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第十三話 「歪んだ箱庭」




 ――この世界は神様の箱庭遊びのようだ。


 誰かがそう呟いたことを、誰も否定はしなかった。

 否定するには、あまりにも世界は歪みすぎていたからだ。

 人類の生存圏は、地図に描かれた国境線よりも遥かに内側に点在する『都市』に追いやられていた。


 ――『魔獣』。人類に対して敵意しか持たない存在。銃も砲も通じず、それに抗えるのは“神の力を持つ人間”だけだと言われている。


 彼等は僅かな人類を引き連れて外縁に境界を築き、人々に安息の地を設けた。

 その境界の内側でのみ、文明は存続を許され、言葉と法が意味を持つ。

 境界の外に出ることは即ち死を意味する。それは、誰もが共有する現実であった。


 神の力を持つ人間――人々は彼等を畏れと期待を込めて『神人(しんじん)』と呼ぶ。

 神人は、力を持たぬ人間――『只人(ただびと)』達の守護者であると同時に、支配者でもあった。彼らの判断一つで都市は救われ、あるいは切り捨てられる。


 人類の数少ない生存圏は神人の掌の上に置かれた小さな箱のようなものであった。境界という壁に囲われ、内側だけが丁寧に整えられ秩序と文化という名の玩具(おもちゃ)が並べられている。只人達はその『箱』の中という脆弱な均衡の中でのみ存在を許されている。


 しかし、そのことは全ての人間にとって望むべきものという訳ではなかった。



 ◇◇◇◇◆



「……酷い一日だった」


 ボサボサの髪を掻きながら赤煉瓦造りの重厚な建造物から1人の少年が現れた。彼の名は雪風 志賀(しが)

 彼もまた、神人が支配するこの世界を望んではいない只人の1人であった。


 そんな彼がこの建物に入っていたのは只人が神人になる前に必須となる、国が定めた倫理教育である『神人化施術前教育』を受講するためであった。神人を(いと)う只人である志賀が、それでも神人になろうと決意したのは只人と神人の力の差を思い知ったからであった。

 そのためには、どんな苦難も受け入れるつもりであった。……まさか神人になることを提案した少女に、教育初日の開始時刻を告げる本鈴と共に講義室に放り込まれた後、地図だけ渡されて流れ星のように消えてしまわれるとは思ってもみなかったが。


「……よく見たら1週間後にも教育の開催予定がある」


 志賀は玄関口に置いてある立て看板の教育予定日を見ると、かなりの頻度で教育が開催されていることが解った。『善は急げ』とは言うものの、ここまで急ぐ必要があったかは疑問であった。


 彼は夕日に照らされより赤みを増した建物に視線を移す。建物の柱には、『抗神記念会館』と書かれた札が取り付けられていた。


(抗神……ねぇ?)


 その『神に抗う』という反体制的な名称の施設で教育が行われることに、志賀は違和感を覚えた。


(まぁ、別に良いか。神人の考えることはよく分からないし)


 ――雪風 志賀は神人を憎んでいる。少なくとも、そうならざるを得ない過去を持っていた。幼い頃、神人の起こした災厄で故郷は消え、友人も、家族も、跡形もなく失われた。その後、彼は幼き日々を全て『神人を斃す術』の会得に注ぎ込み、大国へ死罪も恐れぬ密入国を敢行してまで復讐を果たさんとしたのであった。


(……結局上手く行かなかったんだけどな)


 志賀は、怨敵に挑んだ。しかし、その復讐が実ることはなかったのだ。『神人を斃す術』はそれ自体が願望の賜物(たまもの)であり、結局、そんなものはこの世に存在していなかったのだ。

 死の淵に立たされた志賀はとある少女の横槍により死を免れ、現在、その少女の保護観察対象として命脈を保っている。

 その少女こそが、志賀が神人になることを提案した存在であった。


(――力なき正義に意味は無い。もし、俺が力を持つことで俺のような痛みに苦しむ奴が少しでも減るのなら、悪魔にだって魂を売ってやる!)


