78 裏乃公人オブジエンド
引き上げた氷の塊の中にあったのは、明らかに囮であるとわかる人形が三体。
それを見た瞬間のシオンの脳裏には大量の思考が行き来しており、キッカリ五秒の隙が生まれた。
「ゃばいっ!警戒!戦闘態勢を整えて!」
キミトの情報の真偽を確かめるか?聖女としての口調は大丈夫か?
そんな余計な思考が、シオンの隙を大きく拡げた。
最初に気づいたのは、野次馬をしていた一人の騎士だった。
キミト達の手によって綺麗に繰り抜かれた地面の断面の一部に、一つの穴が空いているのに気付いた。
その位置に蠢くモノを視認したと同時に、それは超高速で動き始めた。
周りの者は未だにそれに気づいていない。見ていた騎士も、一瞬で消えたように見え、それに一拍置いて気づいたシオンの視界では一直線に自分に向かう影を捉えるまでが精一杯だった。
キミトであれば分かったかもしれないが、それはコウモリの方の敵だった。
「ぎっ、きゃぁああ!!」
この期に及んでも尚聖女のふるまいを辞めないシオンではあるが、突進してきたコウモリの両の足。鳥類のようにかぎづめのあるその足に両肩を捕まれ、空中に引き上げられた。
対して、そのことに数拍遅れて気づいたキミトが移動しようと、体を回転させたのと同時に
「ぁ?うぉおおお!!?」
地面から伸びた二本の腕がキミトの左足を掴み、地面に引きずり込んだ。
体が柔らかいほうであるキミトは、地面の中でI字バランスのような体勢になる。
『AAAAAAXEEEEEE!!?』
「ヤバい!仮面に触れるな!逃げて!」
空中にコウモリ、地面にモグラ。主力であるシオンとキミトが捕まり、周囲の騎士たちがざわざわと騒ぎだしたとき、その人混みの中から聞き覚えのある特徴的な声が聞こえた。
従者寮で見た仮面のうめき声。
それに反応し、逃避を促したものの、それも既に遅く。
仮面をかぶった一人の男。おそらくは佐藤(兄)が、糸につるされる人形のような体勢でそこにいた。
背中から生えているツタの先には、大量の仮面。
おそらく順番は逆だが、まるで仮面によってツタで操られているように見える。
「光が弱点!火でも可!」
そう叫ぶキミトだが、この世界において【光】の属性持ちはかなり少なく、騎士のなかには一人もいない。
各々が使える全力の【火】属性魔法を使うが、光を当てるのではなく燃やそうとしてしまうため、ツタに当たって霧散して終わる。
つまり、その攻撃に効果はない。
振り回される仮面に触れた騎士が、少しずつ少しずつ取り憑かれ操られていく。
キミトは埋められた体をどうにかして脱出させようと四苦八苦しているが、如何せん引きずり込まれたときの姿勢があまりにも力が入りづらいため、苦戦している。
空中に掴み飛ばれているシオンは、肩に食い込む爪に苦悶の表情を浮かべ、全身にかかる重力の圧に苦戦していた。
「【閃光弾】!」
フラッシュグレネードのように、爆発するような光を発する光弾を放つ。
その威力は遠くのツタ仮面が一瞬止まる程で、人間の目にも少しのダメージを叩き込む。
しかし、コウモリの動きはまるで変らない。
これだけの光量であれば、人間なら体を縮こまらせて硬直するくらいはあるはず。
「こいつ……ッ」
風圧に抵抗して顔を上げたシオンの目に映ったのは
「コウモリだからか……ッ!」
両の目、そこにあったハズの二つの目を執拗なほどに縫い付けている痕。
コウモリ的な特徴の強い大きな耳と鼻。
光弾が音も出せればよかったのだが、光は光、シオンは魔法で音を出す方法を知らない。
考えるだけの時間をくれるほど、敵も甘くない。
恐らくは次この場で即出せる一撃で戦況が左右される。
「————ぁあああ!!」
そう叫んだシオンは、自分の肩に食い込んでいるコウモリの足を掴み、両の手に魔力を込める。
あまり得意ではない【無】属性魔法を行使するため、腹に力を入れて声を出す。
―――ザッザザッッ
【無】属性の『装』で、両の手の平に鋭い突起を創り出す。
やはり加減を見誤り、創り出した突起、先端はコウモリの足の先、シオンの手のひらに帰るように突き刺さる。
首の付け根から胸を沿って胴体へ、生暖かい液体が垂れるのを感じながらも、シオンは手に込める魔力を更に高める。
「『氷聖・銀世界』!!」
シオンの選択、それは
―――ィィィィィィイイイイイイイイインンンンン
自身を巻き込んだ氷結による自爆である。




