第一話 「幸福な少年」
――幸福な人生であった。
一人の少年が足早に船を後にする。船は外国の小型貨物船で、旅客を乗せて運ぶことを想定した造りではない。
それは、まさしく密入国と呼ぶべきものであった。
「……しくじるなよ」
中年の船長が、黒い外套を羽織る少年の背を見送りながら静かに呟く。
「高橋サン、何がッスか?」
若い船員が肩に積み荷を担ぎながら船長の高橋に問いかけた。若いながらも、長年の乗船で鍛え上げられた体つきの男だ。
「何でもねぇよ。坂野、とっとと荷を下ろすぞ!」
「了解ッス! 最近この国、治安も悪いみたいッスからねぇ。今回は確か全部で36種4220品目でしたっけ? グズグズしてたら船ごと接収されかねないッスよ……っと!」
若い船員、坂野は冗談を交えながら積み荷を担ぎ直し、溌剌と港へと向かう。高橋はそれに返すことなく、無言のまま作業へと戻った。
荷の運搬が全て完了し、税関に引き渡す手続きが終わったのは、ちょうど昼を回った頃だった。
「やーっと終わりましたねぇ。検査官のお姉ちゃん達、可愛かったッスね!」
「冗談じゃねぇ。あいつら、俺達が必死で運んだ荷物をニコニコしながら全部廃棄にしやがるんだぞ。他国の連中を人とも思ってねぇ」
高橋が肩をすくめる。その様子を見て、坂野は苦笑いを浮かべた。
「ひぇぇ……。まぁ、この『神倭皇国』は入国管理も厳しいッスからねぇ。確か密入国が見つかると、即☆死刑だとか!」
坂野が戯けて言うと、こちらに向かって小さく手を振っている皇国側の貿易局職員の女性と目が合う。
――『聞こえているぞ』とでも言いたげなニコニコ顔の彼女に、慌てて頭を下げる坂野。その姿に、高橋はふっと鼻で笑ったが、その目はどこか遠くを見ていた。
――『……しくじるなよ』
高橋は、自らが吐いたその言葉を反芻する。彼は、少年の密入国を手助けしたのであった。
◇◇◇◇◆
「……すまない、船長。必ず目的は果たす」
喪服のような黒い外套に身を包む少年は胸元に目を向ける。――偽造された神倭皇国の国民証明章だ。これを身に付けていれば皇国内を多少うろついたところで警察に目を付けられるようなことはない。
この国は世界一を自負する大国だが、国土が広く、末端にまで監視映写機を張り巡らせるほどの技術力は持ち合わせていない。
外国貨物船を受け入れるギリギリの規模の貿易港であれば貨物に紛れ込んで侵入することも不可能ではなかった。
――少年の名は雪風 志賀。皇国への密入国という薄氷で覆われた死をも恐れない彼がそうまでしてでも叶えたかった目的とは、家族の仇を討つこと――。
(しかし、こうも簡単に入国できてしまうと、監視が厳しいのか厳しくないのか……)
一番の懸念事項をあっさりと通過できてしまったことに逆に不安を感じながらも違和感がないように外套を鞄に仕舞い、皇国民の中へと溶けていく。
――その後ろ姿を捉えている貿易局の職員の目に気が付かないまま。
「美味しいか、美味しくないかと言われると割と美味しいと言われる微妙なたこ焼き屋さんだヨ! クッテイケ本日!」
「たこ焼きなんか家で作るもんやろ! ウチの串揚げのが美味いで! 食べてってや!」
市場の喧噪の中、志賀は皇国民に扮して移動している。
(おぉ……流石は美食の国、俺の母国じゃ考えられないな)
その光景に圧倒されつつも顔に出さないように『忙しい商売人』と言う体で目的地まで駆けて行く。屋台同士で鎬を削り合っている商店街の人々も、流石に仕事のために汗だくで走り回っている若手社員と思われる人物に対して無理に呼び止めたりはしない。
(くっそ、流石皇国、人が多い……!)
