61 世界の動き
・レクタル帝国にて
天に突き刺さる槍、摩天楼のような高層城。
中世から近世のような世界観に似つかわしくないほどの建築技術を誇るその城は、八角形の城壁に囲まれ複数にわけられた『区』の中心部。
その更に中心に位置する『帝城オルガメント』
帝都のシンボルであり帝国の頂点である『女帝』が棲む魔境。
その城の最上階、そこはまるで扉でできた寝室。
キングサイズより更に大きなのベッドが中心に設置されており、それを囲むように、多種多様なタイプの美女が立っている。
無数の美女たちに囲まれたベッドの中心。
そこには、一糸纏わぬ姿の美女が横たわっていた。
神が作ったような完璧な造形。肉体の、骨格から肉のつき方までもが黄金比。
白を通り越して無色と言っても良いほど、透き通った銀髪。
唯一の色と言っても良いその瞳は宝石を思わせる程の紫紺。
その瞳は遥か彼方の銀河を覗いているようにも見える程鋭く、その口から洩れる呼吸音すらも美しい。
「……帰ってきた」
ふと、そう呟いた女の言葉に、その場にいた美女らがどよめく。
その言葉、その意味が正確に理解できているから。
「永かった。ずっと、この希望だけを胸に歩んできた。」
なんの反動もなく、直立状態のように跳ね起きたその女。その体に何もない空間から現れたドレスが纏わり、その美貌が一層際立つ。
それと同時に、周りの美女達が片膝をついて頭を垂れる。
周囲の美女『魔女』と呼ばれる彼女らに命令を下し、帝国の政治を進めていく。
更には一部の秘匿技術を提供しつつ、帝国の拡大に力を注ぐ。
帝国の国力は更に増大し、大陸の大半を占める国土は更に広がっていく。
「すべてだ。全てを手に入れよう。残りの魔女もかき集める。彼のために。」
女の名前はエルマ・サディ・レクタル。レクタル帝国の女帝であり、世界の敵である『強欲』の権化。
最愛の『悪魔』のために世界を統治し、その全てを献上しようとする妄執の化身。
その日から、帝国の動きは更に活発になっていく。ただでさえ大陸の殆どを支配している帝国が広く手を伸ばしてくる。
◇◆◇
・大陸の中心部分にて
人々が平和に暮らす大陸の中心部。そこは大量の魔物が跋扈するような魔界。
その中心部にある『底なし穴』
直径にして1キロはあるような円形、ほぼ垂直に空いている竪穴。
その中は、アリの巣のように大量の横穴が発生しており、そこに多種多様な魔物が生息している。そして、そこから漏れた魔物が地上に出ている。
数十キロもの深さを誇るその竪穴の最下層。光の届かない闇の世界のその下、地鳴りを起こしながら沈んでいっている一人の女がいる。
そう、その女が沈み、穴はより深くなっていく。
それを何年何十年何百年と続けて来て、今この大穴はできている。
「……らぁす」
その女の声を聴いたのは何時ぶりだろうか。沈下に巻き込まれるため、その穴に巣食う化物共は近づかない最下層に、かすれた声が木霊する。
『涅槃』像のような体勢がひっくり返り、その顔は遠く遠くの空を見る。
帰ってきた彼と逢いたい。そして、共に永遠を眠る。
その夢をかなえる機会を得たと、女はそう思っている。
もちろん、地上に昇ろうとするというのなら何年かかるかもわからないこの穴。
しかし、その女にとって、落ちていく先が地面だけとは限らない。
――――ごごごおぉおおおお
突如発生した地鳴りと共に、女の体は宙に浮く。
否、浮いているのではない。空に落ちている。
そしてそれは女の体だけではない。
周囲の地面も落ちている。
天に、空に、宙に、
もちろん、穴が上に落ちているからといって、穴が埋まるわけはない。
むしろその逆。
魔境と化していた大穴は姿を消した。しかし、その日起こった天変地異の影響でできた大渓谷は、その後の大陸史に大きな傷跡を残す。
その現況の名は『ニル』。愛する悪魔と『怠惰』で平和な余生を過ごすことを望む夢魔の末裔。
