第二話 「黒い少年と白い少女」
――雪風 志賀が目を覚ましたのはそれから2時間後のことであった。
「……。良かった、生きてた」
そこは小さな小屋であった。清潔な毛布を被せられているあたり、意外と丁重に扱われていたのだと知る。
枕元には持っていた鞄が丁寧に置いてあった。特に中を探られた形跡もないことに安堵しつつ、二重底の下に仕舞ってあった鏡――に扮した電子端末を手に取り、周囲に誰も居ないことを確認して光が漏れないように毛布の中で慎重に起動する。
「ここは、船乗り達の休憩所か……」
志賀は精密機器が破損していない『幸運』に苦笑しつつ、表示された『地図』を確認する。人工衛星を利用した測位機構である。真鐵国では一般的なものではあるのだが、神倭皇国だと軍事機密級の技術となってしまう。
相当な緊急時でもなければ出すことはできないため、彼は移動経路は即興な経路変更も含めて事前に全て頭の中に入れていた。
現在位置は先程まで通っていた道からは随分と離れてしまっていた。志賀は速やかに目的地までの道を再設定し、端末の電源を落として鏡に偽装する。
(不味いな……このままだと出航に間に合わない)
彼がここまで急ぐ理由には高橋の運航する貨物船が深夜には再び出航してしまうからであった。志賀としては船長が無事に出港できる分には問題ない。だが、置いて行かれた自分は例え暗殺が無事に成功したとしてもこの皇国内でずっと生きていくのは不可能である。
そのため、どこかで船長に迷惑を掛けずに死ぬ必要がある。――雪風 志賀という痕跡を一切残さないように。
(面倒くさいことしてくれたな)
復讐を再び決意した直後に出鼻をくじかれた。幼精と言い気絶の原因の少女と言い、小さな少女に出会うと復讐を邪魔される縁起でもあるのではないかという不安を感じつつ、文字通りの意味で『出鼻をくじく』ことはなかったことに安堵する。顔面に異常があると顔が割れやすいし変装も難しい。何なら鼻が効かなくなるというのは暗殺や潜入においても不便であるし危険でもある。
(それにしてもあの少女……)
明星 宮と名乗った少女は同時に自分も神人であると明かした。同じく神人である利根に家族を皆殺しにされ、国民感情的にも元々神人嫌いの多い真鐵国に住む志賀にとっては神人は不倶戴天の敵である。その筈なのに――、
(綺麗だったな……)
純白の髪、白磁のような肌、天女のような衣装。そして、夕日に照らされた女神のようなその姿。思わず見とれてしまいそうになるくらいの美少女であった。
(……狭い路地を全力疾走してくるような子でもなければな)
再び思考を切り替える。神人という存在はそもそも美少女・美男子ばかりだとされている。あの美しい擬態の裏でどんな悪業を重ねているか解ったものではない。そう考えていると休憩所の外から件の少女だと思われる足音が近付いてくる。
「わ! 起きたんだぁ! よかったぁ、突然意識無くなったから死んじゃったのかと思ったよ」
きゃっきゃと無邪気に喜ぶ少女を見て志賀は毒気を抜かれそうになる。それでも彼はその少女を睨み付ける。
――悪業なら既にあるのだ。人間を通路の反対側の壁まで弾き飛ばしたと言う悪業が。
「全く、誰のせいだと……」
そう言いかけて、志賀は自身の身体の殆ど痛みが無いことに気付き、眉をひそめた。なんらかの魔法のような物でも使ったのだろうか? 壁に叩き付けられた際に破れたであろう服も元通りかそれ以上に修繕されている。
「……おい、人様に勝手に回復魔法みたいなものでも掛けたのか?」
志賀はドスを効かせた声で少女に恫喝する。勿論、彼は神人が『回復魔法』のようなものを使えることを知っている訳ではない。魔法のような力が使えるのであるならば治療の術も存在しているのが当然だと推定したまでだ。神人を憎んでいる志賀は神人の技術自体にも嫌悪感を抱いているのであった。
恫喝を受けて宮の肩が一瞬跳ね上がるが、すぐに「んーん?」と首を横に振る。若干目が泳いでいる気がするが志賀はそこは不問とした。
聞くところによると、体に関しては当たり所が非常に良かったためか衝撃が抑えられていたため、見た目以上に軽傷で済んでいたということと、服に関しては志賀が気絶している間に診察ついでに宮が縫い合わせていたらしい。
志賀は宮の姿をもう一度見る。――こうして近くで見ると少女の体躯は想像以上に小さい。初等部の一年生の子よりも小さいのではないかとさえ思える相手に対して、恫喝して怯えさせてしまったことを志賀は後悔する。
「急に怒ってごめんね。それにしても、凄い縫合技術だな……」
「普通のヒトでも手先が凄く器用な人なら同じことくらいできるんじゃないかな? それよりあんなに強くすっ飛ばされてムキズの君の方が凄いと思うなぁ」
白き砲弾・明星 宮はうんうんと唸っている。志賀自身としてもあの衝撃で即死はおろか傷一つないのは『幸運』では説明し切れない程の不気味さを感じている。
「きっと『神使様』のご加護のお陰だね♪」
(――神使様……?)