他の協力者から得た情報で、可能な限り人に遭わず、かつ犯罪に巻き込まれる可能性の低い地域を選定して移動しているつもりではあるのだが、あまりの人の多さに移動が困難となっている。
方言が特徴的な皇国では、下手な会話でもすれば余所者だと一瞬で発覚してしまう。そうなれば待ち受ける先は協力してくれた船長も含めた死刑だ。
やむを得ず、志賀は人通りがさらに少なく、治安の悪さが予想される貧困窟近くの路地へと進路を切り替える。
(ふんっ、ここで死ぬようならここまでの人生だったってことだ!)
志賀は苦笑いをしながらそれでも前を向いて走り続ける。
(――大丈夫だ、俺は『幸運』だから……!)
――貧困窟のすぐ傍を全速力で駆け抜ける。上質そうな服の生地を羨ましげに見つめる子供、すれ違いざまに足を引っ掛けようとしてくる心ない男性、忙しそうにしていることすら妬ましそうに眺める女性、余所者に刃物を向けて襲い掛かろうとする野盗。
それらを全て振り切り、走り抜ける。全ては復讐を果たさんとするために。
しばらく走り続けていると貧困窟付近の治安の悪い地域を抜け、小綺麗な路地に出る。志賀は人通りもないことを確認して一度休憩を取ることとした。
「ハ、ハァ! ハァ~……。やっぱり俺は『幸運』だったな……。『何も起こらなかった』ッ!」
志賀は殺されかけたことすらまるでなかったかのように、安堵のため息を吐いた。水筒の水を全て飲み干し、鞄の中の奥底に隠した飴玉の缶を開ける。鞄の中には日用品に扮した暗殺道具が収められている。一応簡単な警察の職務質問には対処できるようにしてあるが少しでも踏み込まれたら偽造した証明章諸共発覚して終わりである。
(この飴も検疫官とかに見つかったら大事になるんだろうなぁ……)
飴玉を頬張りながら一息吐く。――処罰の対象は、自分や船長だけではない。あの港の貿易局の職員でさえ、この密入国が発覚すれば処刑されるかもしれない。神倭皇国は本来ならばそこまで厳しい国であるのだ。
志賀は復讐には強く囚われてはいるものの、その結果によって他者が傷付くのは良しとしない。
密入国の支援も、本来は小舟の譲渡・購入で済ませる予定だったのだが、高橋が強く支援を希望して最終的には志賀が折れる形で承諾している。
しばらく休んでいると、近くで何かの気配がした。志賀はとっさに身を隠し、その主をうかがう。
――そこに現れたのは一尺程度の大きさのずんぐりむっくりな少女の姿をした生物であった。
「ぷー」
「あまいにおい」
「あめ?」
「たぶんあめ」
「あめかぁ」
(な、なんなんだ『アレ』は!? 皇国の子供!? いや、でもさっきの貧困窟の子供は普通だったし……。……俺の頭がおかしくなったのか!? いや、違う! あれは確かに動いて喋って――)
好き勝手に喋るぬいぐるみのような謎の生物の登場に、志賀は言葉を失う。彼は貧困窟での出来事を忘れている訳ではない。ただ、彼にとっては『殺されかけた』程度では『不幸』の内には入らないのだ。
「うまいの?」
「あまい」
「あまいのはすき」
「あまみはごみのひとつ」
(ごみ……? 『甘味』は『五味』の一つってこと!?)
