72 うらのきみとぐらし!
数日で元気になったキミトは、1人訓練に明け暮れていた。
実力不足を悟った故、何故かシオンが接触してこないから、理由は様々で、複雑な事情があるのだが、とにかくがむしゃらに体を鍛えることにした。
ステータスを伸ばすのは経験。鍛錬と訓練による地力の成長も一つの目的。
ぶっちゃけると、裏スキルの限界を早くも感じていた。
「ほとんどのスキルが発声必須。不便すぎる。」
唯一の無詠唱可能スキルは、【社会的不公正】とかいう自爆スキルのみ。
この前のようなことになってしまえば、ほぼ無抵抗のまま殺される。
「アレはもう二度と御免。」
キミトの感想ではあるが、【社会的不公正】の苦痛、ダメージは想像を絶する。
例えるなら、手足の爪に小さな棘のついた針を抜き刺しされ続けながら、内臓を全て雑巾搾りされつつ、頭蓋骨を油圧プレスで全方位から圧迫されているような。
とにかくそんな苦痛を感じていた。
二度の使用で、完全にトラウマと化しているため、キミトはもう二度と使用しないと心に決めていた。
「『エアスラッシュ』!!」
キミトの新たに開拓する地は、魔法の技術。
スキルと同様に様々な超常現象を実現できる、魔力をエネルギー源とした超能力。
使える属性によって起こせる現象に違いがあり、その威力は魔力量と練度によって左右される。
そして、練度次第で違う意味の『スキルツリー』を伸ばすことができる。
キミトの目的はその一つ、『無詠唱』にある。
「『エアスラッシュ』!『エアスラ』!『エア』!」
まずは一部分の『詠唱破棄』の練習。
【無】属性で、かつ低難易度の『エアスラッシュ』を試す。
『エアスラッシュ』は、幅1メートル程度の真空波を、10メートルほど飛ばす魔法。
習得してからマトモに使っていなかったため練度はほぼゼロだが、だからこそ成長が速くわかりやすい。
「『エアスラ』!『エアスラ』!『エアスラッシュ』!『エアスラッ』!!」
キミトが使える属性は多くないが、【無】属性は全ての人間が扱える【属性】では【無】い【属性】なのだ。
「『エア』!『スラ』!『エァス』!」
試行錯誤を繰り返し、詠唱破棄を成功させようとしているが、三文字以下となると成功するビジョンがまるで無い。
というよりも、キミトに想像力がまるでない。
オタク気質なキミトではあるが、そもそもオタクが想像力豊かというのは完全な勘違いということを実感する。
漫画や小説なんかで炎の玉や飛ぶ斬撃を見たことがあると言っても、それは紙面に映る像としてでしかない。
それは実物を想像できるものではなく、そこから来る熱さ、風の動き、匂い、色、何も理解していない。
経験や知識の無い想像などただの妄想であり意味は無い。
そして、詠唱というスイッチ無しには発動しない魔法への怒りやもどかしさが募る。
「ぉぉおおおおおッ!!!」
ついには、魔力を垂れ流すだけの置物と化す。
やけくその雑さが上達からは一番遠いということを知らないキミトは、ただ魔力を無暗に浪費する。
「それじゃダメだよ。」
「ぁン?……??」
「ふふふ、僕が魔法を教えてあげよう。」
「あぁ、轟か。」
キミトの背後に立っていたのは、クラスメートの一人、小柄で髪の黒い少年だった。
「魔法が得意な君に教えてもらえればうれしいね。」
「よしてくれ。照れるじゃないか。」
色白な顔の頬が、ほんのり赤くなる。
にやにやした顔が少し可愛いベイビーフェイス。
「君に足りていないのは想像力というよりも、知識だね。化学の授業をサボっていただろ?」
「うっ、そんなことは」
「漫画で得た知識には偏りがあるからね。誤りはなくても誤魔化しはあるから、正確性は少し劣るんだ。特に君の読んでいたのは異世界ファンタジーばっかりだったから仕方ないかもね。」
理論武装でぶん殴られて、見えないハンマーを目で追う。
キミトのライフはもうゼロよ。
「水がH2Oとか、オゾンはO3とか、そういう基礎的なところから入って、四大属性、二極属性、特殊属性、強化属性と、魔法的な知識も習得するべきだね。」
「そういうのは騎士の人たちに教わったけど」
「表面をさらっただけの知識は知識じゃないよ。歴史の教科書の索引を読み込んでも、成績は上がらないだろ?」
強い、レスバどころか、反論の余地すら与えてくれない。
キミトは返す言葉も失って、とにかく黙って聞くしかない。
「ということで、君の脳に必要最低限の知識は植えついたハズだから、試しに『エアスラッシュ』やって」
「ぁ、はい。」
話の内容を、無理矢理脳みそに注がれたような不思議な感覚の余韻を感じながら、キミトは20メートルほど離れた的に向かって手を伸ばす。
今までは届かず、手の振りで届かせようと必死だった距離が、どこか近く感じている。
「『エアスラッシュ』」
―――バシュッ
乾いた木に、切れ込みが入ったような音がした。
というよりは、事実として木製の的に斜めの切り傷がついていた。
今までのエアスラッシュのように、目に見えたわけではない。
気付けば飛んだ風が的に当たって裂いていた。
「良いね。飲み込みが早いみたいだ。」
「どういうこと?」
「魔法において重要なのは想像力よりも知識。君は魔力の万能性を理解した。」
魔力とは万物へ変換可能な物質。
そして、人間の意志、脳波によって指向性を持たせることもできる万能エネルギー。
想像力と知識は紙一重であり、前提となる知識が土台となり、そこに生える木は想像力が伸ばし、枝の先に咲く花や生る果実が魔法ということになる。
気流という概念、空気中を漂う酸素や二酸化炭素や窒素といったモノへの理解。
空気抵抗摩擦、熱エネルギー磁気、電磁、気体液体固体。
学業的な知識だけでは不十分だった、体験という事実をもとに、キミトの意識に革命が起きる。
――バシュッバシュッババババッッッ
似たような乾いた音が聞こえたかと思えば、その連続で的が上下に割れた。
鋭さは無い。しかし、弱くとも回数を重ねることで、的は繊維を散らして砕けた。
その絵、その視界、その全てが、キミトの灰色の脳髄を刺激する。
ジリッと焼けるような匂いが頭の裏からして、パズルのピースがはまったような音が聞こえた。




