第十五話 「幸せになる資格」
――純白の巫女装束を纏う少女が、まるで行き倒れたかのように床に転がって眠っている。その傍らには札束の入った封筒が幾つも無造作に積み重ねられていた。
底の方の幾つかの封筒には荒らされた形跡があり、心ない何者かに盗難されていることが見て取れる。
朝8時の合図と共におもむろに少女は立ち上がり、大量の札束には見向きもせず、奥の部屋へとよろよろと向かう。
――そこでは同じ衣装を着た別の少女が祈るような、赦しを請うような体勢で拝し続けていた。
目の前には巨大な球形の宝玉――そこに力が注がれると紫色の光が迸り、外部の巨大な柱へと力が伝播していく。柱に注がれた力はその先端から両側へと伸びていき、隣の柱まで注連縄のような神気の流れを形作る。
後から入ってきた少女が同じように拝すると先に拝していた少女は起き上がり、動死体のように外へと向かい、床に倒れ伏して眠りについてしまう。
――魔獣災害。人類は魔獣という存在に生存圏を脅かされてきた。現実の物理法則に則ったあらゆる攻撃も通用せず、一度魔獣が人里に現れれば人間を殺し尽くすまで攻撃を止めようとはしない人類の敵――。
その魔獣に唯一対抗できる存在が神人であった。
そして、その魔獣の侵攻を防ぐことができるのがこの結界である。この結界の内側だけが人類の平穏が約束される『箱庭』となるのだ。
しかし、その平穏は神人の少女達の犠牲の上で成り立っているのであった――。
◇◇◇◇◆
「……なんか、すいませんでした」
雪風 志賀は『神人化施術前教育』の2日目を受講していた。そこでは神人となった後の倫理規定の他に神人としての職務なども講義内容に入っていた。
(え? これ365日1年中休み無し? 2交代制で生きている間永遠に続くの?)
『国防結界維持』と書かれた職務の記述内容に志賀は目を疑った。神人全てに結界を維持出来る素質がある訳ではなく、一定間隔にある『御柱』に各2人ずつ着けなければならない。しかも、その絶対数は決して足りているわけでもないため、酷い場合だと1人で年中交代もなく切り盛りしている場所すらあるのだという。
そして、少しでも気が緩んだり、交代時に注がれる神気の持続が途切れてしまうとその瞬間、魔獣は薄くなった結界を突き破って災害を引き起こすのだという。
「そりゃ、魔獣災害も起きるわ……」
志賀は自身の浅慮を恥じた。そのような薄氷の上での平穏で良く千年近くも持ったものだと感心する。
休憩時間終了の鈴が鳴り、志賀は姿勢を正して教育を受ける。
復讐のために偏った知識で生きてきた志賀にとっては神人の世界というのは余りにも新鮮であった。
しかし、その中で、気になる言葉があった。
(『白表機関』……只人との軋轢から産まれた組織か……)
――『白表機関』。かつて神人が只人の下に付いていた時代。魔獣災害からの国防を担う神人への感謝を忘れ、横暴になっていく只人への対立から結成された組織。『白表』の名の通り、彼等が認めた存在――神人以外をこの世から排除・抹消させることが目的とされている。
教育中に何度もこの言葉が登場し、その危険性を何度も忠告されていた。もし、神人になった後に白表機関に所属していることが発覚すれば問答無用で死刑だということも口酸っぱく言われていた。
『白表』を謳う組織が殆どの国家から『黒表』に入れられているということは皮肉という他がない。
「――この辺で一度小試験を行いたいと思います。その前に何か質問がある方は?」
講師の女性がそう言うと、志賀は手を挙げて質問する。
「すいません。白表機関についてなんですが、神人の中には一瞬で広範囲を焼き尽くすこともできる者もいる筈です。この組織のように神人が只人の敵となっているのに何故大きく目立った被害は出ていないのでしょうか?」
講師の女性は少し考えるような仕草をしてから答えた。
「もう少し後の話に出てくるのですが、神人には只人――いや、現世の『物』全てに対して攻撃・破壊することへの強い忌避感が植え付けられているの。だから、幾ら私達只人に恨みがあっても直接攻撃することはできないのです」
「直接……とは?」
「結界を破壊したりそれを維持する神人を拉致したりして意図的な魔獣災害を引き起こす。思考誘導した只人同士を殺し合わせる。罠を仕掛けて勝手に只人が掛かったことにする。……等がありますが、いずれも忌避感に反応して直前で止めてしまうことが多いとされています。神人が原因となる大規模災害は少ないですが、近年で目立った被害があったのは真鐵国の大火――通称『ハ号町の悲劇』でしょうか? 数百人の命が一瞬の内に奪われた未曾有の災厄です」
その言葉に志賀は思わず口を押さえて固まる。その様子に講師はハッとする。
「焼き尽くす……確か、貴方は真鐵国出身と聞いていましたが、まさか、あの事件の生き残り……?」
「い、いいんです。大丈夫です。――終わったことなんで。俺が質問をしたことなんで……」
志賀は全身から冷や汗を吹き出し、顔面を蒼白にしつつ答える。――過去と決別する。幾ら志賀の中でそう思っていたとしてもそう簡単に断ち切れるものではない。
その後に受けた小試験の結果は合格点にこそ届いていたが、元々物覚えが良かった志賀にとっては散々な結果となってしまった。
(――でも、それじゃあ何であの男――利根 煬大は只人を傷付けられたんだ?)