口々に雑学などを交えながらぬいぐるみのような少女達は談笑する。――見かけによらず知能は高い存在であるらしい。
「あまいのほしいなぁ」
「いったらくれるかも」
「にんげんさんきたない」
「でもあまみはほしい」
(……)
あまりにも思考が飴に支配されているぬいぐるみのような生物に同情し志賀はおもむろに彼女達の前に姿を現す。
「えーっと……。君達は……その、何?」
志賀は彼女達に語りかけると雑学好きの鳥打帽を被ったメガネの少女がビシッと手を挙げて答える。
「ようせい!」
(ようせい……? あ、そうかこれが)
志賀は図鑑で見たことがある存在を思い出した。
――『幼精』。かつて精霊という存在の幼体とされていた生物だ。
(あまりにも体が丈夫すぎて駆除もできないし精霊とは性質が異なる。人間に対する脅威も低いってことで見逃されている『魔獣』か……。皇国だとこんな人里に生息しているんだな。しかし、こいつらってどう言う生き物なんだろう)
人類の生活圏は『魔獣』と呼ばれる存在に脅かされている。人類側のいかなる兵器も通さない上に、人類に対して極めて敵対的な行動を取るとして恐れられている存在だ。その魔獣を斃すことができる唯一の存在、それが――、
「なぁ、君達って『神人』と関係があるのか――?」
◇◇◇◆◇
――港の休憩所で志賀の密入国を手助けした貨物船の船員達は税関検査が終わるのを待っていた。ただし、密入国を知っているのは高橋だけであり、他の船員は何も知らされていない。
皇国において犯罪で裁かれるのは当本人だけとなっており、一族郎党皆殺しという事態には陥らない。
(しくじってねぇだろうな……)
他の船員には被害が及ばないよう徹底的に情報は隠した。少年の目的に心を打たれた高橋は、自らの信念で支援を決意したのだ。
子どもはおらず、妻にも先立たれ、両親も既に他界。天涯孤独の身には、命の価値などそれほど重くはない。
それでも無駄死にしても良いという訳にはならない。
「やーっぱ最高ッスね! この国の『自称☆休憩所』!」
陽気な声が弾ける。坂野が溢れんばかりの炭酸飲料を片手にはしゃいでいた。『皇国民にあらずんば人に非ず』と揶揄されるほど排他的な大国だが、外国船員への『オモテナシ』は極めて豪奢だ。自国の裕福さを誇示するために整備されたこの休憩所は、今や一種の遊技場と化している。
貨物を魚礁にされようが、目の前で燃やし尽くされようが、なお外国の船員達が皇国への入港を望む理由は、まさにそこにある。雇い主にしてみれば、利益が全てパァになるという悪夢であるが、それでも一度でも貿易に成功すれば莫大な利益が得られる。――簡単に諦められるものではないのだ。
「この施策は神人サマによるもんだ。ありがたく受け取るもんじゃねぇよ」
「船長って神さんマジで嫌いッスよねぇ。ウチらが安全に船を航行できているのも神さん達が安全航路を引いてくれるお陰じゃないッスか」
若い船員は頭の硬い船長に呆れたように言う。船長も頭の中では解っているつもりなのだが納得はしていない。
「あいつらは、『不幸』の元なんだ。俺達、『只人』の生殺与奪の権を奪い、あえて不幸な環境を作っては浮いて出てきた神人の卵を探す。魔獣なんて一撃で葬り去れる力もあるってのに絶滅はさせない。……そんな化け物共に気を許せる訳ねぇだろ」
「……それは、そうかもしれないッスけど。」
船長に反論された若い船員は不本意ながらも同意する。
――『神人』。ヒトと同じ姿をしていながらも神としての力を宿す存在。魔獣を葬れる唯一の存在で、その力の源は各国の女王にある――と噂されているが、その詳細については各国で厳重に秘匿されているため一般人の知る由はない。高橋が言う『あえて不幸な環境を作っている』というのもただの推測に過ぎない。
船員達、そして志賀の母国である『真鐵国』は神人とそれ以外の普通の人間である只人との隔たりが特に大きい国として知られている。
「おぅ、高橋ちゃん! また小僧に説教してんのかよ」
「うるせぇぞ濱野。そう言うアレじゃねぇよ」
