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第十一話 「国外退去」



「雪風様、高橋様。少しお時間宜しいでしょうか?」


 志賀と縁の会話に麗が割って入る。密入国者二人の処遇が決定したようだ。


「結論から言いますと、御二方の処刑は免除されます。そして、拘留されることも御座いません」

「お、おう」

「今回の密入国は、不法滞在を目的とした物ではなく、我が皇国民に危害を加えた事実が無かった事。又、我が皇国が坂郎会の掃討を他国任せにした事が発端である事。更に、結果的に神人による只人への無益な殺傷の防止へと繋がった事。――(これ)等を評価しまして此方(こちら)側で貴男方に何らかの罰則を科す事は致しません」

「あ、ありがとうございます」


 無罪を言い渡されて、高橋は内心ほっとしていたが、志賀は微妙な表情をしていた。


「然し、雪風様に関しましては密入国の当事者と言う事で完全な無罪放免とは行きません。誠に勝手では御座いますが共闘した明星 宮様を監督者に任命致しまして、保護観察の下、速やかな国外退去の程、御願い申し上げます」


 麗は志賀に深々と頭を下げる。恐らくこれが最大の譲歩だ。これを呑まなければ皇国の危険分子として通常通り処刑されることになるだろう。

 志賀としてはここで死んでも良かった。しかし、麗の眼差しには彼に生きていて欲しいという願いが込められていた。必死に助命を掛け合ってくれたであろう麗を無碍には出来ない。


「――すいません。ご迷惑をお掛けし、大変……大変申し訳ございませんでした……!」


 頭を下げ返す志賀の様子を見た麗は安心したような、それでいて寂しそうな表情を浮かべる。そして、麗は志賀の下へと歩み寄り、耳元で囁いた。


「――若し、貴男が『死』を望み()の国に来たのでしたら、(これ)からは『生』を罪として生き続けなさい」


 そう言葉を残し、麗は踵を返して建物の中へと消えていく。港には再び日常の音が戻り、波間を渡るカモメの声が響く。職員達も先程までの緊張を忘れたように持ち場へ散っていった。


 高橋の貨物船に関しても船長の処遇についての報告が済んだのか船員達が船を駆け下りてくる。



「た、高橋スァン! 良かったッスーーー!!!」

「何やっとるんじゃ阿呆ゥ! おめぇがいなくて誰がこの船運転すると思っとるんじゃ!?」


 船員達は波止場で高橋に飛び掛かったり拳を振るったりとやりたい放題だ。笑い声と罵声が入り交じり、朝の港を賑やかにする。暫く揉みくちゃにされた後の高橋の顔はまるで激しい拷問でも受けたかのようであった。


「……なんと言いますか、皇国側が手を下さなくても勝手に仲間が罰を与えてくれていますね」

「あれじゃあ、お船運転できないよぉ……」


 縁と宮が高橋の様子を心配そうに見ている。しかし、当の高橋は顔中痣だらけであったが、それでもどこか嬉しそうな表情であった。


「――で、おめぇさんが例の密入国の実行犯ってとこか」


 船員の濱野が志賀の目をじっと見据える。他の船員達も腕組みをしながら少年の表情を見ていた。


「……はい。俺の……俺の勝手な都合で皆様を巻き込んでしまい、大変ご迷惑をお掛けしました……。申し訳ございませんでした……!」


 志賀は膝を折り、額を冷たい混凝土(こんぎょうど)の床に叩き付けるように土下座をした。濱野は暫くその様子を無言で見下ろしていたが、やがてふっと息を吐き、口角を吊り上げて笑う。


「へっ。高橋ちゃんを(ほだ)して重罪の片棒を担がせようとするようなヤツがどんなツラしてんのか知りとうてな。――真面目そうな良いツラしとる」

「……」


 濱野は係船柱に腰を掛け、ゆっくりと言葉を続けた。


「高橋ちゃんはずっと生きる希望を失っとった。神人に命を握られる世界をずっと恨みながらな。船員のワシ等はおったが、それでも高橋ちゃんの心はずっと孤独じゃった」

「……」

「お前さんに相談を持ちかけられた高橋ちゃんは世界がパァッと広がったんじゃと思うよ。神人に屈することなく立ち向かうことを選択したお前さんに確かな光を見た筈じゃ」

「……そんな……俺は……」

「そうじゃろう? 高橋ちゃん」


 高橋は顔をボッコボコに腫らしながらも静かに頷く。


「あぁ、俺にとってはあんたが『希望の光』に見えたんだよ」

「船長……」


 高橋は『つまらねぇ自分語りだが……』と前置きをして語る。


「俺は、魔獣災害でカミさんを殺されたんだよ。一生懸命手を引いていたのに手だけ残して魔物に喰われた。神人の助けが遅れたせいでな」


宮はその言葉を聞き、まるで自分が言われているかのように背筋を正す。魔獣災害は神人として思うところがあるのだろう。


「……俺の人生は、あの時もう終わってたんだよ。あの魔獣に、家内も、心も、全部喰われちまった。野郎共を束ねる船長って肩書きはあっても、生きてる実感なんて何一つなかった。ただ、波に揺られてるだけのカラッポの舟と同じだ。だがな、そんな俺の前に急に現れたんだ」

「……」

「『神人を殺したい。申し訳ないが舟を一艘譲ってくれないか』ってな。俺は衝撃を受けたさ。ヒトの身でありながら神人に抗おうとするヤツがいるなんてな」


 高橋は自分の船を見る。長らく貨物を運搬し続けた相棒であったが、彼にとっては現実逃避の象徴でもあった。


「――コイツは一人で復讐を成し遂げようとしている。直感で解った。協力者は勿論居るんだろうが、それでもお前さんはこれ以上犠牲を出さないために孤独な戦いに挑もうとしていた」