あの災厄の日を思い出し、気分が悪くなっていた志賀の中に一つの疑問が灯った。しかし、それを確かめる術は存在しなかった。あの男は宮に粉微塵にされて吸収されてしまったのだから。
(宮様なら何か知っているかも)
そうして、志賀は教育の2日目を終えたのであった。
◇◇◇◆◇
「うーむ、良いところだなぁ」
志賀は、街中を散策していた。要所要所を見れば真鐵国を超えているのではないかと思えるほど先進的な機構を導入しつつも、それが古めかしい街並みと見事に調和している所が美しかった。
近未来的な真鐵国の都市も観光客には人気があるが、実際に長年暮らしてみると最新技術を優先し過ぎて洗練されていない所が目に付いてしまうのだ。
(家電とか小型機器に関しては流石に真鐵国が勝つけど住むなら間違いなくここだな)
初めは只人と神人が共存する国など『糞食らえ』などと思っていた志賀であったが、神人への理解が深まっていくといがみ合っていたり拒絶し合っていないこの空気が居心地良く思えてくる。
そう思いつつも散策を続けていると、遠くで少女達の声が聞こえてきた。
◇◇◇◆◆
「きゃー! 可愛い~!」
「ぷにぷに~!」
女学生の衣装に身を包む少女達が小動物のような生物を取り囲んでいる。よく見ると、それは1尺ほどのずんぐりむっくりな女の子達であった。
(幼精……だったかな?)
志賀はその小さな存在に出会っていたことがある。復讐のために皇国の街中を駆け抜けていた際に偶然遭遇し、飴玉を割って渡したのであった。
よく見ると、女学生達はいずれも神人のようで、様々な髪色をしている。幼精達は抱っこされたり、砂糖菓子を与えられたりしていて、頬をぷくぷくさせながら満足した表情をしている。
「――おや、雪風さんではありませんか」
遠巻きに幼精達の様子を見ていると、学生服姿の縁と出会う。相変わらず甘い香りを漂わせており、授業中に同室の級友に空腹を誘発していないか心配になる。
「金星さん。お疲れ様。この学校に通っているの?」
「そうです。ここは神人専用の学校です。士官学校に性格は近いでしょうか。授業も殆どは戦闘に直接関わるものばかりです」
「へぇ~。ここは女子校なのかな」
校門から出てくるのはいずれも女性だけであった。身長は様々で初等部程度から高等部まで様々な少女達が通っているようであった。
「いえ、こちらは共学ですよ。ほら、あの子は男子生徒です」
「ほ、本当だ。女子生徒が多いんだなぁ……」
「えぇ、神人の『素質』を持つ只人がそもそも女性が多いということもありますが、神人同士で産まれた子なんかですとその全てが女性になるとされております」
「神人ってそんなに女性が多いのか……。……男である俺って神人の素質あるのかな?」
「……宮様が提案するくらいですから、多分」
縁と出会ったついでに話し合っていると、縁の級友であろう少女達が集まってきた。
「あー! 縁ちゃんカレシ連れてる!」
「前のあの人はどうしたの?」
「……前のあの方は彼氏ではありませんよ。もう彼は追い出されました」
「はははっ。そうだよねぇ。女の子をナメクジの餌にするカレシなんて信じられないもん」
(ナメクジの……餌……?)
