73 裏乃公人獣
キミトが『無詠唱』を習得してからというもの、魔法への理解は段違いに深まった。
『詠唱破棄』や『無詠唱』を自在に操ることができるが、やはり『詠唱有』と比べると少し威力が落ちる気もする。
「僕って天才だったのか。」
そんなことを一人呟く。覚醒ハイとも言えるようなテンションの高まり。
キミトのステータスは殆ど変化していないが、それでも強力な魔法が使えるようになっている。
特訓の成果ということで、自室に帰ることにした。
◇◆◇
「お帰りなさいませ。キミト様。お食事は如何致しますか?」
キミトの部屋にいるのは、キミト専属のメイド。
この異世界に来てすぐの頃から、キミト達勇者の世話をしている専属の従者たち。
特徴的なのは、男の勇者には女のメイド。女の勇者には男の執事を宛がっていることで、キミトははじめこそテンションが上がったが、その事に気づいてから少し警戒するようになっていた。
「食べてきた。もう寝るよ。」
まるで思春期の子供のような返しをしているキミトであるが、その理由もいくつかあり、一つはキミトのメイドが明らかに年下であるということ。
現役高校生のキミトが、自分より年下の女子に料理を作ってもらい洗濯物を管理され、部屋を掃除してもらうというのは、どことなく羞恥心が刺激されるというもの。
「そんな……長いこと私の料理を食べて頂けず、悲しい限りです。」
と言って涙目になって見せるメイドに気まずい雰囲気を感じているが、これも演技なのではないかと疑っているのが複雑な心境を作っている。
疑いが無ければ、この九分目までぱんぱんに入っている腹にフルコース料理だろうが満漢全席だろうが入れてやるのだが。
キミトのメイドである『ミュー』は、元々奴隷だということらしく、この勇者の従者たちの大半は奴隷や孤児ということらしい。
そういう身寄りのない人間を育て、職を斡旋する組合のようなものもあるという話を聞いた。
簡単に言えばハニートラップ。勇者たちを篭絡する役割があり、そして彼女らも勇者を落としてその地位や力を利用する。
それが悪いとは思っていないまでも、童貞で純情なキミトにとって強く忌避感のある行為であることは否定できない。
「それはそうと、昨日ミラ先輩に会いました。」
「え?どういうこと?」
「例の事件以降リュウコ様のメイドだったミラ先輩はシータ様付きになり、ナカタ様のメイドだったイオ先輩は王城の従者衆に入っています。だから、あまり会うことは無いと思っていたんですよね。」
「ミラさんは、どうしてたの?」
「ずいぶん雰囲気が変わりました。以前と違い明るいようにふるまい、美容に力を入れているらしいです。すごくきれいになっていました。」
「へ、へぇ」
以前から美人メイドであったのに、更に自分磨きに力を入れているというのは、逆に恐ろしいものを感じる。
少し見てみたいと思う野次馬根性に蓋をして、宣言通りの就寝準備に取り掛かる。
といっても、部屋の掃除やベッドメイクはミューが完全に終わらせているため、キミトがやるのは寝間着に着替えるだけという秒速仕事。
軽い雑談の後、ミューが部屋から出たのを確認したキミトは、ベッドに横になって天井を眺める。
「リュウコ君……」
思い描くのは、親友の笑顔。
女の子のような見た目をした可愛らしい友人を思い出し、目の端から涙があふれる。
あれ以来、異世界冒険という大好きなシチュエーションも楽しめず、常に現実感が纏って仕方ない。
しかし、シオンに氷漬けにされていた時、気絶していたキミトの耳に入った言葉。
「生きてるのか……」
拷問されている時は、まだ半信半疑で確信は無かった。言わば親友の直感のようなものだった。
しかし、シオンともう一人の会話のお陰で、それが確信となった。
「絶対にもう一度……」
もう一度会って、話したい。
そうすることで、そこからキミトにとっての異世界が始まる。
◇◆◇
『キャーッ!!』
ぐっすりと眠っていたキミトの耳に、そんな悲鳴が届く。
レム睡眠から目を覚まし、即座にベッドから飛び出す。
声のした場所は分からないが、考えるよりも先に走り出していた。
「キミト!聞いたんだな!?」
「うん!けど場所が分からない!」
「こっちだ!」
道中で合流したタツミチに案内され、悲鳴のしたところへ向かう。
そこは、勇者たちの部屋があるエリアの外であり隣の棟。
従者衆の寮があるエリアだった。
「ついてこい!」
運動神経の良い人特有の走り方をしながら、タツミチは豪快に走る。
緊急事態のため、床についた凹みは不問にしてもらいたい。
「ここだぁッ!!」
勢いそのまま、扉を飛び蹴りでぶち破ったタツミチと、それに追従するキミト。
二人が目にしたのは、異様な光景だった。
『MMMMAAAAAAAAA!!!!』
大量のメイド達。であると思われる。断定できないのは、そこにいる人間の服装が、メイド服であるのと同時に、顔に何かが付いているため、一瞬人間と判断できなかったため。
「げぇっ!?なんだこれは!」
タツミチの驚愕に、一瞬遅れてキミトも反応する。
メイド達の顔についていたのは、得体の知れないモノではない。
ある意味ではそうだが、キミトはそれに見覚えがあった。
「か、めん?」
緑色で、木を彫って作った伝統工芸のような、仮面。
それが、この部屋にいるメイドの顔に張り付いて、うっすら光っている。
穴が空いているハズの目元の先は見えず、仮面の端からは触手?もしくは蔦のようなものを伸ばしている。
「キミト……ヤバいぞ。何か重大なことだ!城のやつ全員叩き起こせ!」
「ぇ、あ、うん!!」
「それと……こいつらに近づきすぎるな!オレは近づきすぎた!」
そう言うタツミチの足、仮面から伸びた蔦が絡まり、徐々に頭部に近づいていく。
その先端は枝分かれし、一方でタツミチの頭を固定。もう一方には、根本の仮面と同じ見た目をした仮面が、果物のように生っていた。
「逃げろ!距離をぉ―――」
『MMMEEEEEEEENNNNN!!!』
言い切る前に、タツミチの顔面に仮面が張り付く。
それは、蔦を伸ばして顔に固定させ、うっすらと発光しはじめ、タツミチの体から力が抜ける。
そうして、振り返ったタツミチの顔に意志のようなものはまるで無く、キミトは反射的に逃げ出していた。




