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死後の世界

作者: 岡田公明

 僕は確かに死んだ。

 死を実感したわけだ。


 そうだ、死んだ。

 確実に、あれほど血が出るのを見たのは初めてだった。


 否、明確には初めてではない。

 ドラマでは見たことがある、しかしながら、そんな光景が己の身に起こる事態だとは実感することが難しかった。


"あぁ、僕は転生するのだろうか"

 ふとそんなことを、考える。


 しかし、そうではなかった。


――――――――

「はい、起きて下さい」

 女性の声が聞こえる。正確には女性かはわからない。

 どちらかといえば中性的な印象を覚える声が聞こえた。


「なんですか?」

 目を開けて僕は尋ねた。


 僕は今から輪廻の旅に出るのだ、その旅路を邪魔されたらさすがに不快だ。


「あなたは、輪廻の旅に出ることはありません」

 それは衝撃の事実だった。輪廻などないといわれたのだ、私の努力の末に何も残らないというのと同義だった。


「では、私はどこに行くことになるのだ?」

「あなたは、天国かもしくは地獄に行くことになります」


 それは再びの衝撃だった。

 天国だとか、地獄だとかそんな戯言をほざいたのだから。


「あれは所詮、キリストとかなんとかの唱えたことだろう?

 私は、そんなものは信じてはいない、それでも私は天国か地獄かに行くしか選択肢がないのか?」


「ええ、あなたには天国か、もしくは地獄しか選択肢がありません」

 それはふざけた回答だった。


 否、死後にこのような場所にいることが最もふざけていることだった。


「尋ねるのが遅れたのだが、ここはどこだ?」

「ここは世界と天国と地獄の間(はざま)です。

 死者はみな一度ここを通り、天国か地獄に行くことになります」


 それは、知らぬことだった。

 はざまというよりは、どちらかといえば関所に近い感じだろう。


「それで、私には天国か地獄かの二つしか選択肢はないのか?」

「はい、そうなりますね」

「今からでも、輪廻の可能性は」

「ないです」


 そこまではっきりと言われると、私もあきらめるしか選択肢がないことに気が付く。


「なぜ、死ぬ前に教えてくれない」

「死後にしか来ることができないのですから、死者以外に知るすべはありません。

 死人に口なしともいうでしょう?死人に口がないのであれば、伝えることができないわけです。何もおかしい道理はありません」

「それでは納得ができん」

「そうですか、ですが現にこのようにここに訪れ、今間にいるのですから、認めるしかない事実です。どのような文献よりも()()()()()があることでしょ?

 目の前にある事実を否定する術は、あなたにも私にもないのです」

「うぅむ」

 それはその通りだった。何よりここにいる人物(?)に言われてしまっては否定のしようがない。


 ここでふと疑問が浮かぶ。

「ところで君は誰なんだい」

「...遅いですね」


 目の前の存在は、あきれた雰囲気を醸し出す。

 しかし姿ははっきりとは見えない。


「私は、それっぽく言うならカスタマーセンターの従業員です。

 天国と地獄への円滑な移動のための仕事をしています。


 昨今はこの職も人気がなくて、大変なので、こうやって時間をつぶすことで、労働を可能な限り楽にする任務を遂行しているわけです」


「なんだ、つまり君は私で楽をしているわけか?」

「まぁ。つまりそうなりますね」

「そこは、否定はしないのか」

「はい、事実ですので」

「それでは私が輪廻の旅に出るのは」

「ありえないですね」

「それは否定するのか」

「はい、事実ですので」

「なんだ、そうか」

「はい」


 頭が痛い、正確には頭は痛くないはずだが、頭が痛いと錯覚してしまう。


「それで、私は天国と地獄についてあまり詳しくないのだが、それはどういったところなんだい?」

「お、やっと進みましたか?」

「進むも何も、一度話を先に進めないと、ずっと意味のない会話が繰り返されるだろう?」

「はい」

「ならば、進めるしかなかろう」

「その通りです」

「それでは説明を頼む」

「畏まりました」


 その存在は、急に目の前に映像を映し出した。


「まずは先に地獄から」

「ちょっとまて」


 説明があまりにも足りなかった、なんだこれは、何故"地獄に関するプレゼン"というパワポを用いたプレゼンが始まろうとしているんだ。


「はい?何かありましたか」

「単純に疑問なんだが、何故パワポを使っているんだ?」

「近年の方針として、このハザマもデジタル化が求められています。今までは何か脳に映像を直接送る方法や、面倒くさいと口頭が一般的でしたが、それだとどうしても負担がかかったり、伝えきれない部分がありました。

