表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/19

第一話 『転生』



 ――幸福な人生であった。



 ゴウンゴウンと音を立てながら巨大な昇降機がゆっくりと下っていく。

 二、三十人は乗り込める大きな籠の中心で、数人の男女が緊張した面持ちで立っていた。四方には白色の袴を履いた巫女が柱のように静かに佇んでいる。


(遂に、この日が来たか――)


 十七歳の少年、雪風(ゆきかぜ) 志賀(しが)は静かに目を閉じる。恐れか、不安か――。それは彼本人にも分からない。だが、これから起こることで確実に言えることはある。



 ――少年は、今日死ぬこととなる。



 ◇◇◇◇◆



 雪風 志賀の人生は『幸運』であった。


 志賀は周囲の人間全てが死ぬような状況でも、彼だけが生き残り続けた。

 だが、彼にとってはそれは祝福などではなかった。誰かの『不幸』で生きているようで、毎日が苦しかった。いつしか、『幸運』という言葉は彼にとって呪いとなった。


 だから、その『幸運』を終わらせたかった。それを終わらせるためにここに来たのだ。



 昇降機の内壁は、継ぎ目の目立たない黒い鉄板で覆われていた。志賀は一瞬、棺を連想してしまったがすぐに余計な考えを止める。


 腹の奥底に響く低い音に徐々に緊張感が高まっていく。一人の若い女性は胸の前で御守(おまもり)を強く握り締めていた。


(いよいよか……)


 志賀は静かに目を開き息を呑む。

 昇降機は緩やかに減速し、一際大きく重い音が鳴り、足下に鈍い振動が伝わった。

 重厚な扉がゆっくりゆっくりと左右に開く。


 最初に目に入ったのは、短い通路であった。

 白袴の巫女の一人が、静かに告げる。


「――到着いたしました。どうぞ、お進みください」


 志賀達は巫女に先導され、通路の奥へと案内される。

 その先の空間は神社にも葬儀場にも工場にも見える不思議な場所であった。


「――ここが……」


 広い空間の中、左右には漆黒の棺のような物が等間隔に置かれている。その上部には純白の柱にも似た機構が音もなく垂れ下がっていた。

 中央奥の祭壇のような場所では一人の少女が頬杖を突き、気怠げにしていた。


「んーよしよし、今日は4人? 少ないなぁ」


 桜の意匠が施された(きら)びやかな装束に身を纏う少女は、人ならざる力で軽やかに跳び、志賀達の前に飛び降りる。呆気にとられる彼等を前に、少女は志賀の顔をじっくりと見つめた。


「おほぉ! 美少年! 今回は大当たりぃ!」


 少女は胸の前で拳を握り大はしゃぎし、桜色の目をキラキラさせながら志賀の手を握り締める。


「ねぇ、君。(われ)の側室にならない?」

(何だこの人!?)


 志賀は顔を引きつらせていると、巫女の一人が強制的に少女を引き離す。


「陛下――お(たわむ)れを。まだこの方は『神人(しんじん)』になると決まったわけではありません」

(へ、陛下!? ってことはこの人が……)


 志賀は慌てて姿勢を正す。巫女は少し頭を抱えつつ、申し訳なさそうに少女の方に手を向ける。


「はい、申し訳ございません。この方が葦野(あしの)国、四十九代目神王――(さくら) 白春(しらはる)陛下でございます」


 志賀は安易に口に出さなかった自分を内心褒めていた。



 ◇◇◇◆◇



「――さて、神人についての細かい説明は神人化施術前教育である程度なされていると思われますので省略させていただきます」


(――神人)


 志賀の心臓が少し強く跳ねた。


 ――『神人』。人ならざる力を振るう者。物理法則に則ったものであればあらゆる攻撃をも防ぎ、人類に仇なす古の神の使途、『魔獣(まじゅう)』を屠れる唯一の存在。


 志賀はこれから、その存在へと成り代わる。

 彼は、ただ死ぬためにここに降りたわけではない。力を持たぬ『只人(ただびと)』の肉体を捨て、他者を守る力を得るため『神人』へと転生するために降りたのであった。


「現世の法則の範疇に存在する貴方方――只人を、異なる法則上の存在である神人へと転生させるためには、その肉体を可及的速やかに、完全に消滅させる必要があります。そこで、神人化施術が行われるのです」


