83 融解聖痕
「「装着・メルトスティグマ!」」
二人の宣言と同時に、光を放つ二人。
男の取り合いに巻き込まれまいと、周囲の村人は大きく離れるが、しかし見物をやめるつもりはないらしい。
対してリサは、リューの前に出て堂々の仁王立ち、男らしいとはこのこと。
十秒程度の発光の後、光は収束して消えていく。
光の止んだそこに立っているのは、一言で言えば『魔法少女』だった。
フリフリのついた服に、キラキラの背景。
サティはピンクを基調としたゴスロリ調で、ミリは水色を基調としたチャイナドレス風の服。
「へぇ、早着替えがその魔法具の効果ってわけ、そんなので私に勝てると?」
「そんなわけないでしょ!?ちゃんとステータスが上がってるわよ!」
「私達の力、見てください!」
普段よりも力強く啖呵を切ったミリの小早いジャブが、リサの腹に突き刺さる。
無防備かつ無抵抗のリサの腹にめり込んだ拳に、リサの反応はまるで無い。
「え……?」
「気安く触らないでもらえる?」
バシンと乾いた音が響き、ミリの体がきりもみ回転しながら吹き飛んでいく。
どうやらカウンター的に張り手を喰らったらしい。
女同士の戦いだからこそ有り得る、顔面への容赦ない暴力。
「は……?」
倒れて痙攣しているミリを見て、サティの抜けた声が聞こえる。
恐らく、この『メルトスティグマ』を使うのは初めてではないのだろう。
実験で、岩か魔物か、何かを相手に圧倒的な力を使って、その能力を実感して、これならリサを倒せると思っていたのだろう。
しかし、付け焼刃の強化パーツ。まだ練度も因子も足りていない欠陥品では、リサの。
否、リュウコの力の半分を奪ったエリサ・ジンジャーの足元にも及ばない。
「手加減はしないわよ。」
「ちょ、待っ」
「歯ぁ食いしばりなさい。」
その日、村民たちは人が弧を描いて飛ぶのを初めて見た。
◇◆◇
「あの女がまさかあんなに強いなんて。」
「誤算です……」
村の共用会議小屋で、治療を受けている二人。治療しているのはもちろんリュー。
腫れ上がった顔面を見られたくない少女たちの心境と同時に、村で一番の治療の技術があるのがリューであるという事実が複雑な胸中を加速させている。
「その、ごめんなさい。」
「え?」
「リサを殴ろうとしたこと……けど、あきらめてないから。」
自分に言ってどうしろというのか。そんな言葉を飲み込んだリューに、サティは決意めいた視線を向ける。
「だから、特訓に付き合ってほしいの。」
「ぇぇ……?」
恋敵を倒すために意中の相手に稽古をつけてもらおうとする。
なんならその最中にスキンシップでもとって好感度アップのチャンスを作ろうという。
ここまでくるとはしたないを越えて強かに見えてくるから不思議なもので、ピンチをチャンスに変える魔法使いの才能が開花する。
「リューとリサって、どっちの方が強いの?」
「どうだろう。リサの戦っているところって見たことが無いし。」
「柔らかいのに硬い体っていう、最初の一撃で敵わない感じがしました。」
「覚えてないけど、もしかしたらリサに殴られて記憶喪失になってたりして。」
特に理由も無く口から出た冗談ではあるが、二人は少しだけ笑って顔の痣が痛んで苦しんだ。
「じゃあ、時間があるときに一緒に特訓しようか。」
半分くらいはなし崩しで、リューは二人の特訓に付き合うことになった。
◇◆◇
その日の夜。まだまだ顔の腫れが収まらない二人は安静にしてもらい、リューは自宅へ戻ることにした。
帰り道、涼しい潮風が顔に当たる。月夜の明るい道に、リューは一人。
「どうしたもんかな。」
そんな呟きが、誰の耳にも入らずにどこかに消えていく。
「遅いわよ。やっと帰ってきたわね。」
「……うん、ただいま。」
家の外で、木にもたれかかって立っているリサの姿に、胸と頭がキリキリ痛む。
罪悪感と拒否感。胸に広がる不快感で、リューの視界はくらくらと瞬く。
「大丈夫?」
「うん、大丈夫……ぅ」
「ちょっと!?」
ついには地面に手をついて倒れ込むリューに、余裕の消えたリサは駆け寄る。
その狭い背中に手を添えて、魔力を流していく。
「大丈夫。大丈夫だから。ここにはアナタの敵はいないから。ごめんね。大丈夫。」
リサは、エリサはリュウコに魔力を流す。【固有】属性の【展装】を使って、自身にリュウコの力を複写し、リュウコの頭に嘘の記憶を塗り重ねた。
平和で穏やかなスローライフ。
リュウコの無事、リュウコが傷つかない環境を求めた。
しかし、リュウコの精神は強靭かつ若い。一度目の環境、ただの二人での自給自足の隠居生活では、今よりも更に記憶の剥離が早く歪むのも早かった。
その点、リュウコが傷つかない程度の魔物が湧き、村人との距離も取れるこの環境は適切と言えた。
妙な道具を使う泥棒猫が現れるまでは。
「……」
明るい月夜の下、陰りのあるエリサの顔はどんな表情なのか。
少しの後気を失ったリュウコ、リューを背負って、リサは自分たちの家に戻ることにした。