 その改善策として導入されたのが、このパワポによるプレゼンの方式です」

「なるほど?」

「この導入により負担は減りますし、ここに訪れる皆さんに対する説明漏れも減るので、両者にとって特しかないのです」


 言葉としては理解が出来る一方で、それ以外の部分で理解が出来なかった。


「ちなみにこれは正式なMSoftの製品になっています」

「それは大事だな」


 なんて返すわけだが。正直問題はそこでは無かった。

 何となく神聖な雰囲気の、この世界にパワポを用いてプロジェクターに映像が出力されているのは違和感しかない。


「まぁ、我々としても正直な話...今までの方式のほうが良かったんですけどね」

「は?」


 何をこんなところでぶっちゃけている。


「だって、今までの方式のほうが慣れていましたし、きっちりとマニュアルも暗記していたので、業務自体はこなせます。いきなり導入されてトラブルも多いですし、むしろ、このシステムのせいで何故か業務量が増えてる傾向にあるんですよ」

「なら上に伝えたらいいじゃないか」

「それが出来たら苦労はしませんよ。

 あくまで我々は駒ですので、あとデジタル化方針に上は乗り気なんですよ。そんな乗り気の状態で苦言を呈すると面倒なことになるのは目に見えてるので、言えないんですよね」

「それをここで言っても問題ないのか?」


 単純に疑問だった。こんなぶっちゃけた話を私にしても問題はないのだろうか。


「はい、今日は改善週間ではないので、ちょうど先週頃に終わりました」

「改善週間って?」

「1週間ほど、業務改善委員会が抜き打ちで監視に来て改善要求を行ったり、あれやこれやする週間です、これにより顧客満足度を上げることを目的にしています。

 まぁそんなことをしてもあまり意味は無いんですけどね」

「何故だ」

「だって天国か地獄に行く人の対応改善したって、なんも変わらないでしょ?

 私たちは、ただの案内人です。余程酷くない限り評価するに値しない存在な訳です。ただ時折クレームが入るので体裁上は、改善週間を設けて改善を心がけるようにしているわけです」

「理解した、それでは天国の説明を」

「あら、ここでは突っ込まないんですね、まぁ良いでしょう」


 とりあえず、このままだと話を進めることが出来そうにないため、天国の説明を聞く。


 簡単にまとめると、

・天国は善い行いをした人が行く場所。

・天国は楽園らしい。

・天国の統括役がおり、それによって改善されている。

・天国にも地上の娯楽がある。

・地獄から天国に行く人も居れば

 天国から地獄に行く人も居る。


「いくつか気になる点が...」

「はい、どうぞ」


 気になる点はいくつもあった。

「まぁ、天国が善い行いを人が行く場所で、楽園は分かる。

 ただ天国にも地上の娯楽があるっていうのは?」

「完結に言うと、switch2だとかPS5だとか、ジャ〇プとかがありますね」

「随分俗物的じゃないか?」

「そうですね、昔は本当に何も無かったんですが。

 それは天国としてどうだという意見がありまして、改善の結果数年前に、地上のものを取り入れるようになりました。ただ人気のものについては品薄な現状がありますので、遅れて導入になります」

「なるほど」


 随分と変な話に思えた。

 なんというか、天国の概念的なものが自分の中にあるものと違って見えた。


「それで、最後の」

「あぁはい、地獄から天国に行ったり、天国から地獄に行くケースについてですね」

「そうそれ、私の認識としては一度行ったら変わらないイメージなんだけど」

「まぁ一般的にはそうだと思います。

 ただ、天国で悪いことをした人が行く先が無いため、地獄に送ることになり、人の身であった時に、善くない行いをした人間も、地獄で勤勉にした場合に、天国に送るべきだという風になり、最近変わりました」

「なるほど?」

「もっと言うと、地獄で頑張って労働する人々が暴動して、当時統括していた閻魔が止めることが出来ずに、結果的に天国のトップと話し合って、そのような取り決めになりました。