 志賀を含めたこれから神人になる者は、神人化施術前教育というものを受けなければならない。神人になる際にその身を一度消滅させなければならないと教育されていたが、その具体的な方法は特に言及されることはなかった。


「神人になる際、若干の性格変化が起こる場合がありますが、記憶はそのまま引き継がれます。ただし、一度肉体を消滅させる関係上、神人と化した只人をそのまま同一人物と見なすことが出来るのか、記憶だけを引き継いだ複製体に過ぎないのかは、現代の『神生物学』では未だに解明されていない領域となっております」


 その巫女の言葉に、誰かが『ひっ……』と怯えた声を上げる。


「さて、貴方方はまだここから施術を取り止めることも可能です。それにつきましては特にこちら側から引き留めることはいたしません。もし、ここで全員が帰られても私達はただ送り返すだけです」


 昇降機に乗った時点で後戻りはできないと緊張していた教育完了者達は拍子抜けすると共に少し肩の力が落ちる。

 神人化施術を受ける者の殆どは、教育終了日の夜に友人や家族にこの身体での最期の思い出作りをすることが多いのだ。


 巫女は神人に転生させるとは言え人の命を奪う行為に対して慎重に言葉を選んでいたが神王は不満そうな顔を見せている。


「えー、あんまり厳しいこと言わないでよ! そこの子、神人になって欲しいんだから」

「陛下、黙って」


 巫女に目も合わされず釘を刺された神王は『酷い!』などと言っていいじけていたが巫女は無視して話を続ける。


「こほん。貴方方の神人としての『素質』とは大気中・物質中に漂う神気がどれだけ体内に留まるかによって決まります。神気が人体に留まる理由は未解明ですが、留まる神気が多ければ多いほど、一般的に強い神人として産まれ変わります」


 神気とは、神人や魔獣の身体の源であり、神術や奇跡を行使する際に用いられる燃料のような存在でもある。

 神人としての『素質』は巫女達も知らされているのか、有望株の志賀を説明しながらちらりと見ている。


「この神気は、極めて微弱――。施術で人体を消滅させるに当たり、神人の力を用いてしまうと神気が混じり必ず失敗してしまいます」


 巫女は『そこで』と前置きして垂れ下がった白い柱を手で指し示す。


「――原子力」

「――!」


 志賀の表情が(こわ)ばる。

 悪魔の発明とも呼ばれる強大な力。只人が手にするには過ぎた玩具(おもちゃ)――。

 一部の国家では発電にも用いられているが、万一の危険性から細心の注意を払われている存在。


「人類が扱うことの出来る物理法則の中で最大の熱量を誇る力――これで、人体を焼き尽くします」

「……は?」


 思わず志賀は声が出た。一国を壊滅させかねない威力を得られる技術が只人を神人にするために使われているなど知る由もなかった。


 教育完了者の一人の女性が手を挙げる。


「すみません、ちょっとやっぱり私怖いです……」


 生きたまま火葬される想像をしてしまったのか、その女性は巫女に送られ昇降機まで退避してしまった。実際には超高温により、苦しむ暇もなく灰にされてしまうのだが、誰も責めることは出来ない。

 巫女は何一つ怒る様子すら見せず、寧ろ女性を気遣うように笑顔で送っていく。

 そして、意外にも御守を握り締めて怯えていた女性は、残る選択をしたようであった。



「それでは、残りの皆様は同意ということでよろしいですね?」


 志賀達はゆっくりと頷く。

 巫女達は使用する黒い棺を三基に絞り、各々を案内する。各棺にはそれぞれ巫女が立ち、神王は祭壇のような場所に戻っていく。



「……ちょっと待て、かなりの高熱だと思うんですが、巫女さんもここに居るってことですか?」

「はい。信じられませんよね。只人の方には」


 巫女は袖で口元を隠し、くすくすと笑う。


(神人は……核兵器の力ですら耐えるのか……)


