第十話 「強者」
神和皇国の首都、『平寧京』。その中心部では慌ただしく書類のやり取りがされていた。
「あんのクソガキィ! 結局丸1週間遊び呆けやがって!」
『平寧』の字に相応しくない怒号が宮城に響き渡る。一人の男性が狐色の髪の毛を掻き毟りながらとある書類を見ていた。男の名は山城 清。皇国の気象学や天文学、あるいは卜占を執り行う機関である陰陽寮――その長官である陰陽頭の男だ。
「『調和』が乱れておりますよ。元々、彼女達の滞在予定は2週間、問題はありません。そもそも無理を言ったのはこちら側です」
一人の女性が男を窘める。女性の名は野島 睦美。何よりも『調和』を重要視している彼女は、男が普段から怒りっぽいことを理解しているのか呆れたような表情をしている。
「何が、『貴重な機会となりますので実戦経験の少ない者を向かわせます』だ! あんな化け物寄越しやがって!」
男の手の内の書類には、坂郎会の掃討完了の報告書が握り締められていた。
――そして、そこには坂郎会の構成員が怪我で入院している者を除いて全員が警察署に出頭して拘置所が困っているという報告も添えられていた。
「精神操作の跡も殆ど見られず、これだけの人数を一斉に改心させるとは凄まじいですね」
「化け物なのはそっちのことじゃねぇよ。ヤツの実力の話だ。あんな『新人』の『神人』なんぞ港に入らずとも瞬殺できる実力があるってのに……」
ぐちぐちと怒りが収まらない様子の清に、睦美は呆れたように尋ねる。
「それは、『序列8位』の貴男が恐れる相手だと言うことでしょうか」
「そうだ。ヤツは、明星 宮は――」
◇◇◇◇◆
雪風 志賀達のいる港では金星 縁を襲った襲撃事件による厳戒態勢が解かれていない。取り逃した者達の捜索が懸命に行われている。
「とりあえず、貴方達は貿易局の建物の中へ避難して!」
「特にそこのふわふわな子! すっごい良い匂いして集中できないから!」
貿易局職員の神人達が建物の中に押し込むように志賀達を退避させる。
「好きで出している訳ではないのですが……」
「あはは……。まぁ、あの子達の狙いはその『匂い』だからね。また狙ってくるかもしれないからここで警告がてら仕留めたいなぁ」
宮が物騒なことを言う。宮は貿易局職員の神人に声を掛ける。
「ねぇねぇ、お姉ちゃん。お姉ちゃんの手柄にしていいからボクがさっきの子達斃して良い?」
「い、いや、それは皇国の威信が……」
「大事なお付きの子が攫われそうになったのに見過ごせって言うの……?」
宮がうるうるとした目を上目遣いで見上げると貿易局の職員は少したじろいだ。
(他人の復讐は止めようとしたクセに自分が人殺しをするのは良いのかよ……)
志賀は複雑な表情を無言で宮へと向ける。
復讐のために国境を越え、密入国にまで手を染めた彼は確かに罪人には違いはない。それでも、できる限り無用な殺しは避けようと努めてきた。
対して目の前の少女は、身内が傷付けられそうになっただけで平然と殺意を口にする。
密入国が即刻処刑に該当されるようなこの国の法では人攫いを敢行するような者は当然処刑対象であるのだろう。しかし、それでも――志賀は胸の奥で、何かが静かに軋むのを感じた。
見かねた縁は志賀にこっそり耳打ちする。
「――宮様は只人が神人には絶対勝てないことを知っています。あの方は純粋に貴方を死なせたくなかっただけなのです」
「それなら始めからそう言ってくれれば良かったんですがね……」
「――あの方はああ見えて口下手なのです。体よく復讐を諦めさせる言葉が思い付かなかったのでしょう」
縁は呆れたように溜息を吐く。
志賀は自身を振り返る、もしもあの港の休憩所で宮の口によって約十年にも及ぶ神人を殺すための研鑽を全て水泡に帰されてしまったとしたらどうしていたのだろうかと。
(……その場で自暴自棄になって自分の首を切るか? あるいは錯乱して銀の杭で明星さんを刺していたかもしれない。いずれにせよ、その時は船長は処刑されていただろうな……)
志賀は状況に混乱している高橋を横目で見つつ、宮の『交渉』の行く末を見守る。
「う……うぅ……、襲撃者を即時対処できなかった時点で既に査定がヤバい……。その上完全な逃亡を許したとなると……。――そ、そーですねー! 仇討ちたいですもんねー! 内密に、内密にお願いしますよ、葦野の強い人!」
貿易局の職員は調子の良いことを言って宮に丸投げをする。真面目一辺倒の麗と違ってこの職員は余りにもいい加減であった。一緒に避難している高橋は奇妙な生物でも見るような目で神人達を見ていた。
「俺、神人の戦闘については全然知らないんですけど、こんなに総出で探してるってことは見つけることが難しいんじゃないですか?」
「そうだね。基本的に神人は目よりも気配とかを利用して戦闘しているから、ただの物体に単純に隠れるだけだと意味はないんだ。それでも見付からないってことはこれは恐らく『斥候』の『権能』、『隠密』だね」
「ケンノウ……?」
「一般的な用法とはちょっと違うかな。簡単に言えば空を飛ぶ羽を持つとか海を泳ぐための水掻きが発達しているみたいな物。そこの縁ちゃんから良い匂いがするのもそれだよ!」
宮の説明に対して、縁は申し訳なさそうにぺこりと頭を下げる。
「よす……じゃなくて、金星さんのその眼帯も権能が関係あったり?」
宮に釣られて名前で呼びそうになったが慌てて苗字で呼び直す。
