第三話 「潜入」
暗闇を走り抜けた志賀は遂に目的地へと辿り着いた。――坂郎会、その神倭皇国支部だ。
そこは、周囲の建物と調和の取れていない葦野国の伝統建築を模した豪奢な屋敷であった。
『業務』を執り行う利便性と宣伝効果を無理矢理両立しようとした中央の高層建築物は平屋か二階建てであるべき建物を無理矢理高層化したようにも見え、酷く不格好であった。
(ダッサイ建物だなぁ。まるで頭目の内面の鏡写しみたいだ)
建物の他にもビカビカと輝く電飾や悪趣味な銅像などまるで成金かのような立ち振る舞いである。
もっとも、それは彼らの努力によって勝ち取られたものではない。弱者から吸い上げ続けてきたものの成れの果てだ。
(利根の部屋は……、最上階の東の大部屋か)
志賀は深く息を吐き、思考を『殺し』に切り替える。そして、潜入するために警備が手薄の位置の塀に鉤縄を掛けて登った。
――心臓が高鳴る。緊張か、仇に手が届くという高揚か――。
大火の後の10年間、彼は殆ど全ての時間を復讐へと費やしてきた。今から始まる復讐は、その集大成であった。
「――凄い警備だねぇ」
突然耳元で聞き覚えのある声が囁かれ、志賀は咄嗟に振り返る。先程酷く突き飛ばして放置してきた筈の明星 宮が、そこに居た。余りにも予想外の出来事であったため危うく塀の上から転落しそうになった所をなんとか耐える。
「――お前ッ! どうやって追いついた!? 何考えているんだ! 何をしに来た!」
志賀は驚愕しつつも怒りの感情を向ける。どこから調達していたのか黒い外套を被っているのだが、彼女の白い髪色は暗闇で非常に目立つ。そんな存在が今から潜入しようとしている人間のすぐ傍に控えているのだ。余りにもふざけているとしか言い様がない。
「――多分目的地がこのぴかぴかした建物なんだろうなぁって思って飛んできたら案の定キミがここに上っていることに気が付いたんだ!」
一応小声で喋ってくれる程度の配慮は見せてくれる宮に対して志賀は呆れつつ答える。
「――まだ飽き足らずに復讐を止めようとでもしているのか?」
志賀は宮が無理矢理にでも自分を連れ戻しにでも来たのかと警戒する。
人を砲弾のように突き飛ばして平然としていたり、離れたところに放置していたのに平然と追いついてきたりする少女のことである。少年一人連れ戻すことなど容易であることは想像に難くない。
「――それなんだけどさぁ……」
宮は呆れる志賀を他所に勿体ぶるように言う。
「――ボクが君の復讐を肩代わりしてあげる!」
(……は?)
志賀は少女が何を言っているのか解らなかった。彼女は彼の復讐を止めていた筈であったのにどうしてその発想に至るのか理解できず思考が停止する。
「――キミはこんなところで手を汚すべき存在じゃないんだよ!」
――復讐を止めたかと思えば次は復讐の肩代わり。志賀は余りにも理解できないその言動に遂に激昂する。
「――な、に……何考えてるんだ! 俺が何年! 家族の! 町の皆の! 復讐のために費やしてきたと思ってるんだ!? 邪魔をするな! 俺の復讐だ! 俺が奴の心臓に『銀の杭』を打ち込むまでこの恨みが消えることはない!!」
宮は『銀の杭?』と小首を傾げる。その仕草に志賀は更に頭に血が上る。こんな所で口論している場合ではない、こんな所で長時間留まるべきではない。そうは思っていても自分の人生全てを賭けていたこの復讐をふざけた態度で腐されることは到底許せるものではなかった。
――怒りで拳を握りしめる志賀を見て、宮は少し悲しそうに微笑む。
「――復讐はキミの人生だったんだね。それでも、ボクはキミを人殺しにはしたくないんだよ」
宮はそう言った次の瞬間、坂郎会の『城』へと目線を移す。我に返り嫌な予感を感じた志賀が咄嗟に彼女の肩を掴もうとするが――。
「――じゃあね」
「待――ッ!」
――宮が塀の中へと飛び降りた。直後――。
――ガコン!