 実の所、志賀は本気で只人が神人を打ち倒せるなどとは考えていなかった。

 彼の本当の目的は、親しい者が皆消えていく中で自分だけが生き残ってきた『幸運』な人生の否定であった。怨敵に殺されることでそれが成し遂げられる筈であったが、彼はここでも生き残ってしまった。

 復讐も、『不幸』の証明も――全てを失い抜け殻となった志賀に生きている理由はなかった。その様子を見ていた少女は残りの人生で『幸運』を『世界から不幸をなくす』ために使うことを彼に提案したのであった。

 志賀は少女と別れた時に渡された彼女の住処が描かれた地図を取り出す。『明星家』と書かれたそこには2人の可愛い女の子の顔が落書きされていた。


明星(みょうじょう) (みや)さん……ね」


 志賀は命を助けることで彼の『幸運』を証明してしまった少女の名前を呟き、重々しくその足を動かし始めたのであった。



 ◇◇◇◆◇



「えーっと……、明星さんの家はこっちかな?」


 志賀は地図を頼りに街を歩く。袴姿の女学生や帽子を被った洋装の男性などが街を行き交う。その中に時々髪色が異なる存在――神人とも擦れ違う。


 ――『葦野(あしの)国』。『伝統と革新の国』と称される国の通り、古き良き時代と最新の技術が入り交じる国。世界で唯一、神人と只人が共栄している国でもあり、国力序列は下位ながらもその国家運営の手法は他国からの視察が来る程に注目されている。


 志賀が地図を片手に道を往来すると一人の少女が話し掛けてくる。


「ん? おにーさん、ここの出身じゃないねぇ!」

「う、バレたか……」

「うん! バレバレのバレぇ! わっちが道を教えてあげようかぁ?」


 少女は橙色の髪色をしており、初等部の学生服のような衣装を身に纏っていた。そして、小さな体躯に見合わない大きな胸が、どこか不安定な印象を与えていた。


(恐らく神人だな……)


 志賀は少し警戒しそうになるが、街中で共存している存在に警戒心を向けるのは失礼だと思い返し、素直に道を教えて貰うことにした。

 志賀は膝を折って地図を見えやすいように少女に向けて広げる。


「明星さんって所の家に行きたいんだけど、解る?」

「合点承知之助ぇ! 明星姉妹ならこの街で知らないヤツはいないよぉ! 歩いて行くとちょっと遠いんだけどぉ――」



 ◇◇◇◆◆



 志賀は少女から明星家の屋敷までの道のりを懇切丁寧に教えて貰うことが出来た。


「ごめん、助かるよ。一人で探してたら辺りが真っ暗になってたかもね」

「そこはありがとうだろぉ? わっちの名は友鶴 (かなめ)ぇ! とある凄ぉい人の直属の部下なんだぞぉ! こんな『幸運』は二度とないとおもへぇ!」


 要は『それではさらばだぁ』と言いながら何処かに走り去ってしまった。志賀は『お偉いさんの部下なら敬語使ってた方が良かったかな』と思いつつも手を振って見送る。

 ――しかし、その表情はどこか複雑そうな色を帯びていた。


(『幸運』か……)


 どこまで行っても志賀の人生には『幸運』の呪いが付き纏う。過去に何度も『幸運』により命が救われ、周囲の人々が死んでいった事実は彼の生涯の中で永遠の楔となるのだろう。


(それでも――)


