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第五話 「利根 煬大」


 志賀は更に上階へと向かう。


「――変な奴だったな……。」


 あの後、男が背後から追ってくるとも限らなかったため、武器になりそうな物は全て没収し、男が腰に巻いていた革帯で拘束して暗い部屋の中へと放り込んだ。

 志賀は坂郎(ばんろう)会自体に恨みこそはあれど、その構成員については大半が洗脳されているものとして特に恨みがある訳ではない。


(『包丁に身内が殺されたからと言って、包丁に恨みをぶつける者はいない』。師匠が言ってた言葉だ)


 志賀には一人の師匠がいる。魔獣災害で家族を失った老人で、志賀に対神人の戦い方を伝授した人物だ。彼自身も神人には強い恨みはあるものの、その恨みを不特定の神人に向けることはなかった。


(まぁ、その理屈で言うと俺は包丁を恨んでいることになるが――。要するに『無駄な殺しに感情を持ち込むな』ってことだよな)


 志賀は師匠の教えを反芻する。暗殺術を教え込まれてきた彼であるが、実は未だに自らの手で人を殺したということはない。彼自身、可能であれば殺しなどやりたいとは思っていない。それでも、殺すことでしか道が開けないというのであれば、彼は躊躇なく殺しを行うだろう。

 しかしながら――、


(順調だ……気味が悪いくらいに……)


 志賀は殺しの技術が必要でないことに逆に不安を覚える。ここまで『城内』を歩き回っているのにも関わらず、先程の男以外と接敵することがなかったのだ。


(罠の可能性もある。後で前後から挟まれるとか)


 疑心暗鬼になりつつも冷静に分析しながら慎重に移動していく。そうこう考えている内に次の階へ続く階段に辿り着く。


(……そろそろ階も折り返しだ。構成員と遭遇する危険性が高い。気を引き締めて行くぞ)


 志賀は前方だけでなく後方にも気を遣いつつ、音を立てずに慎重に階段を上っていく。中段程まで上っていくと上階で何者かが喋っている声が聞こえる。志賀の心臓の鼓動が早くなる。

 階段を上りきり、声のする方を慎重に伺うと、そこには――。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」

「ああぁぁ……あああああぁぁぁ……!」

「あ……ああぁ……ゆるして……いや……ゆるされな……あああぁぁぁ」


(な、何だ、これは?)


 虚空を見つめひたすら謝罪の言葉を繰り返す者、薬物中毒患者のようにうわごとを叫び壁に頭を打ち付けている者、許しを請いながら床に転がってのたうち回る者――。

 明らかに様子のおかしい構成員達がそこにいた。志賀は気味悪く思いながらも見つからないように速やかに廊下を横切る。


(さっきの男と言い、気味が悪いな……)


 例え彼らが自らの所業を反省していようと志賀のやることに変わりはない。通気口から、窓の外から、警戒の薄いと思しき場所を慎重に選び、静かに移動を続けた。

 しかし、彼が横目に捉えた構成員達は、皆どこか様子がおかしく、その数も増えていた。床に倒れ伏している者や椅子に腰掛けたまま気を失っている者達を素通りし、次の階へと向かう。


(何が起こっている……? 利根の支配の力が弱まっているのか?)


 志賀にとって無用な戦闘にならないことは喜ばしいことではあるのだが、それでもこの『城内』の様子には流石に恐怖を感じる。


(……まぁ、いいか。順調なのは良いことだ)


 志賀は鞄越しに、道具のひとつを静かに握り締めた。軍用の折り畳み傘を改造した物で、石突きには銀の穂先が仕込まれている。今回の暗殺の切り札となる武器だ。

 『銀の杭で心臓を貫く』。それが彼の師匠から教わった神人を斃す唯一の方法であった。


(……師匠。必ずやり遂げます)


 そう決意し、志賀は再び真っ暗な通気口内で本当に正しいかどうかも解らない図面を頼りに突き進む。やがて、利根が潜むと思われる最上階へと到達した。彼は図面が完全に一致していたことに安堵しつつ、遂に暗殺対象に手が届くところまで来たことに高揚していた。


(奴の部屋は一番東の――危なッ!)