高橋は苦笑しつつ、同じ船員である濱野を軽くあしらう。
「坂野ちゃんも中々スジ良いじゃろ? あんまり怒りなさんなって」
「違うんッス、濱野さん! 俺が神人の話なんてしたから……!」
若い船員、坂野は慌てて弁解する。濱野は『解ってる』と言わんばかりに坂野の肩をポンポンと叩く。
「神人サマが作った秩序だって別に良いじゃねぇか! この世は何でも使ったモン勝ちじゃって!」
濱野の田舎者らしい方言混じりの言葉に「それもそうか」と笑いつつ、高橋は彼が持ってきた炭酸飲料に口を付ける。その光景を見て坂野も胸を撫で下ろす。
そうこうしている内に税関検査が終わったのか、貿易局の職員がニコニコと笑顔で休憩所に入ってくる。
「高橋軽貨船の皆様、御目出度う御座います。検査では37種4221品目中12種332品目に問題が認められましたが、33種3889品目は無事納品されました。今回も輸送・運搬中に生じたとされる損失は御座いませんでした。此方が納品確認書と成ります。次回も宜しく御願い致しますね♪」
貿易局の職員が結果を報告する。機械音声のような言葉遣いに機械類に慣れ親しんだ真鐵国の住民である船員達は思わず吹き出しそうになるがここで笑ってしまえば折角の合格品も廃棄にされてしまうと思い、なんとか耐える。
「そりゃどうも」
高橋が笑いを堪えながら納品確認書を受け取る。弾かれた4種の輸出品目についてはご愁傷様であるが、これでも通過率は非常に高い方である。検査官によっては『貨物に汗が付着している』と言う理由だけで弾くようなあまりにも無茶な要求をする場合もある。
――嫌味たらしいのは運搬中に生じたとされる損失については態々別枠で紹介してくるというところだ。高橋船長が運営する高橋軽貨船は規模は小さい物の、皇国と長年積み上げた信頼で運搬中での損失は非常に稀となっている。
(まぁ、密入国がバレたらそれで全てが終わりだがな……)
高橋はそう思いながら近くにいる濱野に確認書を渡す。若干老眼が入り始めた目で確認するよりは元々目の良い濱野や若い坂野に確認して貰った方が安心である。
「いやー、良かったッス! 全部機械で運搬させてくれれば良かったんスけど手で慎重に運べとか言われたヤツもあったんでビクビクでしたよ!」
真鐵国は極めて技術力が高い国である。精密機器を運搬するのに手など使おうものなら逆に卒倒されるような国であるのだが、若干技術力に劣る神倭皇国は嫌がらせのように手作業を押し付けてくる。
「オメー、荷運び中ニッコニッコしながら運んでおきながら良く言うわ」
――この笑顔を見るのもこれが最期かもしれない。そう思いながら高橋は喜ぶ船員達の顔を目を細めて眺めていた。
「失礼致します。船長の高橋様ですよね」
「あぁ、そうだが……」
不意に高橋が貿易局の職員に呼び止められる。ただ、呼ばれただけ。しかし、様子がおかしい。笑顔ではあるのだが何故か空気が張り詰める。
他の船員は何も気付かない。成功と言っても過言ではない今回の貿易に歓喜をしているだけだ。
「――今回、『搬出された物品』に関しまして、少しお時間頂いても宜しいでしょうか?」
心臓が止まる。貿易局の職員という重役に就いているとは思えない程のあどけない笑顔が高橋の心臓に突き刺さる。
「――あれ? そういえば納品しようとしてたのって『36種4220品目』だったんじゃ……」
遠くで坂野が何かを言った。聞こえない、聞きたくない。一瞬止まった心臓が、今や早鐘のように打ち鳴らされている。
「――『1種1品目』について御相談が御座います」
そう貿易局の職員が高橋の耳元で囁くと彼の体はまるで自らの意思で立ち上がったかのように起こされ、煌びやかな休憩所を背に外へとゆっくりと連れ出される。
休憩所の扉が重い音を立てて閉められると貿易局の職員が満面の笑みでぽつりと呟いた。
「――黒髪、黒目なら神人ではないとでも思いましたか?」
◇◇◇◆◆
幼精達の答えを聞いた後、志賀は鞄の中から金鎚を取り出す。――暗殺用の武器だ。そして、大きく振り上げたそれを強く振り下ろした。
――バキッ!