 志賀はかつて神人を恨み、神人を只人の身で(たお)す技術を欲していた。そして、神人には『銀の杭』が有効であるという情報を希望の元として、怨敵と死闘――という名の茶番を繰り広げたのだが、実際にはそんな次元の存在などではなかったのであった。


 志賀が呆然としたまま棺の中に収まろうとしていると、巫女は志賀を見ることもなく、独り言のように呟いた。


「――神人とは、神王陛下の働き蜂なのです」


 巫女の手元が光り長柄の大幣が現れ儀式の準備に取り掛かると、志賀の方をゆっくりと見下ろす。


「――貴方も、ゆめゆめお忘れなきよう」


 志賀は一瞬の冷たい目線に背筋が冷える。

 巫女は志賀の体勢を整え、杖のような大幣を構える。その額には冷や汗が流れ、大幣を握る手は震えていた。


 ――神人は、只人を殺すことに、本能的に強い忌避感を覚える。それは、手ずから下す力ではなくとも有効であるようだ。しかし、巫女はそれでも息をふぅっと短く吐くと大幣を静かに振るい始めた。


 それと同時に、ふざけた態度であった筈の神王の目が据わり、荘厳な祝詞(のりと)が唱えられ始める。

 神王から(ほとばし)る桜色の光が巫女の元へと集まり、その力を受け取った巫女が棺の周囲に力を満たしていく。――遂に準備が整った。


 外部からの通信音声が入る。


灰化(かいか)室、炉心、準備完了――。解放まで……、3……2……1……。おやすみなさい。そして、良き人生を――>


 ――それが、只人、雪風 志賀の最期に聞いた言葉となる。

 柱の底に空いた穴から一瞬、青白い光が見えた直後、視界が純白に染まる。

 彼はその『幸運』な生涯を苦しむ時間すら与えられないまま、終えることとなった――。



 ◇◇◇◆◆



(――あぁ、愛しい少年。やっとこの日が来たんだね)



 ◇◇◆◇◇



(今のは……?)


 雪風 志賀はゆっくりと目を覚ますと白い天井が視界に入る。まるで、ここ数日間が夢の中であったような気分であった。


(……神人になる夢か。いやに具体的な夢だったな)


 志賀はゆっくりと上体を起こす。病院の一室のようであった。身体を動かすと気持ちが悪いほどに体調が良い。


「ん? アレ?」


 志賀は洗面台の鏡を見て驚く。顔の艶が良い――それも赤子の肌と言っても差し支えがないほどに。そして、修行で今まで付けてきた傷も綺麗さっぱりなくなっていた。

 唖然としている彼の部屋の扉が大きく音を立てて開く。


「うひゃー! 大・成・功! 美少年だよぉ~!」


 桜の意匠が施された煌びやかな装束に身を纏う少女が志賀に飛びつく。志賀は体勢が崩れて倒れ、その上に少女が覆い被さる。


「ゆ、夢じゃなかった……」


 それは紛れもなく、神人化施術を執り行った葦野国神王の白春であった。


 ――志賀は神人として転生を果たしたのであった。


「お戯れを、陛下」


 神王は白袴の巫女に襟を掴まれ志賀から強引に引き剥がす。失礼極まりない対応であるが特に咎められることはないようだ。

 上体を起こして扉の隙間から表札を見ると『安定室』と書かれており、周囲を見渡すと窓もなく、地下にある一室のようであった。


「すみませんね、志賀さん。この陛下、神人になった男の子には、みんな飛びつくんですよ」

「一般人からしたら畏れ多すぎて心臓に悪いから止めろっつってんのに毎度毎度……」


(いいのか……? 国の頭がこんな対応されて……)


 神人を憎んでいた頃は神王とは全てを支配する悪しき存在だと思っていた志賀にとって、目の前で宙吊りにされて不貞腐れている姿は衝撃的であった。


「要らん手間増やさんといてください」

「今回は全員成功っぽくて良かったね。まぁ、私の担当の子は辞めちゃったけど」


 巫女の少女達は儀式の時とは打って変わって外見相応にわいわいと騒ぐ。


 神人化施術とは、只人を殺す儀式――。

 只人を殺すことに極めて強い忌避感を覚える神人からしてみればその精神への影響は計り知れない。神王に軽口を叩くのが許されているのもその配慮によるものであるのかも知れないと志賀は推測する。