 元々、勝算の薄い復讐であった。志賀はその無謀さを理解した上でなお、前に進もうとしていた。――妻を失い、月日をただ死人のように溶かしていた高橋にとって、それは羨ましくもあり、心の底を照らす光にもなっていた。


「あんたは只人だ。神人とやり合うなんざ正気じゃねぇ。それでも行くって言った、その目を俺は忘れられなかった。心の奥底でお前さんを助けたいと思ったんだ。こんな抜け殻みてぇな俺でもできることはあるってな」


 高橋の言葉は志賀の心に深く染み込んでいく。彼はただ復讐のためだけに歩んできただけだ。そんな存在が他人の人生を変えるなど無縁だと思っていた。


「ありがとうな、雪風。お前が俺を、死んだままだった俺を、生き返らせてくれたんだよ」


 短く、だが重い感謝だった。志賀は一瞬言葉を探すも、結局、何も口にできない。高橋の眼差しが、それだけで全てを語っていた。

 志賀は、復讐の道中で誰かを救おうなんて考えたことはないし、そんな資格があるとも思わなかった。それでも、高橋は『生き返らせてくれた』と言った。

 無意識のうちに、自分が誰かの支えになっていたという事実が、戸惑いと共に、静かな熱となって胸の奥に灯っていた。


「……俺は神人が嫌いだったよ。高慢ちきで、只人を虫けらみてぇに見下す連中だってな。だが、貿易局の連中も、そこにいる嬢ちゃん達も違ったな。俺達只人に同情して、助命を掛け合ってくれるような奴もいる。……俺の方が、よっぽど狭ぇ了見だったのかもしれねぇ」


 高橋はちらりと志賀の背後にいる少女達に視線を送った。

 魔獣災害の話を真剣な眼差しで聞くその幼い顔を見れば、只人を食い物にする神人という疑念など、跡形もなく消えていった。


「勿論、今回生き残ることができたのは間違いなく特例で二度目は有り得ねぇ。――だが、それでも求められれば『荷』は運ぶ。あんたが立ってる限り、俺は何度でも手を貸すさ。死刑? 上等だ。海の底まで運んでやる」


 高橋はハッと笑い飛ばしながらたんこぶまみれの顔を志賀に向ける。


 胸の奥が熱くなる。

 復讐を果たせなかった悔しさも、屈辱も、今はもう霞んでいく。


 ――自分を待つ者がいる。

 それが、こんなにも救いになるとは思わなかった。


 志賀は堪えきれず、視界を滲ませた。

 高橋はその様子については何も言わず、宮や縁の方を顎で示しながら急かすように言った。


「ほら、国外退去の令が出てるんだ。嬢ちゃん達が待ってるぞ」


 志賀は言われるままに視線を向けた。宮が柔らかく微笑んでいるのが見えた。縁もまた、少しだけ口角を上げて小さく手を振っていた。


 高橋は背を向け、手を振りながら桟橋をゆっくりと歩き去っていく。貨物船の船員達もその背中に付いて行く。


 残された志賀は、ただ静かに涙を拭い、宮と縁のもとへ歩み出した。


「――もう大丈夫?」


その声音には、からかいも皮肉もなく、ただ真っ直ぐな気遣いだけがあった。

志賀は一瞬だけ言葉を探したが、結局、短く頷く。


「……はい」

「そっか」


 宮は優しく微笑み、縁と共に船の元へと向かう。

 志賀は二人の視線を背に受けながら、桟橋の端に係留された葦野国製の小さな船へと歩み出す。

 灰色の船体は朝日に照らされ、白く輝く。宮が乗船すると船は自動で起動し、船体の外縁が薄らと光り始める。


 手すりに触れた瞬間――どこか遠くで、『達者でな』という声が聞こえた気がした。

振り返っても、そこにはもう高橋の姿はなかった。

 波がゆっくりと桟橋を叩く音だけが耳に残る。潮風の中に、ほんのわずか、彼の笑い声の名残が混じっていた。


 船体の外縁から転落防止用の球形の障壁が生成される。潮の匂いが少しずつ薄れ、澄んだ木の香りが鼻を満たす。

 志賀は深く息を吸い込み、目を閉じた。


 神人の操る船は静かに浮上し、海面から浮き上がる。船体の横から突き出た六本の櫂のような機構からは淡い光と共に推進力が生み出される。


 宮が素早く詠唱し、進行方向を指し示すと、船はゆっくりと向きを変える。


「――それじゃあ、行くよ。ボク達の葦野国へ!」


 宮の合図と共に櫂が強く輝き、宙を高速で航行していく。


 志賀は、それに感動するでも驚くでもなく、胸の奥に渦巻く思いを抱えたまま、ただ静かに船に揺られていた――。




◆世界観に合わせて解りにくくなってしまった用語解説コーナー◆


混凝土

所謂コンクリート。

鉄筋コンクリートの構造物はこの世界では一般的な物。

森の奥(結界の外)は魔物の領域であるため、林業はあまり盛んでは無い。

神人の多い国では結界の範囲が広げられるため、木造建築も増える。

ただし、結界を広げる場合でも、森林資源よりも鉱物資源が優先される。

また、アスファルト舗装も存在し、瀝青(れきせい)と呼ばれる。

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