「へ? うわあああああぁぁぁぁ……!」
――着地した場所で罠が作動し、床が開く。宮はその暗闇の中へと吸い込まれ消えて行った。
「おい! 侵入者だ!」
「協力者がいるかもしれない! 探せ!」
敷地内は突然の侵入者に慌ただしく警戒態勢を取る。坂郎会の構成員達が各々銃やドスを手に取り慌ただしく建物の外へと出てくる。
――志賀は額に青筋を立てながら、その様子を見ていた。
◇◇◇◇◆
「ああああああぁぁぁ……うひゃあ!」
――落とし穴に落とされた宮が滑り落ちて辿り着いた場所は独房であった。
「なんだぁ? メスガキかぁ?」
「へへっ、嬢ちゃん何しに来たのかなぁ?」
侵入者が罠に掛かることを監視していた構成員達は外套を被った少女に嫌らしく語りかける。
「坂郎会を滅ぼしに来たぞ!」
状況が解ってなさそうに意気揚々と目的を話す少女に構成員達は爆笑する。
「はっはっは! こりゃ傑作だ! メスガキ一人でやって来たってか!」
大笑いしつつも一人の大男が狭い檻の中に閉じ込められている少女にドスを突きつける。
「協力者がいるんだろう? 話せよ」
大男が少女を恫喝する。――大方恨みを持った大人にでも雇われた罠避けの鉄砲玉だろう。そう思いつつ外套に刃を掛ける。
「傷付けると売りモンにもならねぇからよぉ。とっとと答えてくれると嬉しいんだがな」
構成員達は外套の下から伸びている美しい素肌を見てニヤニヤと笑っている。しかし、宮は臆することなく答える。
「んーん? 自分の意思でココにいるよ」
――そう聞いた大男は無言で刃を振るう。多少商品価値は落ちるが世間知らずの少女も流石に服を裂かれ、直接傷を付けられれば舐めた態度を改めるだろう。そう思い外套ごと腕を切りつけた。
「舐めた態度取ってんじゃねぇぞコラ……ッ!?」
大男は傷付けた少女に更なる恫喝を加えようとしたが、言いよどむ。振り抜いた感触に違和感があった。腕の部分でまるで石のように刃が跳ね返された感触があったのだ。目の前の少女は破れた外套を黙って脱ぎ捨てる。美しい羽衣と純白の白髪が姿を現わした――。
「神人だ……!」
その様子を見た構成員の対応は迅速であった。教令通りに利根から手渡された対神人用の結界を起動させ、受話器を手に取り上層部へと連絡を回す――。
「――あ、ダメだよそんなことしちゃ」
――筈であった。檻の中から放出された小さな弾丸は緊急用の結界を障子紙のように破り、その余力で受話器を本体ごと『消滅』させた。不思議なことにそれ程の破壊力であるにも関わらず、構成員はおろか、壁にすら傷一つ付いていなかった。
呆然とする構成員達を他所に、鋼鉄製の檻を蒟蒻のように易々と曲げて外へと抜け出す。
「――かわいそうだね。どうなるかも知らないで」
宮は構成員達に一人ずつ悲しそうに微笑む。少女の手にはいつの間にか『両端に宝玉の付いた杖』が生成されていた。
「――ボクがキミ達を救ってあげる」
――少女の純白の肢体に黒い亀裂のような物が走る。そこから現れた物は、不気味な筒状の器官――。
「あ……あぁ……」
呆然としている構成員達の頭上に、夜空の星々を貼り付けたかのようにキラキラと輝く漆黒の物体が、ゆっくりと近付いていく。そして――。
「や、やめッ……んぶ!?」
「おがッ……!?」
哀れなその頭にすっぽりと『筒』が被せられる。――直後、彼らの体は激しく痙攣し、やがて糸の切れた人形のように床へと倒れ込んだ。
「う、うわあああああぁぁぁ!!!」
「な、な、何なんだお前ええええぇぇぇ!!!!!」
『筒』の射程から逃れ、正気を取り戻した構成員達は銃を乱射、あるいはその場から全力で逃走しようとしていたが、少女へ当たる弾丸は全て弾かれ逃走先の扉は不自然に開かず、第二陣の『筒』は彼らも包み込んだ。隠れて怯えていた構成員にも容赦なく『筒』が伸びていく――。
「――さて、他の人たちも『救って』あげないと♪」
少女はあどけない笑顔を浮かべながら先程開かなかった筈の扉を開け、先へと進む。扉が軽い音を立てて閉まった後には静寂のみが残されていた――。