――神使様という言葉に志賀は少し引っ掛かりを感じた。頭の中の辞書を捲っていくと彼の母国である真鐵国に住まう少数民族である『土雲族』という存在が浮かび上がった。彼『女』達が信仰する宗教に『祖神教』と呼ばれるものがある。
(白い髪、白い肌、白い装束――雪山に紛れる土雲族の特徴そのものだな。確か、彼女らは神使様と呼ばれる存在を信仰していたはず……。)
土雲族は真鐵国にしか存在しないといわれている。もしも、宮が志賀と同じ真鐵国出身であるのならば母国において只人と神人の対立が大きい原因が理解できるのかもしれない。とは言え入国制限が厳しい神倭皇国に他国の者が入り込めるとは思わない。志賀は宮が過去に皇国に帰化した可能性を考えて、探りを入れる。
「なぁ、明星……えっと、明星さんの出生地って真鐵国だったりしないの?」
志賀は彼女を呼び捨てにするべきか、『ちゃん』を付けるべきか、一瞬悩んだが、なんとなく『さん』で行くことにした。神人は年齢不詳の存在であるとされており、見た目や性格から年齢を推定するのは困難であるとされている。宮は呼ばれ方を特に気にすることはなく素直に答える。
「ボクの生まれは『葦野国』だよ!」
――『葦野国』。皇国の東部に位置する小さな島国で『伝統と革新の国』とも称される。神人が只人の中に溶け込み共存している珍しい国として知られている。現在の国力序列では全8ヶ国中、第6位と低順位に甘んじているが、現在の人類の起源として一目置かれている存在だ。
(共存なんて甘いことしているから坂郎会なんていうクズが生まれるんだよ)
志賀にとっての葦野国は、国民性の違いというだけでなく、両親の仇を産み出した国という点から、嫌悪感を通り越して怒りすら感じている国である。
「……で、君はいつ皇国の人間になったんだ?」
目の前の少女が現時点で葦野国籍を持たないのならば別にどうでも良い。志賀はそう思い、宮が何年前に皇国へ帰化したのか雑談感覚で聞き出そうとした。
「え? 違うよボクは今でも国籍は葦野国! 生まれも育ちも……育ちは違うか……」
そう言うと宮は少し顔を曇らせる。
――問題はそこではない。現在も葦野国出身ということであれば一般人ではまず通過できることはない『賽の河原』とも揶揄される入国審査を通過できたということだ。
こんなに堂々と行動できている時点で少なくとも密入国の線はない。
「も、もしかして、重要人物だったりします? 実は国の高官で国家間の会談に出席するためだったりとか……」
もしそうであれば要人を恫喝したということになる。これが問題視されてしまうと復讐どころでは無くなってしまう。志賀は葦野国への嫌悪感情を抱いている場合ではないと慌てて謝罪しようとする。
――しかし、続けて宮の口から発せられた言葉は予想外のものであった。
「んーん? ボクはね、『観光』のために来たんだ!」
「――は?」
――愕然とする。
前提が覆る。
神人は神倭皇国への渡航が簡単に認められてしまうのだということに志賀は強い衝撃を受けた。――只人への差別はここまで酷いものだったのかと。
「……は、ははっ。そうか、そうかよ。俺は……この国に入るだけでも命掛けてるって言うのによ」
志賀は顔を手で覆う。支援を表明してくれた船長の顔が思い浮かぶ。決して道楽ではない。例え志賀が失敗をして共に首を落とされようが構わない、覚悟の顔だ。
「……もしかして、君って」
宮は志賀が何らかの不正を働き、皇国に入国したことに気付いた。同時に悪事のためではない、何らかの信念を持ってこの国へ来たのだということも悟った。
「え、えーっと! 観光といっても色々あってね、こ、今回は偶々で――」
「黙れ」
