88 メモリアルギア
そこは、海中からしか到達できない小さな鍾乳洞だった。
水が乱反射させる太陽光が中を青く照らして、少しの光源になっているような、絶妙な環境。
隙間風のお陰か、酸素などでの呼吸の問題は無いらしいが、人間が一週間も中で暮らせる環境ではない筈。
「ぁぁぁぁぁ」
その奥から、声が聞こえる。
苦しそうに呻いている声。男のもので、ばたんばたんという音も聞こえる。
苦しみながら暴れているのだろう。
その鍾乳洞の入り口に、一つの影が差す。
「ぷはぁ」
それは、魔法少女化した状態のサティだった。
続いて、同じく魔法少女のミリも水面から顔を出した。
「この声」
「やっぱりリューでしょ?」
水中を伝わる声を聞いた段階で察しを付けたサティは、本能の赴くまま『念話』を発動してその力でミリを呼び寄せた。
「苦しんでる?何か事故でもあったのかな。」
「分からないけど、急いで行きましょう。」
水から出た二人。
魔法少女衣装には撥水性と揮発性の両方の性質があるため、水を吸って重くなることもなく、そもそも魔法少女の体は海水の温度の影響すら受けない。
たとえビキニくらい布面積の無い服装で雪山にいても、風邪どころか寒いとすら感じない。
「ぁぁぁぁあああああああ」
鍾乳洞の先に進むほど、木霊する声は更に大きくなっていく。
その声に、二人の歩幅は広がり早くなっていく。
「あああああああ゛あ゛あ゛あ゛」
聞こえる声が鮮明になっていき、その壊れたような声が響く先に、ソレはいた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
そこで見たのは、のたうち回っているリュー……
の姿ではなかった。
厳密には、二人の知るリューの姿ではなかった。
「なに、あれ?」
「リュー?」
全身から白や黒なんかの、魔力ではないエネルギーが溢れて、その渦の中で暴れて苦しんでいるリュー。
二人は知る由もないが、中途半端に記憶改ざんが解除されているリューは、その身に宿した複数の力の源泉をコントロールしきれないでいる。
つまり、このエネルギーは、魂力や宝力、死力や殺力などの、この世界では観測されていない力ということになる。
『魂力と同調する魔法具』を持っているからこそ、そのオーラが二人には見えているだけで、通常はただリューが暴れているようにしか見えていない。
「「リュー!?」」
二人の叫びが、リューの耳に届く。
それがはっきりとわかる程、リューの動きは一瞬にして停止した。
「 」
「え?」
『俺は悪鬼、天地無法の怪力無双。千雪万雷を従える鬼神』
『老若男女一切問わず、塵芥と化すが良い』
声にならない声を上げたリュー。否、鬼神龍虎は、明確にサティとミリの二人を見た。
脳内にあふれるのは、その声に込められた意味。
つまり、リュウコの念話。
「BAAAAAGYAAAAA!!!!」
「やばいッ逃げよう!」
「でも、でも!!」
口で渋っているミリも、足先は出口に向いている。
それだけの圧、殺気、力の奔流が、二人に重たくのしかかっていた。
「せめて開けた場所で!あのリューはリューじゃない!」
「———『サテライト』!」
水に飛び込んだ二人、『サテライト』による先導補助を受けながら、イルカのように鍾乳洞から脱出した。
しかし、それを追いかける一筋の闇。
洞窟の成形がどうとか、海面がどうとか、水中の抵抗がどうとか。
それらすべてをまるで無視するかのように、一直線に進む。
ソレが二人に追いついたのは、水中でのこと。
そう長くない水中遊泳の途中で、影は二人に追いつき、追い越しざまに両腕で引っ掛けて引っ張り始めた。
「「きゃぁッ!?」」
悲鳴は同時、衝撃は強く水は肌に強い刺激を与える程、その速度は目で捉えられない。
――――ッッッパァァァアアアアアンッッ!!
破裂音と同時に海面から跳び上がる、一つの影。
リューと、サティとミリの三人。
空中で弾かれた三人は、それぞれが不思議な力で滞空し始める。
「く、『クアドラプルドライブ』!」
「『サテライト』!『フルオート12』!『サポート8』!」
二人はそれぞれ、自分にできる最善手を取る。
その判断自体は間違っていないが、今回は相手が悪すぎる。
――――ボグォ
―――――ピバババババッ
胸骨を真正面から殴られ、一瞬のうちに意識が飛んだサティ。
『サテライト』が15体破壊され、全身に走ったダメージで気絶したミリ。
二人と暴走したリューの間の実力差は、月とすっぽんよりもなお広い。
『AAAAAAAAAAAAA!!!!』
咆哮が轟く。大気を震わせ、海面は歪にせりあがる。
もう誰も、リューを止めることはできない。
などということは無い。
「———ごめんね。」
『AAA?』
海面をスタスタと歩いて近づいてきたのは、リサだった。
目元を赤く泣き腫らし、潤んだ瞳をリュウコに向けるエリサの姿。
それに、リュウコは過去最大の硬直を見せる。
「——平和で何もない暮らしが幸福だと思った。けど、あなたはそうではなかった。」
「ごめん、手放すべきだった。コレが戻れば、きっと元に戻るから。」
エリサの右手が淡く光る。
現れたのは、薄く光っている奇妙な形の歯車。
それは、エリサがリュウコから奪った記憶の結晶であり、根源的な『魂力』。
エリサはそれを、リュウコに返す決意をした。