 ちょうど天国側も困っていましたので...」


 つまり今までいた世界も、こちらの世界もさほど変わらないということか。


「では、地獄の説明をさせていただきます。

 あなたにも関わりが深い話だと思いますので」

「は?関りが深い?」

「はい、あなただって地獄に行きますよ」

「え?」

「逆に天国に行くと思ってました」

「うん」


 私はどうやら地獄に行くらしい、さらっと言われてしまった。


「あなたの死因についてご存じですよね」

「私は人に刺されて死んだ」

「そうです、その人物が誰か分かりますか」

「いや、パーカーを着ていて顔が見えなかったから...」

「なるほど理解しました、あなたは秘書に殺されましたよ」

「マジ?」

「はい、マジです」


 秘書は真面目な人間だった。

 私のスケジュール管理を行い、私が欲しいときに欲しい物を与えてくれた。その分の報酬は払っていたし、しっかりと向き合っていたつもりだった。


「報告書には、貴方の善い行いも善くない行いも載っています。

 善い行いが善くない行いを上回ったので、地獄に行くことになっています」


 個人的には、善い行いをしてきたつもりだった。

 輪廻転生的な意味合いで、善い行いをした方が、善いものに転生できると思っていたからだ。


「あなたの行いは、社会的には善い行いが多いですが、もう少しミクロな視点で見ると善くない行いが多い傾向にあります。問題はそのミクロな視点です。

 結構多くの人が貴方の行いで路頭に迷ってますし、結果論にはなりますが、恐らく輪廻転生があったとしても、善い行い基準で行くと希望する人間には慣れなかったと思いますよ」

「辛い」

「お気持ち察します」


 ふざけている。ふざけ過ぎた。

 私はこんなにも頑張っていたのに、辛い。


「仮に、地獄に行っても天国に行くことが出来るんだよな?」

「はい」

「ならいい、地獄の説明を頼む」

「分かりました」


「完結に言うと、地獄は地獄です。

 仕事好き人間からすると天国らしいですが」

「ん?」


 あまり理解が出来ないが、話を聞いて分かった。

 天国はあまりに暇らしく、完全な悪人も結果的に悪人になった人物も地獄にぶち込まれるため、企業の才能がある人間などが、懸命に働いた結果、文明的には地獄の方が進んでいるらしい。


 天国はあくまで地上のものを取り入れるが、地獄は独自の物を生み出しているようだ。随分と変な話を聞いた。


「私の想像する地獄と違う」

「それはそうでしょう。死後でなければ死後の世界に来ることが出来ないのですから」

「では地上で語られているものは嘘になるのか?」

「いいえ、そうでは無いですよ。10人いれば10人が違うということです、この地獄も地獄、あっちの地獄も地獄、天国も然りというわけです」


 なんだか、全体的に変な感じだった。


「それでは、地上もこっちもあんまり変わらないじゃないか」

「そりゃそうですよ、地上からこっちに皆来るわけですから、私だってそうですよ」

「そうか...」


 思っていた回答とは違うが、妙に納得できた。


「とりあえず、地獄の話は地獄で聞いてください。

 私もそろそろ定時が近いので、そろそろ手続きしますね」

「よろしく頼む」

「はい、当然です」


 しばらくの時間が経過した。

 その間、カタカタとタイピングの音と、電話をしている音が聞こえる。


 なんかあまり聞きたくなかった。


「ちょうど送る先が見つかったので、今から向かってください。

 そこにある雲に乗ってもらったら、行くことが出来ます。


 途中で降りたりしないでくださいね、私の処理が増えますし後々面倒くさいので」


 何となくお世話になったので、素直に言うことを聞いて雲に乗る。


「それでは行ってらっしゃいませ。良い旅を~」


―そうして私の地獄での生活が始まった。

 それはまさに地獄だった。


 しかし思っていたものとは違った、針山や溶岩風呂があるにはあったが、随分と寂れており、そこに人は居なかった。


 人は皆、地獄に建ったデカいビルの中で労働を強いられた。人はそこを地獄と呼んだ、私にとってそこは天国だった。何故なら地獄の文明は始まったばっかりで発展途上の状態だった。


 だからこそ、新たなビジネスに携わることになった。

 人間のころとは異なり、この身体には病気の概念も死の概念もない、地獄にも最近通貨が生まれ、賃金はしっかりと支払われる。それで好きな物を買い、好きなことが出来る。


 そんな死後の世界の話。


―死後の世界 完―

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