縁の顔の右側は髪の毛で隠されており、その下には白い眼帯で右目が隠されていた。眼帯には平仮名の『お』に見える紫色で仄かに発光する文字が書かれていたが、志賀はそれが『封』の草書体だとは気付くことはできなかった。
「……そうですね、私の右目にも権能があります。ただ……、私はこの右目を使う資格はないので封印させていただいております」
志賀は能力不足によるものか、あるいは災厄を振り撒く危険性があるものか等の予想を立てたが、宮が志賀の耳元でこっそりと話した。
「――縁ちゃんはね、昔――まだ只人だった頃にね、右目に辛い思い出があるの。余り掘り下げないであげてね?」
「――心的外傷か……」
志賀はそれを聞いて縁に頭を下げ、それ以上話は続けず港の方に目を向ける。
埠頭では巫女装束の少女や舞踊家の衣装を纏った少年達がまるで舞を舞うように展開していた。皆それぞれに両手に手鐘のような物を持ち、一定の間隔で巡回している。
「あちこちで澄んだ音がしているの解る? アレで権能『隠密』で潜んでいる子を探しているんだよ」
その言葉通り、港ではあちこちで『コーン……コーン……』と魚群を探る探信音のような音が鳴り響く。
「あの様子だとあっちも熟練者だね。多分港の外に一瞬で逃げ出したんだと思う」
「ゲェ! 外部に逃げられてるじゃないですか! どどどどーしましょ!?」
「安心して! 多分敷地の外に出てもちょっと動けば神人の気配察知能力ならすぐ気付く筈だから協力者が来るか熱りが冷めるまで待機している筈。気付かれないように遠距離攻撃で一撃の元に沈めよう!」
場所が解らないのにどうやって気付かれないように斃すのか。そう志賀が思っていると、宮は縁の顔の前に手をかざした。
「縁ちゃん、能力借りるね!」
「どうぞ、お使い下さいませ」
そうしたやり取りが終わった後、目を見開いた宮の双眸は縁の左目の瞳のように金色に輝いていた。直後、宮の口元が高速で動いたかと思うと、片腕を天高く掲げ、呟く。
「――――『流星』――――」
――突如、天に裂け目が走る。裂け目からは純白で極太な光の筋が現れ、港から大きく離れた街中を貫き巨大な衝撃波が広がる。その光の筋が雷の速度すら超えた隕石であるということを志賀は認識することができなかった
「な、な――」
「何やってるんですかー!!! 何で遠距離攻撃術技『流星』なんて滅茶苦茶派手すぎる技使うんですかー!!! 絶対こんな辺鄙な貿易局でそんな高等術使える人なんていないのに……」
志賀が何かを言う前に貿易局の職員が号泣しながら宮に詰め寄る。
「ご、ごめんね……。程度が解らなくて……」
「そ、そんなことよりッ! あ、あれって……! あんなの街中に落としたりなんかしたら! 皆……死……!?」
志賀が指を震わせながら惨状に抗議する。しかし、それに対しては宮の反応は冷静であった。
「大丈夫だよ? 神人の攻撃は傷付けたい相手にしか通じないから」
「へ?」
「あの規模の攻撃が物理法則に従って発生していれば今頃私達は消し飛んでいると思います」
縁の言葉を受けて着弾点付近にもう一度目を向けると、大騒ぎにこそなっているが建物は一切破壊された形跡が見当たらない。騒ぎに関しても悲鳴ではなく驚愕によるものが殆どであった。
「襲撃者と同様の神気反応の感知、及び消失を確認――。まぁ、あの一撃で生きてる奴が『機関』なんかのチンピラやってる訳ないでしょうからねぇ……」
貿易局の職員は状況を確認しつつも宮が引き起こした騒ぎを見て肩を落としながらげっそりとした顔で元の持ち場に戻っていく。
「……利根と戦っている時もそうだったけど、明星さんって実は滅茶苦茶強い?」
「えへへ~、それほどでもぉ」
「多分彼は宮様を褒めているわけではないと思いますよ」
縁は照れ笑いをしている宮の顔を元に戻すようにむにむにと揉んでいく。指先からも良い匂いがするのか宮は若干涎を出している。
「……利根だけじゃなく、貿易局の神人達からの反応を見ても明らかに異常だった。君は一体……」
「そうですね。別に機密事項でもありませんし、話してしまいましょうか」
志賀はごくりと喉を鳴らす。明らかに尋常ではない力を宿すこの幼い少女が何者なのか――。一体どのような存在に救われてしまったのか――。
縁はぱっと宮の頬から手を放し、頭の上にぽんぽんと手を乗せながら言う。
「宮様――、明星 宮は、世界的な神人の指標である、『神人能力格付表』にて『序列1位』。世界最強の神人です」
「――は?」
間抜けな声が漏れる。純白の少女は腰に手を当てて得意げな顔で立っていた。
◇◇◇◆◇
――神和皇国、陰陽寮。
「あああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!! クソガキィィィィィ!!!!!」
『街中で神人が起こした大爆発のせいで大混乱が起きている』という報告を受けて一人の男が狐色の頭を抱えて絶叫していた。
「……市街地に『流星』は流石に私もどうかと思います」
『序列1位』の理不尽に翻弄される『序列8位』の様子を尻目に睦美は粛々と報告書を完成させる。
――そこには『雪風 志賀』の助命に関する嘆願書への承諾及びその後の処置についての指示が書かれた資料も作成されていた。睦美は最新式の照査機へと文章を通し、問題がないことを確認してから速やかに港へと送信した。そして、葦野国から輸入してきた高級緑茶を飲みながら呟いた。
「――特例ですよ、特例。これも皇国と葦野国の『調和』のためです」
事務的・打算的な言葉――。しかし、その表情には仄かに柔らかな笑みが湛えられていた。




