94 生命の立ち枯れ
『まだだ……まだ我は死なぬ。』
胴体に風穴があいたロクスは、それでも絶命に至っていないらしい。
その異常な生命力も、【海神世界】から供給されているもの。
その供給される力も無限ではない。生命維持のために注がれるエネルギーは膨大らしく、【海神世界】は徐々にひび割れ、崩壊が始まっている。
「げはっ」
対して、リュウコも腕はほぼ爆散状態で、全身の骨も至るところにヒビが入り、冗談ではなくマジの吐血を見せる。
迸っていた赤いオーラ、『鬼力』の波も、少しずつしぼんで小さくなっている。
「……どうするつもりだ?」
『最後の最期。全生命力を用いて、貴様を葬る。』
「へぇ……怖いね。」
ロクスの再生が止まる。しかし、【海神世界】の崩壊は加速する。
空間を維持していた魔力を、再生ではなく腕に集めているらしい。
それに倣って、リュウコも全身に纏っていた全ての力を、まだ原型をとどめている左手に集める。
もう言葉は交わさない。タイミングはわかっている。
完全無音の5秒が経過し、二人は同時に動き出す。
それと同時に、【海神世界】が終わる。
水中であることは変わらないため、外の水がなだれ込むようなことは無い。
収束した【海神世界】の拳と『鬼力』の拳。
――――バシィィイィイイイイイイイイ!!!!!
大きな音と共に、決着はついた。
中ほどまで裂け、見るに堪えない状態になっている左腕を抱えたリュウコ。
打ち込んだ腕から、全身に行き渡るヒビによって、全身がボロボロにささくれ立っているロクス。
両者、ほぼ瀕死の状態だが、僅差でリュウコの生命力が勝っていた。
『二度目の覚醒は無かったか。』
「あってたまるかそんなもん。」
『……まあいい、ここで我は死に、お前は先に進む。しかし、お前はやはり地獄に向かうことになる。』
「……どういうことだ?何を言っている?」
『では、またな。』
そう最後に呟くと、ロクスの体は完全に崩壊し、頭部から出てきた核を残して塵となって消えた。
それを掴んだのと同時に、リュウコは【海神世界】の中心であった水中から、水上に押し上げられる。
結果的に、エリサたちの前にクジラの潮吹きのような形で飛び出したリュウコ。
心配されていたのが半分、リュウコの顔を見た安堵が半分。
そして、それはすぐにリュウコの腕を見て驚愕に変わる。
「「「な、なにその腕ぇ!!?」」」
両腕が半壊しているリュウコの姿に、ミリは泣き出し、サティとエリサは怒り混じりの顔で急接近してくる。
「ちょっエリサさんなんか回復魔法使えないの!?」
「できないわよ!私の使える魔法にそんなの無いの!!」
「み、ミリ!あんたの『サテライト』で何とかならないの!!?」
「さ、サティもどうにかできないの!?」
「ちょっと落ち着いて。」
「「「落ち着けるわけないでしょ!?」」」
もはや親友レベルで仲良くなっていると言えるくらいに同じ言葉をハモっていくスタイル。
というか、敵愾心より心配が勝つほど、リュウコの両腕はかなりグロい惨状になっている。
魔力で形を維持して保護こそしているし、宝力によって少しの治癒力強化をしているが、今の見た目はもはや蟹鍋のアレ。
「さ『サテライト』!」
衛星を出し、どうにか回復のような効果を期待するミリだが、あまり芳しくはない。
「な、なにかいい感じに、治癒を!」
そんなふわふわした内容でも、衛星たちは最大限ミリの期待に応えようと、リュウコの腕の周囲を旋回する。
治癒はされていないが、魔力を供給してくれている感覚はあるため、少しだけ助かる。
結局、むき身の両腕を晒すのもどうかということで、一旦可視状態の『魔力拳』を装着して対応することにした。
「それ、痛くないの?」
「え、普通に痛いっていうか、もう死ぬほど痛いけど。」
「なんでそんな大丈夫そうな顔ができるのよ。」
「いえ、リュウコの頬のあたりをよく見て、かなり濃い脂汗が出ているでしょう?私達の前だからカッコつけてるのよ。」
謎の解説を入れられ、痛みを抑えて羞恥が顔面に現れる。
出血を伴っている時にあまり体温を上昇させてほしくはないのだが、そうもいかないらしい。
「と、ともかく、村長に連絡して、そのまま出るから。エリサも同行してほしい。」
そう言って、サティとミリは一旦山小屋に行ってもらって二人は村長宅に行くことにした。
◇◆◇
サティとミリは、並んで見慣れた道を歩いていた。
二人の歩調は似たり寄ったり、今でこそ村で一番仲が良い二人ではあるが、それはあくまでもリュウコが来てからの話で、それまではあまり距離を詰めたことも無かった。
今も、二人は互いの細かな趣味などは知らない。
しかし、知っていることもいくつかあって。
「なぁ、この村を出ていくって本当かよ。」
「……ラシル。何の用?」
質問に質問で返す。というわけではない。この無答は肯定であると、言外に伝えているのだ。
「ミリに話してんだ。なぁ、あんなよそ者について行くのかよ。女侍らせていっつもヘラヘラしてるやつに。」
「……ぅん、ついて行くよ。」
「第一、あいつが来てからやたら凶悪な魔物が増えたんだ。裏で何かしてたのかもしれないし、そんな奴について行っても、どこかで捨てられて終わるんじゃ……」
まくし立てていたラシルの言葉が止まる。
普段は大人しく小動物的だったミリが、射殺さんばかりの目で睨んできたからだ。
しかし、そんな表情は一瞬で、すぐにいつもの穏やかな顔に戻る。
「捨てられないよ。というか、捨てられそうになるんだったら、無理矢理しがみ付いてでも近くにいる。そういうつもりでついて行くんだから。」
「な、なんで、そんな。そんなにっ――――お、おれっ!」
「何となくわかるから先に言うね。ごめんなさい。」
恐ろしく速いぶった切り。サティですら見逃してしまうほど。
勢いに任せて告白しそうになったラシルは、言葉を見失って黙ってしまう。
「気を引きたいから悪戯してくるみたいな人、正直好きじゃないし。今はリュー以外に、誰の事も眼中にないの。」
「————っぅう」
その場に膝を突き、地面を叩くラシル。
ここまで来たらもう失恋とは呼べないほど、ボコボコにフラれ涙する。
そんなラシルを一瞥することも無く、その横を通り過ぎる。
「意外とえぐいことするわね。」
「————何が?」
もはや、ミリの記憶からもラシルは消え去ることになった。
ラシルが先に好きだったとか、そんなことすら関係なく。そもそもミリの目にラシルは映っていなかっただけ。
そんな一幕がありながら、漁村での様々な事件の重なりは終息していった。
ホントマジ何度も忘れてすみません。