 それでも志賀は前を向く。次はこの『幸運』を他者の『不幸』を救う盾となるため、生きると決めた。その足掛かりとするためにも、絶対に神人になると彼は決意したのだ。



 ◇◇◆◇◇



 志賀は要の指示した道筋を辿る。街を抜け野を越え峠を越えた先にようやく目的地が見えてきた。


「でっかい洋館だ……」


 木々を抜けた先にあったのは大きな屋敷であった。巨大建造物自体は真鐵国に沢山生えてはいたが、志賀は洋館のような建造物は見たことがなかった。

 数百年前から建っているであろうその建物は所々にひび割れや修繕の跡が認められるが、それらは寧ろ年月の重みを誇る勲章のようでもあった。

 庭園は管理が行き届いており、優秀な庭師による手が行き届いているのが見て取れる。


「凄いな……こんな所に住んでいたのか明星さん達……」

「おや、貴方様は……」


 志賀が感心していると初老の男性が話し掛けてきた。ちょうど庭園の整備をしていた所だろうか、庭師の衣装を身に纏っていた。


「あぁ、すいません。俺は雪風 志賀という者です。明星さんに命を救われ、保護観察対象となりました。本日からお邪魔させていただきます」


 志賀は申し訳なさそうに頭を下げる。初老の男性は特に迷惑だとも思っていないのか柔和な笑みを浮かべている。


「雪風 志賀様、お噂は兼々。私の名は火星(かせい) (ただし)と申します。金星 縁の母方の祖父で、このお屋敷の執事を務めております」


 侃はそう言って深々とお辞儀をする。庭師の格好をしているとは思えない程の美しい所作だ。


「火星さん、よろしくお願いいたします」


 侃は『どうぞこちらへ』と言いながら玄関に案内される。

 外観に反して内装は簡素であり、豪華な調度品類は殆ど見当たらない。あるのは精々天球儀と安っぽい望遠鏡くらいだ。その様子に志賀は何となく違和感を覚えた。


(使用人を雇う余裕があるのに何故?)


 志賀は侃一人を雇うので精一杯でかなり背伸びしているのではないかと思ったが奥からどたどたと足音がしてきてその予想は外れであると結論付ける。


「こんにちは!」

「こんにちは?」

「こんにちは……」


 給仕服を着た可愛らしい3人娘が口々に志賀に挨拶しに来る。


九曜(くよ)七星(ななせ)三光(みつみ)……。廊下は走ってはならないと何度言ったら……」


 名前に統一感はあるが、三つ子という訳ではないのか外見的特徴はそれぞれ違っていた。


「志賀様、紹介します。寿(ことぶき) 九曜、(さかえ) 七星、(ほまれ) 三光でございます。彼女達は名もなき孤児でしたが、宮様がお迎え入れしまして、現在はこのお屋敷の使用人として働いております」


 それぞれ溌剌とした一本結びの子が九曜、目がまん丸な長髪の子が七星、短髪で眠そうにしている子が三光のようであった。


(3人も家族を増やす余裕があるんなら資金難の線は薄いか……)


 志賀はそう思いつつ、侃による屋敷の説明を受ける。広い屋敷は殆どが空き部屋であったが、どの部屋も殆ど埃がないほど清掃が行き届いていた。


(結構なお年だろうに優秀な人だなぁ)


 志賀はただただ侃の手腕に舌を巻いていた。そして、最後に厨房の説明を受けようとしたところで人影と接触する。


「!?」

「あっ……?」


 そこには、宮を一回り大きくしたような、それでも小柄な黒髪の少女が居た。一見すると普通の只人にしか見えないが、ある違和感があった。

 ――瞳が赤いのだ。それも鮮血のような赤。

 説明を聞きながら扉を開けた志賀は前を向いていなかったため、その血赤色の瞳を持つ少女の手に触れてしまった。


「ゆ、(ゆめ)様ッ!? どうしてこちらに!?」


 夢と呼ばれた少女は一瞬怯えたような表情をしたが直ぐに柔和な笑みを浮かべる。


「――本日は、お仕事が早く終わりましたので、新たな客人のためにお料理でも振る舞おうかと……」


 夢の格好は甲冑が取り付けられた給仕服のようであった。服の中にも鎧があるのか膝から下は硬質な脛当てで守られていた。そして、頭には王冠の意匠が込められた髪飾りが取り付けられている。


