81 珊瑚礁
そこは沿岸部の漁村。そこから少し離れた場所で、山と海に挟まれた人の住むのに不向きな土地。そこに立っている一軒家で、1人の男が薪を割っていた。
漁村の人間はその男の事を何も知らない。女と共に、半年ほど前にふらりと来て、空き家に住み着いている者としか知らない。
しかし、村民は意外にも男達を受け入れていた。
その理由は明確で
「おーい!助けてくれ!また魔物が出た!!」
「——はーい!わかりました!」
助けを呼びに来た村民が向かってくるのと入れ替わるように、疾風のような速さで駆け抜ける。
海には大量の魔物がいる。通常であれば、漁師が魔法や銛術で戦い、魚を捕ることができるが、やはり魔物の領域。出てくる魔物の強さはピンキリで、たまに非常に強力な魔物も出てくる。
年間の死者は魔物が原因のもので約10人。しかし、餓死を数えれば約50人にもなる。
この土地に住む者にとって、漁は生活に必要なことなのだ。
そんな折現れた若い男女。最初こそ白い目を向けられてはいたが、その当時に現れた魔物、『大深海クラーケン』を一人で討伐、方法は不明だが、負傷者も治してくれた。
その一件依頼、男は魔物が出たときの決戦兵器として重宝され、村に歓迎されることになった。
「今度はシーサーペントだ!頼んだ!」
「はい!」
男は、その長い髪を靡かせ、見た目の細さからは考えられないほど力強い跳躍を見せる。
沖に見える巨大ウミヘビの影に一直線で飛ぶその姿は、まさに黒い流星。
日差しの強い地域であるのにも関わらず、男の肌は焼けることがない。
黒い宝石のような瞳をしているが、魔物と相対した時には相手を竦ませる程の鋭さを見せる。
「シィッ!!」
何より驚くことは、村人は男が魔物を討伐する際に、スキルや魔法を使っている所を一度も見たことが無い。
いつも、ありえないほどの腕力だけで自身の何倍もある巨体の魔物を沈めていた。
―――バッシイイィイイッッッ!!
大きく波が立つほどの威力のパンチで、巨大ウミヘビのシーサーペントは二つに分断された。
今回も一発で終わった魔物退治に、村人たちは歓喜の声を上げる。
そして、沖からシーサーペントを両手に持って帰ってきた男。崩壊しつつある魔物の肉体から、核を取り出すために持って帰ってきたらしい。
村民たちは歓声を上げて男に感謝し、核から切り離されている部位の素材をはぎ取り始める。
村の若い娘は黄色い声を上げ、若い男衆は感謝と嫉妬で半分半分といった面持ち。
「ケガをした人はいますか?」
「いや、今回は発見が早かったから大丈夫だ。」
若い衆の中のリーダーポジションにいるハウルという名前の青年が教えてくれる。
男と歳も近いようで、村との橋渡しになってくれているのが彼だ。
「今まで何度かシーサーペントを見たことはあったが、まさか中ごろで爆裂して二つになるなんて想像したこともなかった。君は本当に強いんだな。」
「役に立てたようで良かったです。」
「君の強さを他の者にも伝授してほしいくらいだ。」
「……俺も自分の能力の源をわかっていないんで、ちょっと難しいですね。」
「ああ、そういえばそうだったか。」
男は記憶喪失であるという。共に暮らしている女は男以外とかかわろうとしないし、名前以外を覚えていないという男に、村民たちは深く追求しないことを暗黙の了解としていた。
その方が、危険や不可解から目をそらし、男を村の護りとして重用できると判断したからだ。
「住まわせてもらっている恩をできるだけ返せるように―――」
―――バアアァァァッッッ!!!
男の言葉を遮るように、海から大きな音と高い水飛沫が立つ。
その元からは、節足動物のような足の生えた、サメのような魔物が恐ろしいほどの速度で走り近づき、男を加えて海へと戻っていった。
「ぁあああ!!た、大変だ!」
両腕ごと噛みつかれていたのを見た村民たちは、男の身を案じてはいたが、それ以上に魔物の外見に驚いていた。
足の生えたサメ、そんな見た目の魔物はこれまで見たことが無かった。
だからこそ、反応は遅れ対処できずにいた。
「き、救出に行く!武器をかき集めろ!」
「やめとけハウ!よそ者のために犠牲が増えるだけだ!」
ハウルの言葉に反対の意志を示すのは、男の存在を疎ましく思っていたラシルという青年。
想いを寄せていた幼馴染が男に注目しているのが気に入らないらしい。
「言っている場合か!今のやつは陸に上がれる!彼が食われたら次は我々だぞ!」
ハウルの言葉に、呆けていた村民たちがハッとする。
戦えない女子供と老人はできるだけ浜から離れた家に避難、戦える青年たちは武器になるモノを持って海の近くで様子をうかがう。
「どこだ……?」
「影も見えないくらい遠くにいるのか?」
「あの巨体だぞ!?だとしたらどんなスピードで」
―――シィイイイイッ
ざわめく村民たちに緊張が走る。
波の音に紛れる不気味な音に、誰かが唾を飲む。
「————ぁぁぁああああああいッッ!!!」
―――ドッパアアアァアアアアアッッ!!!
水面から飛び出したのは、節足動物のような足を持ったサメ。
そのサメを、更に下から殴り上げている、男の姿だった。
「うっそだろおい」
誰が言ったか、しかしそれはその場にいた全員の感想だった。
「ちぇぃりあああああ!!!」
そんな奇妙な掛け声で、叩き上げたサメの横っ面を殴り抜く。
バランスも力場も無いような空中でありながら、まるで空気を足場とするような力強いパンチに、サメはなす術も無くサンドバッグになった。
―――ドドドドドドドドッッッ
機関銃の乱射音のようなそれが、水平線を揺らす。
何度も何度も、重低な衝撃にさらされたサメは、見る見るうちにスクラップと化していった。
「せぇぇえええいッ!!」
フィニッシュブローは左足での踵落とし。
数秒の間をおいて、村人たちの歓声が響く。
「「「ゥおおおおおおッッ!!!」」」
持った武器を高く掲げて、男の勇姿をたたえる。
サメの死骸を遠巻きに見ながら、皆で男の周りを囲む。
「リュー!やっぱりお前はすげぇよ!!」
ハウルの言葉に、回りの村民が頷く。
それに気恥ずかしそうに無言を返す男。
それは、半年前に消えたリュウコの、現在の姿だった。