志賀は信じられない言葉に耳を疑うが、少女達の会話は、その件についてそれ以上掘り下げられることはなかった。
「そちらの殿方は代わりですか? 神人ではないようですが」
「今のところはそうですね。 雪風 志賀さんと言います。ただ今、『神人化施術前教育』の絶賛受講中の超☆新星です」
「ど、どうも」
少し戯けた縁の説明に志賀は少し照れながら頭を下げる。
「ほほう、と言うことは順調に行けばこの顔もあと数日で見納めですかぁ」
そう言って、活発そうな女子生徒に手を合わされてむにゃむにゃと拝まれる。隣の冷静そうな女子生徒は『失礼ですよ』と呟きながらその頭を小突く。
「見納め……と言うと?」
「基本的に、神人は美男美女が多いという世間一般の評ではございますが、神人になる前から顔が整っている子ばかりではございません。神人になりますと骨格の均衡が修正されるなどして、結果的に美人さんになるのです。また、その際に傷跡なども消えてしまいますので顔の雰囲気は大きく変わってしまいますね」
「そ、そうか……」
志賀は、頬に付いた傷跡を擦る。傷跡一つ一つが神人に対する復讐のための訓練で付けられた思い出でもあった。復讐に費やしてきた日々全てが無意味であったかのように塗り潰されてしまうと考えるとやるせなさを感じてしまう。
「ねぇねぇ! その傷跡が大事だと思うんだったら一緒に写真撮ろうよ! 新しいケータイ買ったばっかりだし丁度試したかったんだ!」
そう言うと、活発な少女は有無も言わさず、4人の顔を収めるように写真機能付き携帯電話の透鏡を向ける。そして、そのまま写真を撮影されてしまった。
「あはは~! びっくりした顔してる~!」
「……い、いきなり。今まで殆ど山籠もっていたから女性への耐性ないんだからもうちょっとお手柔らかに頼むよ……」
写真の中には散りかけの桜を背後に綺麗に4人が映し出されていた。そして、活発な少女は縁と冷静な少女に転送の試用も兼ねて写真を送った。
「ふふふっ。この傷跡がどうでも良くなるくらい神人になってから楽しめると良いね!」
活発な少女はそれだけ言って掛けだしてしまう。冷静な少女は頭を下げつつその少女を追っていく。
(……楽しむ、楽しむか)
志賀は何度も自分だけが助かって周りが犠牲になるという経験をしていた。そんな、他者から『幸運』を吸い上げ、周囲を『不幸』に墜としていくような自分が楽しんで良いものなのだろうか、そう逡巡していると――。
――ばしぃっ!
「ほわあああぁぁぁぁ!?」
不意に、頬を撫でるような衝撃。
痛みよりも先に、凄まじい甘い香りが鼻腔を満たし、思考が一瞬、白くなる。
縁の髪に叩かれたと理解するまで、僅かな時間が必要であった。
「雪風さんは過去に囚われなくても良いんです」
その声は、叱責でも慰めでもなく、まるで当然の事実を告げるように、淡々としていた。
「貴方には、この世界を楽しむ権利があります」
志賀は、反射的に言い返そうとして、言葉が喉に詰まる。
甘い匂いが思考を縛り、上手く感情の制御が出来ない。縁は金色の左目で真っ直ぐに志賀を見上げる。――『千里眼』。そんな武器を使われてしまうと志賀は何も言い返すことが出来なくなってしまった。
「雪風さんは十分頑張りました。そして、その上で残りの命を人々のために捧げようとしています。そんな人に誰が文句を言うというのですか?」
「だ、だけど――」
甘い芳香に乱されながらも必死に反論の言葉を探そうとする。この少女の言葉を受け入れてしまうと『自分』が壊れてしまいそうで恐ろしかった。しかし――。
「『自分だけが幸せになってはならない』ですか?」
「――!」
胸の奥にしまい込んで出すことができなかった言葉を、そのまま掴み出されてしまったようだった。
志賀は何も言えず、ただ俯く。
縁は少し優しく口元を緩ませ、微笑みながら口を開く。
「正直に言いますね。雪風さんが勝手に言っているだけで、私は貴方が『幸運』だとは全く思っていません」
「……」
「ですから、これは私から。貴方に神人となった後の課題を授けます」
「……それは……?」
縁は少し息を吸い、一拍を置く。
「雪風さん。いいえ、志賀さん」
名を呼び直す。只人への呼び方から、神人の呼び方へと――。
「貴方は、本当の幸せを見つけてください」
――静かに風が吹き抜ける。桜の花弁が舞い上がり、春の青空を駆け巡る。
彼の物語は、まだ始まってすらいなかった。
◆世界観に合わせて解りにくくなってしまった用語解説コーナー◆
白表・黒表
それぞれ、ホワイトリスト形式・ブラックリスト形式。
白表機関は『神人以外は排除しようぜ』ということを目的にした機関。
要するに神人を対象としたホワイトリスト。只人は特に強い排除対象。
当然、危険思想な組織であるので各国からブラックリスト入りされている。
透鏡
所謂、レンズ。
葦野国はカメラ関係が非常に強く、
携帯電話の撮影機能も他国から頭二つほど抜けて高い。




