第三話 国家認証
日本──首都・東京。内閣府地下の特別会議室。
重厚な扉が閉じられたその部屋には、限られた者しか入ることを許されていない。
「……米国政府、非公式ながらも“大公領”との接触に向けた部隊を編成したとの情報があります」
一人の男が低い声で報告した。眼鏡越しの鋭い視線が、卓上の資料に走る。
「ロシアも動いている。あの“大地”を技術的に制圧できるかどうか、空路での観測を続けているそうだ」
「中国も黙っていない。 確実に接触を試みるでしょう」
木村誠司は、深く息を吐いた。
「……予想以上に早いな。世界はもう、“新しい大陸”を資源と軍事の両面で計算に入れ始めている」
日本政府はすでに動いていた。
表向きは“平和的対話の継続”。だがその裏で、他国に先んじて“大公領との正式な外交関係を樹立する”ための根回しが進められている。
しかし──
「一つ、問題があります」
秘書官の一人が手元の端末を見ながら言った。
「国際社会において“大公領”を“国家”と認定するためには、一定の条件が必要です」
「……主権、国民、領土。つまり、従来の国際法上の国家要件だな」
「はい。大公領は現在、国連における“未確認存在”。どの国にも属さず、また、どの条約にも参加していない。そのため、このままでは“独立国家”とは認められません」
「つまり、どこかが“最初の承認”をしなければ、他国も動けない」
木村は目を閉じた。
「……我々がその最初の“窓口”になるしかない、ということか」
その時、通信が入った。表示された名は──三枝 成真。
木村はすぐに通話を受けた。
『木村さん。時間を取ってもらえますか。少々、動きがありまして』
同時刻。大公城──執務室。
窓の外には、薄く霧がかかる夜の大公領が広がっていた。
文官が一枚の書簡を差し出す。
「……海を越えて、使節団がまいりました」
「どこの国だ?」
「ロシアです。正式な国章を掲げていますが……どうやら“独立外交の建前”で動いている様子。代表は軍属上がりの男。言葉を選ばぬ者と聞いております」
「威圧か……」
俺はゆっくりと椅子から立ち上がった。
「よかろう。ならばこちらも、力の格を示してやるだけだ」
文官が一礼し、退出する。
──“大公領”という存在は、もはや“国際的な均衡の外側”にある。
それゆえに、世界は恐れ、そして奪おうとする。
その夜。
大公城の会議室には、また別の者たちが集っていた。騎士団の筆頭、情報部の副官、そして法務を司る側近たち。
「閣下、我らがこの地で“国家”として立つならば、体制を整える必要があります。軍、法、外交、経済、そして教育……この世界に通じる“制度”を、」
「分かっている」
俺は、地図の上に手を置いた。
そして翌日。世界中のニュースに速報が流れる。
──「新たな存在、“大公領”が国際舞台に現る」
「日本政府が独自に“大公領”との外交関係を確立」「ロシア、使節団を派遣」「アメリカ、衛星監視を強化──次なる一手は?」
大公の名が、世界に刻まれ始めていた。
場所はニューヨーク、国際連合本部。総会議場に各国代表が一堂に会する異例の招集がかけられたのは、“大公領”の存在が世界中に報道された翌日のことだった。
議題はただ一つ。
──「新たに出現した異界の領域“大公領”を、主権国家として承認するか否か」。
壇上、国連事務総長が緊張した面持ちで開会を宣言する。
「各国代表に通告する。この会議は、地球上に突如出現した“新勢力”──“大公領”が、国際秩序に与える影響を考慮し、国家承認の是非を討議するものである」
場内にざわめきが広がる。
最初に発言権を得たのは、アメリカ代表。スーツ姿の男が鋭い声で言い放つ。
「この“大公”と称する人物は、明確に武力を持ち、かつ既存の技術体系を超えた能力を行使している。現時点で彼らの意図は明らかではなく、“国家”として承認するには時期尚早だと考える」
次に発言したのはロシア代表。
低い声で、意外にも冷静に言葉を継いだ。
「……我々は、力の保有そのものを否定する立場にはない。問題は、それが制御可能かどうかだ。“交渉が成立する存在”であるならば、国家として扱う意義もある」
中国代表は慎重な姿勢を崩さず、こう述べる。
「現時点では、異界からの侵略とも見なしうる。だが、日本が外交交渉に成功した事実がある以上、今は観察の段階とするべき。承認は拙速だ」
各国の駆け引きが飛び交う中、日本の代表──外務副大臣がゆっくりと立ち上がる。
「我が国は、大公閣下と正式に対話を持ちました。彼は明確に“民を守る”という理念を持ち、他国への侵略の意図を否定しています。また、既に自治と防衛の意思を示し、安定した統治機構を維持しています」
「つまり、日本は“国家承認”に前向きだと?」
アメリカ代表が皮肉交じりに問いかける。
副大臣は一瞬黙り──やがて、力強く頷いた。
「はい。大公領は既に一つの文明圏であり、意思ある“統治体”。我が国は、これを“準国家”として認め、必要な外交体制を築く準備があります」
再び場内が騒然とする。
会場の後方、傍聴席で三枝成真は静かにその様子を見つめていた。
傍らの補佐官が耳打ちする。
「……このままだと、否決される可能性もあります。アメリカが“危険勢力”の印象を与え続けています」
「世界が“大公”という存在を恐れている証拠だ」
三枝は目を細めた。
「──だが、恐れは時に敬意にも変わる。あの男なら、それを利用するだろう」
議場。再び事務総長が前に出る。
「全会一致での承認は、現段階では得られません。よって、“国際的観察対象としての特別枠”──いわば“暫定国家”としての立場を認めることを提案します」
各国代表がそれぞれ同意の意思を示す。
やがて──
「決議案“第7769号”:大公領を、異常空間に由来する新たな自治国家とみなし、今後の監視と対話を通じて、正式な国際承認の検討対象とする──採択」
拍手はなかった。
ただ、世界が「異界の国家」を“現実”として受け入れた瞬間だった。
その頃、大公城。文官が報告書を持ち、俺の前に進み出た。
「閣下。国連より、正式に“大公領”が“暫定国家”として登録された旨の通達が届きました」
俺は静かに目を閉じ、椅子にもたれた。
「こらからより他国の接触が増えるだろう。 我々がより優位に立つ為に動かねばならん」
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