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第二話 『二日目』




 ――この世界のどこでもない場所。


 大きな円卓に小さな七人の少女達が座っている。

 椅子は八つあり、一つは空席となっている。



「新しい男を連れてきたのね」

「むぅ~! 観光させてくれるって言ったのにぃ~!」

「ボク等が出て来たら困るだろうがよ……」


 少女達は各々好き好きに喋っている。話題の中心はあの少年であった。


「ふふふ。あの子、良い子じゃない? でも、ずぅっと、一緒に居るなんてズルいわね」

「……前の男よりはマシかな?」

「うぅぅ……。でもでも、あの子霊属性だからボク酷いコトされちゃうかもです!」

「そんなもん、お互い様だろ?」

「そんなことより、今は良い子のようだけど彼がまた裏切らないか心配ね」


 ある少女は少年に興味を持ち、ある少女は少年を拒絶する。


「多数決取る? ボクは新しい男の子はんたーい!」

「ふふっ、ああ言う男の子好きよ? 賛成」

「どっちでもいいかな……。どっちでもいいは消極的賛成?」

「絶対反対です! あの年頃の男の子は皆やらしいこと考えてるんです!」

「同属性だから鍛え甲斐がありそうね、賛成で」

「どうせ、また面倒事増やすだろ。反対」


 会話に参加していた六人の少女の意見が割れた。最後の一人の少女に視線が集まる。


「貴方はどうなの?」

「たまにははっきり意見出せよ」

「珍しく意見が割れたんだからさぁ~」


 灰色の少女は他の少女達の会話の中、終始俯いていたが、その虚ろな視線を上げる。


「――いいと、思う」


 灰色の少女の声だけが、感情から切り離されたように落ちた。多数決は決した。少女達はわっと盛り上がる。


「ふふっ、決まりのようね」

「まぁ、この多数決に意味は無いけどね……」

「はわわ……、ボクの貞操が……」

「ぷぅ。まぁ、遊び相手になってくれるならいいもん」


 少女達は無意味な多数決も娯楽として消費する。この空間には他に何も存在しない。


「まぁ、『前任者』みたいなことにならないよう、しっかりと首輪付けとかないとな」

「それに関してはボクに任せておきなさい。直に『月曜日』が来るわ――」



 ◇◇◇◇◆



 雪風 志賀はこの日、寝付けないでいた。人ならざる身となった興奮と罪悪感が同時に押し寄せる。

 他者の命が奪われることを見るだけだった存在が、他者の命を救う存在へと変わるかも知れない興奮。そして、神人に反抗するために協力し、命を落としていった只人の同胞への罪悪感。

 様々な感情が渦巻き、結局一睡もすることが出来なかった。


 そして、一睡もせずに朝日を目にしても、一切の疲労感がないことで人ならざる身になったことを嫌でも実感する。



「――そう言えば、宮様昨日寝る前に変なこと言ってたな」


 志賀は、昨晩は宮や屋敷の人間と長時間の話し合いを行った。神人となった後の支援や士官学校への編入の件等について。日を跨ぐ直前まで真摯に向き合ってくれた屋敷の人達に志賀は感謝の思いを寄せるが、一点違和感があった。日付変更直前になると、宮が急に時計を気にし始め、突然席を外して自室に戻ってしまったのだ。


「『明日は別のボクが相手するから』とか言ってたな。どう言うことだ?」


 志賀が寝台の上で首を傾げていると、扉が叩かれる。扉を開けると、蜂蜜色のふんわりとした髪の毛の少女が立っていた。


「志賀さん、朝食のお時間です。よく眠れ――なかったようで」


 少女は少し申し訳なさそうに俯く。その右目は眼帯で隠され、眼帯には草書体の『封』の字が書かれていた。


「縁さん達のせいではないって。ちょっと考え事が多かっただ……け……」


 少女の名は、金星(きんせい) (よすが)。この屋敷に住んでいる少女の一人で、彼女も神人である。

 縁に普通に話し掛けようとした志賀は、突然立ちくらみのような症状となる。神人となり、永遠に体調不良とは無縁であると思っていたにも拘わらずだ。


「な……え……? あれ……?」


 縁から漂ってくる甘い芳香。それを一息しただけで、志賀の身体はまるで飢餓状態のようになり、手が震え、唾液の分泌が増える。喉が焼けるように渇き、その場で倒れそうになる。

