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第十二話 戦勝パーティ

長卓の上に広げられた地図には、赤や青の印が無数に打たれていた。

大公城の会議室。分厚い扉の向こうからは、城下で行われている戦勝パーティの準備の音がかすかに届く。


「港湾区の瓦礫撤去はおおむね完了しましたが、浸水被害が残っています」


報告するのは南部港湾都市を治め、ヴァルトリエンの側近貴族でもあるリシェル・アーデルハイト侯爵令嬢。


「商船の運行は三割程度再開、ただし海流が転移前と異なり、航路の再調査が必要です」


「北部鉱山は、坑道の半分が崩落。作業員は避難済みですが、再開は早くとも来月になりますな」


鉱山の管理を行うクラウス・レーベンタールが眉をひそめる。


「しかし鉱石の備蓄はまだ二ヶ月分はあります」


「農地は南側が被害甚大です。転移の影響で魔力に変化が起こり一部の作物がダメになりました」


ガイゼル・バルドゥーク子爵が腕を組む。


卓の端で、オルフェン・グラディス卿が魔道具の水晶板を操作しながら口を挟んだ。


「外縁の森の消失は確認済み。代わりに未知の岩山地帯が出現し、魔獣の行動範囲が拡大しています。哨戒強化を」


「不在の家臣は――」


「転移時に他国へ交易に出ていた五名、消息は未確認です」


ゼルヴァが淡々と報告書を置く。


「私の父も…」


リシェル・アーデルハイトが呟く。


そのとき、背凭れの高い椅子から低く響く声がした。


「無事で居ることを願うばかりだな」


声の主は、黒髪を後ろに束ねた老人――先代大公、グレゴール・グレイアード。

隠居の身でありながら、この非常時に再び政治の場へと姿を現していた。


「街はまだ息をしておる。民は怯えながらも働き、明日の糧を作っておる。我々は早急に民が安心して暮らせるよう動かねばならん」


グレゴールはゆっくりと立ち上がり、地図の上に手を置く。


「だが、知らぬ地に浮かぶ我らの領地は、友にも敵にも映る。祝いの裏で、次の一手を忘れるな」


ヴァルトリエンは短くうなずいた。


「わかっています。今夜は戦勝の宴ですが、色々な目論見が飛び交うのはこちらの世界でも同じでしょう」


会議室の空気が一瞬引き締まり、その後ゆっくりと解けていく。


「今日の会議はここまでにしよう。 もうすぐ迎えの船が来るはずだ、ゼルヴァとリシェルも準備をしておくように」


そう言い会議を終えると、準備を行う侍女が待つ自室へ戻る。


ヴァルトリエン・グレイアードが身に纏う礼服は、威厳と洗練を兼ね備えた黒を基調とする格式高い正装だった。


艶のあるダークグレーの上着は高い立ち襟が印象的で、胸元には大公家の紋章が繊細な銀糸で刺繍されている。


肩から胸にかけて施された漆黒の飾り金具が、威厳と冷徹さを引き立て、微かに赤味を帯びた宝石の装飾が瞳と共鳴するように輝きを放っていた。


やがて、城の埠頭に巨大な影が近づいてきた。


それはまるで動く宮殿のような、豪華絢爛な客船だった。

白と金を基調にした船体は煌びやかな装飾で彩られ、幾重ものデッキには歓談や宴を楽しむ人々の姿が見える。


「これが、アメリカから迎えに来た船か」


ヴァルトリエンはそれを見据えた。


同伴するゼルヴァ=クロイツが傍らで報告する。


「大公様、船内は豪華な宴会場として用意されています。今夜のパーティはここが舞台のようです」


リシェル・アーデルハイト侯爵令嬢は微笑みを浮かべながらも、戦勝の余韻に浸ることなく緊張感を漂わせていた。


埠頭に設けられた長い階段を上る三人の前に、一人の男が現れた。


「ヴァルトリエン大公、ようこそ」


凛とした声で迎えたのは、ハワイ遠征で共に戦ったアメリカ覚醒者、サミュエル・グレッグだった。


引き締まった顔立ちに鋭い目つき、彼の存在感は一目で分かる覚醒者のそれだった。


「サミュエル、こちらはリシェル・アーデルハイト侯爵令嬢だ。南部港湾都市を治め、我が側近の貴族だ」


ヴァルトリエンは二人をゆっくりと引き合わせる。


リシェルは気品ある微笑みを浮かべ、丁寧に頭を下げた。


「初めまして、サミュエル様。大公様の戦勝を共にできたと伺い、大変心強く感じております」


サミュエルも丁寧に頭を下げ返す。


リシェル・アーデルハイトは、輝く金髪を緩やかなウェーブに整え、優雅に肩へと流していた。