弁解しようとした宮を志賀は低い声で彼女の言葉を制す。その様子を見た宮はやはりただ事ではないと思い、表情を切り替える。
「……どうしても会いたい人が居たの? それとも、どうしても許せない人がいたの?」
まるで家出をした子供を諭すかのように、宮は言葉を紡ぐ。神人にあるにもかかわらず、相手が只人だからといって軽んじた扱いはしない、その真摯な態度に志賀は一瞬うろたえたが、すぐに宮をにらみ返す。
「……許せない奴がいる。だからどうしたと言うんだ」
「復讐? 止めなよ。今ならまだ引き返せる。ボクなら君を匿って祖国に帰してあげることだってできる」
宮が志賀の肩を掴んで諭す。真剣な表情の中にどこか悲痛な感情を乗せながら。
それでも、志賀の心は変わらない。復讐を諦めることなど、できない。
「俺の家族は、いや俺の住んでいた町の皆は……奴に殺されたんだ――」
――雪風 志賀は真鐵国の『外縁区』と呼ばれる地域で産まれた。神人の支配から逃れるべく只人だけが集まって形成された地域のことだ。神人の力が及ぶこともなく、平和に暮らしていた日常に、奴は来た。
「俺は絶対に奴を許すわけにはいかない――!」
――『坂郎会』、そして利根 煬大。自らが神人であることを隠し、その力を持って只人だけしか存在しない外縁区を支配しようとしていた悪党である。
しかしながら、その行動に目を光らせていた外縁区の住民に人ならざる術を用いている所を暴かれて凶行に及んだ。――町を丸ごと焼き払ったのだ。
後に『ハ号町の悲劇』と称された大火は、志賀をはじめとした偶々他の地域に移動していた『幸運』な者を除く全ての町民の命を一瞬にして奪ったのだ。
「……復讐は悲しみしか生まないよ。空しいだけだよ」
「少なくとも奴が死ぬことで助かる命はある。そう思えるだけで空しいなんてことはない」
利根は人を操る能力を持っているとされている。一般人を思いのまま操ることで手駒を増やし、思考を捻じ曲げることで難なく詐欺を成功させ資産を貪る。そして、相手が少しでも気に入らないのであれば、まるで子供がアリの巣を蹂躙するが如く、地域ごと容赦なく滅ぼす。そんな危険な生物を野放しにしておく訳にはいかない。
「……死んじゃった家族とか、皆はきっと復讐なんて望んでいないよ」
「俺の父親は神人が嫌いだったんだ。それに、町の皆も……。怨敵に殺されたままなことを良しとすると思うのか?」
志賀の復讐の原動力は家族の命が奪われたことだけには留まらない。亡くなった『不幸』な町民の魂も背負ってここに存在しているのだ。
「でも……でも……!」
「うるさいな! お前は坂郎会の人間だとでも言うのか!? お前に俺の気持ちの何が解るって言うんだ!!」
必死で復讐を止めようとする宮を冷たく突き放す。床に倒れた小さな少女は今にも泣き出しそうな顔で少年の顔を見ている。
(構うものか……!)
志賀は毛布を撥ね除け、自分の持っていた鞄を乱暴に掴み起き上がる。動けないままの宮に踵を返し、小屋の外に出る。すっかり日が落ちた路地は暗闇が支配していた。その暗闇に志賀は再び駆け出す。その姿はすぐに闇の中へと溶けていった。今にも切れてしまいそうな電球がチカチカと瞬くその休憩所には俯いた白い少女だけが残されていた。
――その表情をどこか決意の顔に変えながら。
◆世界観に合わせて解りにくくなってしまった用語解説コーナー◆
測位機構
所謂GPSに相当する技術。
人工衛星を打ち上げ、その測定網を保有している国は世界でわずか2か国。
その内の1つが真鐵国。
一方、神倭皇国は大国でありながら衛星研究に幾度も失敗し、今なお実用化に至っていない。
このため測位機構は、各国が虎視眈々と狙う戦略的価値の高い技術となっている。