「男の子少ないからつまんなーい。男の子皆側室にしたいよぉ」

「陛下、黙って」

(……単純にこの人がダメなだけかも)


 志賀が呆れていると、部屋に誰かが入ってきた。


「――志賀くん! 良かったぁ!」


 純白の小さな少女が体勢を崩されたままの志賀に飛びついてくる。神王が『あっ! ずるい!』などと言っているが少女は構わず彼に抱きつく。


「……宮様、そういうのは良くないですよ」


 少女の名は、明星(みょうじょう) (みや)。志賀が怨敵である神人と戦って致命傷を負い、絶体絶命となった時に救い上げた命の恩人である。

 ――同時に、彼の怨敵を消滅させ、復讐を果たせなくさせた存在でもある。


 志賀は彼女のお陰で神人に対する偏見がなくなり、そして、同時に彼女の勧めで彼は神人となることを決意したのであった。


「身体、ヘンなところはない? 記憶の連続性は大丈夫?」

「――はい。全部思い出しましたよ、この1週間。宮様の無茶ぶりも含めてね」


 宮は『無茶ぶり』発言に対して頬を膨らませるが、直ぐに笑顔に変わる。


「神王陛下――そして巫女さん方も、新しい生を与えてくれてありがとうございます」

「お気になさらず――と言いたいところですが、宮様の所の子ということでとても緊張しました……」


 他の巫女達は志賀を担当した巫女には一目置いているようで尊敬した眼差しを向ける。


「あらら、気を遣わせちゃったのかな? ごめんね」

(そうか、宮様は――)


 人ならざる力を扱う上位存在、神人――。明星 宮はそんな存在の中で『最強』であると噂されている。

 最強の神人が連れてきた者の儀式を失敗したとなれば、それは巫女達の沽券(こけん)に関わる。


 宮は暫く志賀の顔をぺたぺたと触ってからおもむろに起き上がる。柔らかい笑みを浮かべて静かに手を差し伸べる。


「安定してきたみたいだし、そろそろ行こっか」

(最強の神人――この人の元で学ぶことが出来るのなら)


 志賀は自らの『幸運』が憎い。誰も助けられず、一人だけ生き残る『幸運』が憎い。だからこそ、力を求める。――この『幸運』を誰かを助けるために使いたい。

 彼はようやく開始線に立った。


「――行きましょう。今日からよろしくお願いいたします、宮様。」


 志賀は宮の手を取り、起き上がる。神王や巫女達に見送られ、部屋から歩み出る。

 儀式の行われた場所を横切り、昇降機に乗り込む。ゴウンゴウンと音を立てる昇降機は心なしか音が軽く聞こえた。


 重厚な扉がゆっくりと左右に開くと、そこには満開の桜と雲一つない青空が広がっていた。


「わぁ、凄いきれい! 志賀くんの門出を祝っているようだよ!」

「1週間前まではこんな光景も綺麗なんて思わなかったんでしょうね」


 その景色の端に、魔獣から生存圏を隔てる結界の光柱が見えた。それを見た志賀の心が引き締まる。


「遠くにボクの屋敷も見えるね! さ、速く行こ!」


 宮はふわりと浮遊し、高速で飛んで行く。その姿を見て志賀も慌てて走る。


「えっ!? ちょっと待ってくださ――うわ!?」


 大地を強く一蹴りしただけで上空に飛び上がる。桜の花が舞い上がり、軌跡となる。只人の身でなくなったことを実感する。


「身体が軽い……! って待ってくださいよ! まだこの身体、神人になったばかりで制御出来ないんですから!」


 志賀は不格好に、桜並木の隙間を縫うように飛び跳ねながら宮の後を追っていく。



 復讐を果たせなかった『幸運』な少年、雪風 志賀の本当の物語はここから始まるのであった――。




ようやく序章が終わりまして、第一章となります。

基本的には第一章から読み始めても大丈夫な作りとなっておりますのでよろしくお願いいたします。


極東の島国、『葦野国』――。

人類が絶滅を免れた地にして神人の発祥の地。

星屑の少女と出会った『幸運』な少年の物語はここから始まります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