70 裏乃キミトは案外チョロい
【裏スキル:社会的不公正】発動
「ぁんぎぃいぃやあああああああああッッッ!!!!!」
悲鳴を上げたキミトは、ありえないほどの力で跳ね上がり、シオンを天井に叩き上げた。
天井で跳ね返り落ちる間、何が起こったのかの一部始終を見ていた。
解放されたキミトは唯一の出口である扉に背を向け、夕陽の差し込む窓に向かって跳ぶように走った。
全身を使って勢いよくタックルするキミトの体で、割れた窓の破片が刺さり辺りで血が景気よく噴き出していた。
しかし、当のキミトはそれどころではない。
「かひほぉおおお!!!ええええ!!!!?」
発動は無詠唱でできたのに、解除には詠唱が必要とかいう最悪の状況に気づいたため、回りの悪い頭で精一杯抵抗しつつ、苦痛を誤魔化そうとしている。
【裏スキル:社会的不公正】という、発動すると自分は外傷無くダメージを受けるとかいうゴミスキルの唯一かつ無意味なメリット。
ステータスの大幅上昇。
これによって、キミトのステータスは現在勇者とほぼ同じだけの数値を得ているのだが、冷静にステータスを見る程の余裕はないため、キミトは今後もその事実を知ることは無いと思われる。
窓から逃げ出したキミトは無意識のまま王城の屋根のような部分を駆け回る。
とにかく遠くへ。とにかく速く。
この苦しみによる失禁と嘔吐で自身の意識が消えてしまう前に。
「もー!大人しくしてよぉ!」
そう軽い口調で文句をつけるシオンは、忍者のような身軽な動きで効率よくキミトに近づく。
脚力での分はキミトにあっても、無意味に力んだ暴れ馬は遅い。
インサイドを狙って的確に近づいて来るシオンに追いつけない道理は無い。
そして、先ほどまでの手加減モードのシオンはもういない。
窓の破壊に、移動の際についているクレーター。
危険なスキルの暴走を止めるという口実を得たシオンはキミトを完全な再起不能にしてしまおうと考えていた。
最終的なダメージ量に許容できる余裕ができたのなら、とれる手段は増えていく。
「『氷牙・連星獣』」
オオカミに近い姿をした三足歩行の獣。
軽い氷属性の魔法生物を生成すると、キミトの逃走先に先回りするように動かす。
オオカミのような見た目をしているだけあって、非常に俊敏な動きをする。
しかし、直接的な攻撃ではなく、先回りして威嚇するだけ。
それだけでキミトは反対方向に走って減速する。
数匹の連星獣によって逃走経路を限定されたキミトは、シオンの予想通りの場所に動く。
それは、そこそこ広い中庭。
少し荒れていて当分世話もされていないような、そんな場所。
そして、そこであれば大きな魔法も使えるということ。
「いぎぃやぁあああああいいいいッッッ!!!!」
「大人しくしてね。『大氷海・廻』」
霜の津波が巻き上がり、冷製の台風が出来上がる。
そこに更なる冷気を重ね、絶対零度に近い世界が生まれる。
半径20メートルの逆氷柱が出来上がり、キミトはその中で氷漬けにされる。
一瞬で、しかし完全に冷凍されているキミトの氷像を見ながら、シオンは言い訳の内容について考えを馳せつつ、背後に感じるすさまじい殺気に振り返る。
「やあ、何をしているのかな?」
「……お久しぶりですね。友達が暴走したので、止めていたんです。」
「……うん、そういうことではないよ。僕の聖地で何をしているのかという話をしている。」
そこに立っていたのは第二騎士団長アレクサンドラ、シオンにとってはアレクという名前で知る、恋敵の一人であり、リュウコの生存を絶対に知られたくない一人。
「良いじゃないですか。最近はここの手入れ、してないんでしょ?」
「ああ、少し遠出していてな。怠っていた。」
「……?」
そこでシオンは違和感に気づく。
振り返り見たアレクの様子がおかしい。
今まで、少なくとも前回見たアレクは意気消沈していて、目元に大きなクマがあり、少しやつれていた。
しかし、目の前にいるアレクは闘気を漲らせて、以前の更に以前よりも活力と意志にあふれているように見える。
「なに、か。あったんですか?」
「……そうだな。君になら教えても良いだろう。」
鼓動が早まる。できるだけ冷静に、しかし絶対に聞きだしておく必要があると、本能が囁く。
「リュウコ君が生きている。」
「……!」
シオンの顔が驚きで歪む。それはリュウコの生存についてではない。そんなことは知っている。会った。そうではなく、その事実をアレクに知られているということ。
「どうやら遠くの街で僕の妹と冒険者をやっているらしい。」
「……妹?」
「定期的に手紙をやり取りしていてな。イイ人がいると書いていたのだが、色々と調べると……な。」
間があって、裏が色々とありそうだったが、結論はシンプルだった。
アレクはリュウコの生存を確信。もしくは既に知って視ている。
「だから、彼に綺麗な花を見てもらうためにここは元に戻させてもらう。」
アレクがそう言い切るだけで、キミトを包む巨大な氷の塊は無数の切り傷とともに、かき氷状になって崩れていく。
そしてその残りも、まるで超高温に熱せられたように液体を経ることなく気体へ。
一連の動作がまるで見えなかったシオンは、頬に一筋の汗を垂らす。
「大体の流れはわかっている。僕が色々と知っている以上、この子の口を封じる必要はないだろう。それとも僕もろとも口封じするつもりかい?」
挑発的な笑みに神経を逆なでされるが、それに乗ることはできない。
少なくとも、アレクはシオンより圧倒的に強い。
しかたなくシオンは矛を収め、キミトを医務室に送りテキトーに放っておくことにした。