「ほ、本当に申し訳ございません! ……志賀様、一旦戻りましょう」

「え? は、はい!」


 絶えず柔和な笑みを浮かべていた筈の侃の額からは冷や汗が吹き出している。志賀は尋常ではない事態であると思い、夢と呼ばれた少女に頭を深く下げてから速やかに侃に連れられてその場を後にする。



「す、すいません、火星さん! あの方は……?」


 侃は息を整えてから志賀に説明する。


「あのお方は明星 夢様です。この明星家のご当主をされている方でもあります。そして、明星 宮様の実の姉なのです」

「危険な方なんですか? でも手料理を振る舞ってくれようと――」

「とんでもありません! あのお方はとてもお優しい方なのです! ただ――」

「ただ?」


 侃は少し言い淀んでから志賀に耳打ちをするように言う。


「あの方は男性恐怖症なのです」

「――!」


「本来であれば我々がこの屋敷に住まわせて貰うことすら烏滸がましいのでしょう。しかし、あの方は辛い過去を背負ってでもそれを乗り越えようと努力しているのです。しかし、突然目の前に男性が現れてしまったとあれば怯えるのも無理はありません」



 志賀はその後、与えられた自室に入って天井をぼうっと眺めていた。

 先程の少女のことがどうにも気掛かりであった。謝罪に行きたい気持ちはあったが、そのことで更に彼女を傷付けるかもしれないと思い、悶々とした気分となっていた。



◇◇◆◇◆



 それから暫くして、1人の少女が屋敷へと足を踏み入れた。4尺程度しかない小さな体躯に純白の髪と透き通るように白い肌。そして、天女のような衣装を纏う少女の名は、明星 宮。

 志賀の命を救い、同時に保護観察者として彼をこの国へ連れてきて、神人になることを提案した張本人である。彼女は手続きや報告を終えて屋敷に戻ってきたようであった。


「――あ、お姉ちゃん! 台所にいたんだ」

「えぇ、あの方に手料理でも振る舞おうかと……」


 夢は流し台で洗い物をしていた。蛇口からは絶えず水の流れる音が続いている。


「……お姉ちゃん、大丈夫?」


 宮は心配そうに顔色を伺う。夢は目を細めながら淡々と洗い物を続けている。


「えぇ、私の仕事上、男性と拘わることも多いから、何時までも対応を他人任せには出来ないわ。『彼』が居なくなったし、新しい男の子が入ってきてちょうど良かったと思っていたの」

「そう……」


 そこで会話が止まる。厨房では水が流れる音だけが木霊する。



 暫く黙っていた宮であったが、やがて沈黙に耐えかねたようにゆっくりと口を開く。


「――じゃあさ、なんでずっと手を洗っているの?」

「っ!」


 夢は唇を噛む。

 ――流し台にはもう洗い物は残されていなかった。

 夢は志賀の手が触れた部分を何度も、何度も何度も何度も――肉を削ぎ落とすように金束子で洗い続けていた。


「一応、皇国からの指示だし、保護観察を止めることはできないんだよ。もし嫌なら私と志賀君の二人だけで別の場所に――」

「やめて!」


 夢は大きな声を出して流し台を叩く。


「やめて……お願い……、どこにも行かないで……。嫌なの、男の人が怖い私も宮が私の傍からいなくなるのも……。お願い、頑張るから……頑張るから見捨てないで……」


 夢は妹の宮に縋り付くように抱きつき、涙を流す。


「――見捨てるわけないじゃん」


 宮はそんな姉を軽蔑することもその境遇に怒ることもせず、ただ強く抱きしめ返す。



 その灰白色の目にはある種の諦観とも呼べる穏やかな光と、姉を包み込む温もりが宿っていた。





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