その端正な顔立ちは美しく、澄んだ碧眼が冷静かつ凛とした印象を与える。侯爵令嬢としての高貴な気品と共に、見る者を惹きつける華やかさを兼ね備えていた。


彼女の身に纏う淡いアイボリーのドレスは、繊細なレースと織り込まれた金糸の装飾が光を受けて煌めき、まるで光そのものを纏っているかのようだった。


サミュエルはその美しさに目を奪われ、微笑みながら口を開いた。


「本当に優雅で凛としたお方ですね」


リシェルは軽く頭を下げ、微かな笑みを浮かべた。


豪華な客船の広間には、煌びやかなシャンデリアの光が満ち、壁には名高き戦士たちの肖像画や各国の紋章が飾られている。

訪れた貴族や外交官、覚醒者たちが集い、歓談と祝杯の声が響き渡っていた。


「ヴァルトリエン殿、こちらへ」


サミュエルがヴァルトリエンの腕を軽く引き、彼を会場の中心へと導く。


「我々の側からも、多くの要人が集まっております。互いの力を示し合う場となるでしょう」


ヴァルトリエンは静かに頷いた。


パーティの中でひときわ注目を集めているのは、大公の戦勝を祝福しつつも、その視線の端には警戒の色がちらついている貴族たちの群れだった。


「今宵は祝いの席だが、油断は禁物だ」


ヴァルトリエンの言葉は冷静でありながら、底知れぬ決意が滲んでいる。


隣に立つリシェルが、柔らかく声をかけた。


「大公様、この席での振る舞いは慎重に。多くの敵対者も紛れておりますわ」


「承知している。外交は時に戦場よりも苛烈だ」


その時、遠くから微かなざわめきが聞こえた。

視線を向けると、数人の覚醒者がこちらに近づいてくる。


先頭に立つのは、アメリカで影響力を持つ財界人であり、強大な覚醒者の一人、イーサン・クロウリー。


彼は背の高い男性で黒のタキシードに身を包んでいる。

会場の男共は皆同じような格好だ。


(これがこの世界の礼服ということか)


「グレイアード大公、お噂はかねがね。ハワイでのご活躍、そして勝利――実に見事です」


「悪いが俺は貴様の名前も知らない。 このまま失礼するよ」


その態度に会場が少しピリつく。

そのままサミュエルの後を追いある人物の元へ向かう。


サミュエルがヴァルトリエンに低く声をかける。


「こちらはアメリカ合衆国大統領、ジョナサン・ハリソン閣下です。世界の安定を最優先に動く人物であり、我々覚醒者とも良好な関係を築いています」


ヴァルトリエンは軽く会釈しながら応えた。


「ジョナサン・ハリソン大統領、グレイアード大公国、ヴァルトリエン・グレイアードだ。この様なパーティに招待してくれた事感謝する」


大統領は静かながらも凛とした声で言った。


「グレイアード大公、ハワイ遠征の協力と戦勝、心より感謝申し上げます。あなたの存在は我々にとって希望の光であり、今後の連携を強く願っております」


ヴァルトリエンは一礼し、席に着いた。


「アメリカ合衆国の安寧と大公領の繁栄、双方のために協力することが私の望みです」


ジョナサンは頷き、続ける。


「今夜は祝いの場ですが、我々は常に次の一手を考えねばなりません。日本で貴国の商会が活動を始めたそうですね」


「ああ…その通りだが、耳が早いな」


ヴァルトリエンがわずかに目を細める。


ジョナサンは微笑を浮かべたまま、グラスの縁を軽く指でなぞった。


「この世界で生き残るには、情報の速さが命です。ましてや――貴国のような特異な国家は、各国が最も注視している」


ヴァルトリエンはグラスを口に運び、赤い液体を一口含む。

深い果実香が鼻を抜ける間も、大統領の瞳は一瞬たりとも揺れなかった。


「率直に言いましょう。貴国が持つ鉱石とその加工技術は、今の世界情勢において極めて重要です。我々はそれを取引したい」


「こちらとしても取引相手が増える事は悪い事では無い、しかし資源には限りがある」


ジョナサンは、少しだけ目を俯かせた。


「では、こちらからも提案しよう」


その声に落とした視線を元に戻す。


「塔の資源とこちらの世界の資源を使って新たな技術を共に開発するのはどうだろうか」


ジョナサンは一瞬、微かな驚きを浮かべたが、すぐに落ち着いた表情に戻った。


「それは素晴らしい提案だ。共に輝かしい未来を創りあげようではないか」


「詳しい話はリシェルとしてくれ、 商会については彼女に一任している。それでは俺はパーティを楽しませて貰うよ、なんせ久しぶりだからな」

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