乾いた音が鳴り響く。突然のことに目を閉じてしまった幼精達は恐る恐る目を開く。そこには――。
「……やったぞ! 4分割だ!」
……4分割にされた飴玉が転がっていた。
「すごい」
「やったね」
「みんなの?」
「こんなにきれいにわれるか?」
口々に褒められて志賀は顔を少し赤くする。――幼精達の『しんじんさんじゃない』という言葉を聞いて安心して飴玉を分けようとしたのだが、残りの飴玉は1つしかなかったのだ。
「ははは……。良い感じに割れたら良いなって思ったんだけど丁度良かったよ。」
「すごいすごい」
「あまくておいしー」
幼精達は甘味に夢中になっている。その可愛らしい様子に癒やされながらしばし復讐のことを忘れ、体を休める。しかし――、
「――こんなにきれいにわれるなんて『うんがいい』んだね」
1人の幼精の何気ない一言に志賀の表情が曇る。可能な限り目線を合わせようと屈み込んでいた彼はふらふらと立ち上がり、彼女達に背を向ける。
――『幸運』、それは志賀にとっては心の支えであり、心に深く突き刺さる棘でもあるのだった。
「どったの?」
「さっきしんじんさんきらいっていったのなんで?」
幼精達が心配しながら志賀の脚をぽすぽすと叩く。志賀は重い口を静かに開き、震える声で呟いた。
「あぁ、そうだな。俺の家族……いや、皆は……、神人に殺されたんだ――」
――一瞬でも復讐から思考が逸れてしまった。それだけで志賀は強い自責の念に駆られる。
(……駄目だろ、寄り道なんかしちゃ。俺が……俺が奴を殺さないと)
志賀が追うのは国際的犯罪組織、『坂郎会』の首領、利根 煬大。細かい経歴は不明であるが、ある時点から神人としての能力を振るうようになったという。
元々は『葦野国』という国を拠点に活動していたが、各国で暴れまわっては国外逃亡を繰り返し、現在はここ神倭皇国を拠点としている。
どのような経緯で皇国に入国することができたのかは不明であるが、少なくとも皇国への入国審査が一般人では不可能な水準に引き上げられ、密入国者への極端な制裁が始まったのも坂郎会が皇国へ拠点を移してからであると噂されている。
(俺だけじゃない、皆が奴に苦しめられているんだ! この国だって本当はこんなに排他的になる必要なんてなかったんだよ……!)
幼精達は暫く慰めようとしていたが、一人にした方が良いと察したのか、いつの間にかどこかへと行ってしまっていた。
(俺がやるんだ……。そのために今までの犠牲を忘れるな! 今まで助けてくれた人達のことを思い出せ!)
――燻っていた薪に再び火が付く。吹雪の夜のように冷たく苦しい心を、復讐の炎で焼き焦がす。彼の人生は復讐心によって形作られている。復讐を無くして彼に生きる道は残されていない。厚い雲に覆われた夕暮れ時。志賀は再び走り出そうとした。その昏い道へと――。
……走り出そうとした。走り出そうとしたのだ。曲がり角から飛び出した白い砲弾のようなナニカに弾き飛ばされ、路地の反対側の壁に叩き付けられるまでは。
「ぐうぉっほぉ!!?」
「きゃーーー!!! ごめんね! ごめんね! そんなに急に走り出すなんて思わなかったから!」
――――砲弾の正体は純白の少女であった。
「だ、大丈夫?」
純白の少女は自分には衝撃はなかったとばかりに、軽やかに志賀の手を取る。
思いっきり壁に背中を叩き付けられたが頭は打っていないし骨にも異常はなさそうだ。朦朧とする意識の中で志賀は再び自分の『幸運』を自覚する。
「ごふっ……。え、えぇ? 君は……?」
「ボク? ボクはねぇ~……」
純白の少女は自らのことを聞かれ、嬉しそうに芝居掛かった声で答えた。
「明星 宮! 『神人』だよ!」
――そこで志賀の意識はぷつりと途切れた。意識を失う直前、格好良く見得を切った少女が慌てて駆け寄って来るのが見えた。
曇天に光が差す。美しい夕日に照らされたその姿は奇しくも太陽の女神のようであった。
これは、復讐に駆られた一人の少年が『本当の幸福』を見つけるまでの物語――。
◆世界観に合わせて解りにくくなってしまった用語解説コーナー◆
国民証明章
所謂身分証明証。内部には国民番号|(マイナンバーに相当)の情報が収められている。
神倭皇国では円形のコイン大のバッジ状となっており、常時携帯する義務がある。
提示を拒否した場合や偽造が発覚した場合等では重罰が科される。
密入国のためと発覚した場合は死刑となり、状況次第ではその場で射殺・斬殺されることも有り得る。
監視映写機
技術の優れた国が港や街路に設置している監視装置。所謂、監視カメラのこと。
高性能な機種にはAI判定のような機能も搭載されており、不審者を瞬時に通報することも可能。
技術大国かつ監視国家である真鐵国では、無意味なほど高性能な機種が無意味なほど大量に配備されており、森の奥深くや家屋の内部にまで設置されている。