 志賀の両手が意思とは無関係に動きそうになった瞬間、志賀は我に返る。


「ハッ……! えっ!? 今のは!?」


 縁は掴みかかられそうになったことを気にすることもなく、両手を口元に当てて無表情のまま笑う。


「ご、ごめん! 急におかしくなって……!」

「ふふ、神人になりたての志賀さんは敵味方の区別がまだ曖昧なようで」


 敵味方の区別と言う言葉に志賀は首を傾げる。兎に角涎を垂らさないように口元を押さえる。正気には戻ったが、芳香を嗅ぐ度に気が狂いそうな空腹感に苛まれる。


「すみませんね。私の『甘露』は他の神人の興味を異常に惹くと言う効果があるようでして」


「そ、そんな……、ど、どうすれば……」


 志賀が焦っていると、縁は優しく彼の手を取る。


「――心配しないで。私は仲間。私は同胞。私は味方――。どうですか? 落ち着きました?」

「あっ……? あれ、なんともなくなった?」


 縁の言葉に耳を傾けていると志賀の異常な空腹感がすっと引いていく。甘い匂いは相変わらず漂っているが、獲物を目の前にした獣のように貪り付きたくなる衝動はなくなった。


「志賀さんは神人になりたてで敵味方の区別が曖昧なんですね。神人になって最初の数日はこのような症状が出ることがあるようです」

「これ、結構危険じゃないの? そのまま齧り付きそうになったよ……」

「ご心配なく。私の『権能』は特別なものでして、無秩序に効果を及ぼしてしまうようです」

(権能……か)


 ――『権能』。神人が有する特異的な能力。鳥類の翼、魚類の(ひれ)に相当するとも言われる程に神人としての戦闘力の根幹を為す重要な能力。努力で得られるものもあれば、産まれ持って所持している権能も存在する。縁の権能、『甘露』は後者だ。


「怖くない? 今みたいに急におかしくなって襲われないかとか」

「んー、もう慣れっこですかね。それに、私はそういう存在なので――」

「……?」


 縁は何かを言いかけて口を紡ぐ。誤魔化すように志賀を食堂まで案内していく。

 歩きながら志賀と縁はしばし談笑する。


「士官学校に編入すれば、こういった相手の権能が確認できる機材も貰えるんですよ」


 縁は折り畳み式の虫眼鏡のような物をどこからか取り出す。


「へぇ、凄い! 俺にも何か凄い権能とか無いかな?」

「良いですよ? どれどれ……」


 縁は志賀の頭に透鏡(レンズ)を向ける。彼女は暫くそれを覗き込んでいたが、少し残念そうに愛想笑いする。


「――汎用権能の『復讐』……だけですね。深手を負ったときに力が増す権能です」

「うーん……。せめて『幸運』が関わる権能だったら良かったのになぁ……」

「ま、まぁ、権能の習得できる量にも限界がありますから拡張性があると言うことで……」


 縁がそう励ましていると、食堂に辿り着く。


「志賀殿! おはようございます!」

「昨日はおつかれさまでした?」

「眠れない夜もあったのだろう……」


「寿さん、栄さん、誉さん、おはよう」


 食堂では三人の女中が出迎える。溌剌とした一本結びの子が寿(ことぶき) 九曜(くよ)、目がまん丸な長髪の子が(さかえ) 七星(ななせ)、短髪で眠そうにしている子が(ほまれ) 三光(みつみ)だ。

 挨拶を交わしていると、初老の男性が現れた。


「おはようございます、志賀様。昨日もお話しましたが、お困りのことがありましたら、いつでもお声掛けくださいませ」

「おはようございます、火星さん。いつもすいません」


 男性の名は火星(かせい) (ただし)。縁の母方の祖父で、明星家の屋敷の執事を勤めている。


「――おはよう、志賀さん?」

「お、おはようございます。夢様」


 おずおずと話し掛けてきた少女に志賀は少し距離を取る。少女の名は明星(みょうじょう) (ゆめ)。明星 宮の姉にして、この屋敷の当主であり、神人でもある。そんな彼女であるが、男性恐怖症であるためお互い距離感には注意している。


(夢様は男性恐怖症を克服したいとは言っていたけど、怯えながら話し掛けてくれるの見るのは痛々しいなぁ……)


 志賀は何かを手伝おうとするが、侃や三人娘の矜持(きょうじ)でそれは許されず、無理矢理食卓に着かされる。朝食は白米に焼き魚、味噌汁と葦野国伝統の朝食が並ぶ。その中に小鉢に入れられた豆に志賀は顔を(しか)める。


「ここに住まわせて貰っている身で文句を言うわけじゃないけど……この納豆って奴だけはどうも苦手だな」

「そう言えば、志賀様は真鐵国の出身であるとか。中々、他国のお方にはこの見た目と臭いは辛いようですな」


 志賀の故郷は葦野国ではなく、真鐵(まがね)国という別の国である。彼の故郷は只人と神人の隔絶が特に大きい国と知られており、彼はその中でも神人を拒絶した只人だけの集落の出身である。


