09 静寂
数日後の朝、目が覚めたリュウコが最初に感じたのは、頭の違和感である。
目が覚めてから体を起こしただけで、髪がベッドの上で引きずられる感覚があった。
寝ぼけながらもつかんでみると、やはり長すぎる。異世界への転移による副作用とでもいうのか、この一週間程度で1メートルは伸びている。
「おはようございます。お召し物の準備は整っています。……?」
「おはようございます。突然ですみません、紐とか持ってませんか?」
髪の毛を手の先でくりくり振り回しながら、専属メイドさんに紐を要求する。
ちなみに、名前を聞くことはまだできていない。
「でしたらこれを」
「これは、メイドさんの?」
自分が使っていた髪留めを差し出され、少し困ったリュウコ。
ゴムのような安いものでもなさそうな、クリップ式の大きな髪留め。
それを取ったメイドの髪は解かれ、思った以上に長い髪が下ろされる。
「はい、私のものは予備がありますので」
「え、じゃあそっちを」
「そちらをお使いください。」
「え、でも」
「ご遠慮なさらずに、どうぞ。」
またもやメイドの強引さに押し切られ、髪留めをつけることになったリュウコ。
メイドによって半ば強制的に装着され、髪が鬱陶しいということもなくなり、そのまま着替えさせられて朝食に送り出されてしまった。
「ん、リュウコか。また髪が伸びたのか?もう私くらいあるな。」
朝によく会う人も決まってきて、モモカと合流すると、やはり髪の話題になった。
髪が伸びているのは、話をした人にはほとんど指摘されており、どちらかと言えば知らない人の方が少ないくらいにはなってきていた。
「髪留めは、メイドさんに用意してもらったのか?」
「はい、髪ゴムとかは無いみたいで、今度何かお返ししないと。」
「ふふ、こうしてみると、少しお揃いみたいにも見えるな。」
モモカは一本結びのポニーテール。リュウコは髪留めを使って後ろで一本にまとめている。
遠目から見たら同じような髪型に見えるかもしれないが、お揃いというには少し離れている。
「また、ミサキ先生のところに行っていたのか?」
「うぇっ!?」
「何か、相談でもしていたのか?」
「いい、いえ、僕がひょろいからってことで、心配されていただけですよ」
なんとか誤魔化し、なんだかんだと談笑しつつ食堂へ向かった。
ミサキ先生との会合の事や、訓練でのリュウコの異質な強さについても、隠すことが多くて大変なのである。
◇◆◇
「本日は通常の訓練ではなく、数人でパーティを組んで迷宮での実技訓練を行おうと思います。」
シータ副団長、魔法組の教育係、筋力組の教育係、三人が並んで食堂の目立つ壁際に立っている。
その雰囲気は少しシリアスで、空気もピリついている。
「迷宮とはいえ、踏破済みの低レベルなものです。訓練を受けたあなた方なら、危険はありません。」
「今回は各組からバランスよくメンバーを選び、それぞれの役割を分担して攻略を行い、実戦経験を積んでもらいます。」
「パーティで戦う経験値や、魔物と実際に戦う経験のための実習だ。緊張しすぎてはいけないが、気を抜かないように。」
突然の話ではあったが、迷宮についても魔物についても十分な知識を座学で得ているため、文句などは特になかった。
それどころか、血気盛んな生徒たちはこの時を待ってましたと言わんばかりに、準備にノリノリだ。
朝食を高速で食べ終えて、それぞれ準備に取り掛かったらしい。
そんな中でもやはり食事速度の遅いリュウコは取り残され、1人食堂で残りの朝食を食べていた。
「ごめんなさい。色々と揉めて、いつの間にかこんなことに……」
「———どういうことですか?」
食べ続けているリュウコの隣に座ったシータ副団長がそう言う。
「ホントはまだまだ先の予定だったの。でも、リュウコ君の事を報告したら、その実力を見てみたいって言いだして、結局この訓練を前倒しにすることになったの。」
「それは、すみません。迷惑をかけて」
「えっ、なんでリュウコ君が謝るの。むしろ怒られると思ってたのに」
日本人的反射謝罪に困惑しているシータ副団長に、いくつかの質問をする。
「攻略する迷宮ってどんなところなんですか?」
「『コロポの里』ってところで、コロポ系の魔物がそこそこ出てくる低難易度の迷宮ね。」
コロポ系、『精霊種』の魔物の中で毛玉のような見た目をしている低級の魔物の系統。
進化系のハイコロポですら中級下位という微妙な立ち位置にいる弱小魔物ではあるが、初心者相手ならちょうどいい相手とも言える。
「ここ数年ではけが人すら出たことが無い、人王国の管理する迷宮の一つね。ここからなら馬車で30分程度で到着する場所よ。」
「ナイフや簡素な杖なんかも支給されることになっていて、一斑に一つずつ帰還の【魔陣】が配られることになってるの。まだみんなには言っていないから、秘密にしていてね。」
「一斑に一人、見守りの騎士がつくけど、助力はしないことになっているの。よっぽどの緊急事態でもない限りは近くについているだけね。」
シータ副団長は、質問に対するいくつかの有益な情報を教えてくれた。
「ありがとうございます。これで安心して戦えます。」
事前に情報があった方が楽だと、そう言って見せる。
本当はまだまだ未知の世界での危険が伴う攻略に消極的な内心を、どうにか誤魔化して強がっているだけ。
しかし、リュウコも男。人前で弱気は見せない。
「私は迷宮に入らないけど、近くにはいるわ。何があってもみんなを守るから。」
「その時はよろしくおねがいします。」
そんな約束をして、シータ副団長とは別れ、自分の班が待つ馬車の方に移動することにした。
◇◆◇
移動の馬車は時間がかかることもあって、先に自己紹介や簡単な交流をしておくようにと、班のメンバーで固まっている。
一班五人と護衛の騎士が一人、リュウコの班は筋力組からリリカ、中田和幸、魔法組から長谷川浩と佐藤一郎というメンツ。
それぞれが自分にできることを話している中で、リュウコはそれを聞いて覚えることに専念し、何ができるとかは特に何も言えなかった。
護衛の騎士は知らない男の騎士で、リリカが必然的に紅一点となる。
「マジでアタシだけなんで一人女なの?他の班は男女半々だったっしょ。」
「リュウコが女の子だと思われたんじゃないか?」
「ぶはっ、ここ最近髪も伸びて、見た目だけだとほとんど女の子だもんな!」
ヒロとカズユキにからかわれ、リリカもその答えに笑い返す。
当の本人は笑顔のまま固まって、ショックを受けている様子。
先ほどまで使える魔法の話をしていたはずなのに、突然のコレである。
反応が遅れて突っ込み損なったリュウコは、残り数十分の移動時間をこの嫌な空気の車内で過ごさないといけないと
「……はぁ。」
強めのため息をついた。




