育った町の住民と家族の顔が浮かび上がった。あの大火の日――。
前日までは他愛もない話をしていた近所の子供達、優しく微笑む老夫婦、忙しそうに働く大人達。そして、その日の朝まで食卓を囲んでいた大切な家族達――。
彼らは理不尽な炎に包まれ、何の別れも告げられないまま炭と化したのだ。
そして、その悲劇を引き起こした怨敵はすぐ目の前に存在している。志賀の心の中で最後の薪に火が付いた――。
志賀は、首を全力で振り抜き、銃口を避ける。弾丸が虚空を引き裂き、床に風穴を穿つ。
「うォ!?」
狼狽える利根の腕を万力のように握り締め、力任せに、全ての怒りをぶつけるように壁に叩き付ける。そして、床に光る銀の穂先をかすめ取り、利根の思考が戻るよりも先に、全力で、獣の如く飛び掛かる。
「死ねええええぇぇぇ!!!!!」
――絶叫。
握り締められた銀の穂先は怨敵の心臓へ向けてその勢いのまま深々と突き刺さる。燃え上がる恨みと憎しみに突き動かされた少年の刃は何度も突き立てられる。
何度も、何度も何度も何度も――。
それは、怨敵の痙攣していた腕が糸の切れた人形のように床に沈み伏せられるまで、止まることはなかった。
◇◇◇◇◆
「は……はは……、はははははははは!!!」
復讐を果たした少年――志賀はピクリとも動かなくなった怨敵を前にして、獰猛に笑う。
終わった。
全てが終わったのだ。
この世界では尺貫法が主流です。
長さの単位にはそれとは別に米(めい)と言う物があります。
現実世界のメートルに相当する普遍単位です。
定義は『光が真空中を1/300,000,000秒で進む距離』とされています。
現実のメートルに比べるとわずかに短い長さです。
なお、尺は『1尺=10/33米』、1間はその6倍にあたります。
つまりは、1尺が0.303米、1間が1.818米、2間が3.636米となります。