「志賀殿はあらゆる物を絶賛するが、何故か納豆と咖哩(カレー)だけには厳しい……」

「志賀殿には絶対納豆を攻略させないといけませんな!」

「あと、咖哩(カレー)の美味しい作り方教えて欲しいです?」


「いいじゃん! 納豆嫌いでも! 後、咖哩(カレー)は明らかに香辛料足りてないから! アレじゃ完全に別料理だよ!」


 明星家の屋敷の食卓は食事作法だけは完璧であるが、割と賑やかであった。当主である夢もその光景を微笑ましく見ていた。

 しかし、志賀はふと違和感に気付く。


「あれ? 宮様は?」

「……? 宮様? あぁ、『宮様』なら、すでにお仕事に出ておられます。この二週間、仕事を休みにしていたものでしたから。真面目なあのお方は居ても立っても居られなかったのでしょう」

(真面目……? あの方が?)


 志賀の中では宮は傍若無人で周囲を振り回す割と無茶苦茶な側の人間である。そんな少女が真面目と言われるのはどうにも違和感があった。それに、昨晩まで一緒に机を囲んでいた筈の宮の存在を、まるで久しぶりに聞いたかのような態度にも不自然であった。



 ◇◇◇◆◇



 志賀は三人娘の圧に耐えられず、鼻を摘まみながら大量の出汁(だし)醤油を入れた納豆を掻き込み、朝食を終える。


 夢は職場に、縁と三人娘は学校に行ったことにより、志賀は侃と二人屋敷に残ることとなる。志賀は侃の仕事を手伝おうとしたが、何故か頑なに断られてしまった。

 結局の所、志賀の神人士官学校への編入は四月になるまでお預けとなっており、街中を散策したり、神人化施術前教育の教本を読み返したりするしかなかった。

 志賀は激動の一週間を過ごしたご褒美と思いつつ、休日を満喫する。



 ――そんな、夕方のことであった。



 日が落ちる頃、志賀が自室で(くつろ)いでいると突然けたたましく部屋の扉が叩かれる。

 慌てて扉を開くと、そこに居たのは小さな少女、宮であった。


「あ、宮様? お仕事お疲れ様です。如何されました――」

「貴男が雪風 志賀ね。こっちに来なさい」

「へ? えっ?」


 志賀は勢いよく少女に腕を引かれていく。あまりにも強い力で、只人であれば肩が外れてしまいかねない程の力であった。



 志賀は、屋敷の一角にある魔方陣のような場所に連れて来られた。


「み、宮様!? ここで何を?」

「ボクのことを『宮』と呼ばないでくれる? ボクの名前は『(そそぐ)』よ。覚えなさい」

(そそぐ……?)


 『雪』と名乗る少女は体躯も外見も『宮』と同じであるにも拘わらず、雰囲気が明らかに『宮』とは異なっていた。よく見ると髪の色から服の色までが淡い青色となっている。


「そそぐ、様? すみません、宮様の親族の方ですか?」

「親族? いやね。『宮』もボクと同じよ」


 志賀は脳が混乱してしまったが、『雪』と名乗る少女は呆れたように溜息を吐く。



「貴男、『宮』から何も聞いていないのね。ボク『達』はね、多重人格なの――」



 志賀は呆然とした。何も聞かされていない。否、何も聞こうとしていなかった。復讐を果たせなかった自棄を神人になるための勉強で埋め、屋敷の人間についてのことを何一つ知ろうともしていなかったのだ。


 呆然とする志賀を尻目に『雪』は魔方陣に神気を注ぐと、魔方陣の全体が淡く輝きだす。


「あ、あの? そそぐ様……?」

「黙って」

「は、はい――うわ!?」


 一際大きな力が注がれると二人の身体が魔方陣に吸い込まれていく。その場には魔方陣の淡い光だけが残されていた。




 ◇◇◇◆◆



「うわああぁぁぁ――ぐえ!?」


 志賀が叩き落とされた先は広大な道場のようであった。ただの道場ではない、面積にして数反、否、数町程もある通常の屋内では考えられない異常な空間であった。


「……ここは?」

「訓練場」


 『雪』は短く言い放つと、倉庫のような物を無から創り出す。驚く志賀を無視してその中から傘のような物を取り出し、彼に投げ渡す。そして、『雪』はその倉庫から弓を取り出した。


「……もしかして、戦えってことですか?」

「はぁ? 何を考えているの?」

「え?」



「貴男は死ぬのよ。今から」



 直後、志賀の頬のすぐ横に凍てつく閃光が走る。それが放たれた矢の軌跡と気付くまで瞬時に気付くことは出来なかった。




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