 最上階すら静かであったので思わず油断をしてしまった。利根が居ると思われる会長室の前には2人の屈強な男が緊張した面持ちで立っていた。慌てて身を隠したため、見付かることはなかったが、順調すぎるというのも考え物である。


(護衛……いない訳はないよな)


 志賀は入念に赤外線写真機で生体反応を確認し誰もいない会議室へと入り、通気口の蓋を操作する。一つでも音を立てれば、それが最期だ。幸いにも特に苦戦することはなく蓋は開き、鉤縄を使って通気口の中へと侵入した。

 最後に志賀はとある秘密兵器を確認する。それは紐付きの置物であった。


「……奴に効くとは思えないが」


 この通気口を抜ければ、利根の待つ会長室の天井へと直通する。志賀は道具の最後の確認を済ませ、静かに長く息を吐く。そして、胸の上に手を添え静かに心を鎮める。


「……皆、俺に力をくれ」


 祈るように呟く声が暗い通気口を静かに反響した――。



 ◇◇◇◇◆



 坂郎会――、その神倭皇国支部の最上階。一人の男が苛立つように椅子を蹴り飛ばしていた。


「一体、いつまでネズミ放置してンだグズ共がァ!」

 男の名は利根 煬大(ようだい)――。坂郎会の会長にして神人でもある彼は、気取った鍔広帽に小洒落た欧風の衣装を身に纏い、腰には古式の銃を下げていた。


「も、申し訳ございません。最初に侵入したと思われる子供は、現在地下牢で尋問しているものかと……」

「子ネズミ捕まえたなんて報告はどォでもいいンだよォ! 親ネズミ一匹にどんだけ手こずってやがんだ!」


利根は大声で怒鳴り散らすと共に部下を殴り飛ばした。殴られた部下は机ごと薙ぎ倒され、壁に叩き付けられて気を失う。


「本当に神人の仕業じゃあねェんだろうなァ……!?」


 利根は自身と同じ存在である神人に対して警戒する。只人は虫ケラ同然と思っているのだが、神人であるのならば話は別である。油断できる相手ではない。


「さ、最後の通信では、そのような報告は特に――」

「だったらテメェ等の目で直接確認しに行けや!!!」


 利根は気を失っていた部下を掴んで他の部下達に向けて放り投げる。十柱戯(じっちゅうぎ)の柱のように薙ぎ倒される部下達の様子を見て、少し溜飲が下がったのか窓の外へと目を向ける。富の極みを尽くした庭園であるが、今は殆どの照明が落とされ、僅かに残された照明の元では構成員達が集まって襲撃者に備えていた。


「ヘッ! ダセェ!」


 利根は自分を守るために働いているであろう者達を嘲笑う。僅かな光の下で行き場を失ったアリの如く蠢く集団を見下ろしながらその様子を小馬鹿にしながら眺めていた。


「ハハハ……あ?」


 ひとしきり笑っていた利根であるが、ふと様子がおかしいことに気付く。


 ――部屋の中が妙に静かなのだ。


 先程薙ぎ倒したとはいえ、全員が気絶した訳ではない。それどころか門番の如く立たせていた扉の外側の部下すら静かになっていた。彼は鬱陶しそうに部屋の中を振り返る。


(何だァ……?)


 ――部屋の中央。倒されていないその会議机の上に白い置物のような物が置かれていた。白磁の壺のようなその置物からは僅かに白い霧のようなものが立ち上っていた。


(何でこんなモンが?)


 利根は疑問を覚えつつ、その置物へと近付く。霧は徐々に勢いを失い、やがて内容物が尽きたのか霧が完全に途絶えた。その直後――、


 ――パァン!


 通気口の蓋が乾いた破裂音と共に弾け飛ぶ。

 ――その暗闇から、黒い影が断頭の刃の如く降り落ちる。


「死ね! 利根 煬大!」


 白銀の穂を戴く傘を騎槍の如く突き出した少年は、そのまま怨敵の心臓を突き抉らんとする。


怨嗟、悲願、そして祈り――。その全てが切っ先へと込められていた――。




志賀の秘密兵器は強烈な睡眠薬の入った置物です。

訳あって真鐵国でしか製造されておらず、一般流通もありません。

『睡眠』に関する神経を暴走させることで強制的に入眠させます。

睡眠を行う生物であればクラゲを含め、あらゆる生物に効果があります。

ウイルスに近い性質を持ち、ワクチンがあれば志賀のように無効化できます。



◆世界観に合わせて解りにくくなってしまった用語解説コーナー◆


十柱戯

所謂ボウリングに相当する遊戯。

複数の遊戯施設を組み合わせた大型娯楽施設となる場合が多い。

技術力のある所では完全自動だが、基本的には手動でピンを直す。

娯楽ではあるが、国によっては神事に近い扱いのこともある。


騎槍

所謂ランス。

旧西洋文化にかぶれた所では馬上槍試合(ジョスト)の競技も行われる。

何故か女性の競技として盛んであり、槍の外観も槍というより傘に近い。

そこにはとある思惑が存在するが、一般人には知り得ないことである。

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