◇◆◇
・大陸の南にて
魔王率いる魔王国。大陸の4分の1程度を占める大国であり、魔族と呼ばれる人外のための国。
元は迫害された複数種の魔族の寄せ集めだったが、それが国として機能し始めたのはもう500年以上昔の話。
王を名乗る者によって統治されたことで文明を持ち、国として成立し、人間の迫害に対抗できるようになっていった。
しかし、南に行くほど発生した魔物は強く、魔王国は国土の割に生活圏は狭い。
その原因の一つは、半分以上を占める砂漠。
そこは、古くから砂漠だったわけではない。しかし、近年更に広がっていっている。
魔力を大量に保有した魔物が発生する、完全無法地帯の砂漠。その砂は、きわめて細かく砕かれた破片の山。
砂漠化の理由はたった一つ。『嵐』が歩き回るから。
―――ガガガガガッガガガ
切削音のようなものが響き渡り、嵐の中に一人の少女の姿が見える。
その少女を中心とした巨大台風のような渦。
それに触れた砂は更に砕け、小さく小さくなっていく。
問題は、その少女の姿である。
歳は10の前後あたりであるのにも関わらず、過酷な環境の中、悠然と歩き、その体には擦り傷一つ無い。
その瞳は強い決心や覚悟の色が見える。
「壊す……毀す……こわす」
うわごとのように繰り返される言葉、それこそが彼女の目的。
世界の破壊。
壊れ行く悪魔のため、世界を壊して彼を救うため。
そのために、そのためだけに、この世界を滅ぼす。
◇◆◇
・某所にて
小さな村落、小さな家の中。
周囲の人間はだれも近づかない、あばら家。
もう何年も開いたところを見たことが無い家の扉、蔦が絡んだ外装も含めて、ヒトが棲んでいるとはとても思えない一軒家。
しかし、村の間にはその中の者についての口伝が絶えることなく続いている。
『扉の向こうには別の世界があり、そこには魑魅魍魎が跋扈している。』
『その世界はたった一人の怪物のためにあり、ソレが化物共を全て喰らった時、扉は開く。』
それは決して荒唐無稽な話ではない。事実として、この村では子供の行方不明率が異常に高く、それはその扉に興味を示した子供ばかり。
しかし、それ以外はなんの変哲もないただの扉。
昨日も一昨日も、ピクリとも動いたことはない。
だが、それは今日以降も無事ということではなく。
―――――ドガガァァアアアアア!!!!
突然の轟音と共に、扉が木っ端みじんに吹き飛んだ。
それは、音の割には小規模な爆発で、周囲の村人に被害は無かった。
それでも、扉の中から出てきた者を見て、村人たちは震える。
全身が赤黒い液体でまみれた、手足が異形の人型。
魔物でなく、かといって人間でもない。
そんな異常な様をした怪物。
見た者全員が理解する。これが扉の向こうの怪物であると。
次の瞬間には、誰が言うでもなく、その怪物に背を向けて全力で逃げていた。
生まれ育った村だろうがなんだろうが関係ない。それだけの命の警鐘に促されるまま、村からは人っ子一人いなくなってしまい、残ったのは血まみれの怪物だけ。
「……ぁあ、んげほっ」
口から血の塊を吐き出し、その場に座り込む。
吐き出された血の塊は小さな人型を形成し、プルプルと動き出す。
「食いモン探してこい。」
端的な命令を聞き、産まれたての小鹿から俊敏な豹のように機敏に走る血の塊、『血人』。
何を狩ってくるのかは分からないが、肉類が多いだろう。
座り込んだ怪物の姿は、右腕がクマの様に大きく、しかしその指先の鋭い爪は自然界にはありえないほどの大きさをしている。
両足が多関節の虫のような異形。
およそ人間のようには見えない見た目をしているが、その頭と胴体は人間そのもの。
かと思えば、体に付着した血は少しずつ消え、体の異形も変形し、人間の四肢になっていった。
そして、横になった姿は、ただ一人の美女。血を吸ったような黒い髪。虹色のような肌の色。
あまりにも特徴的な姿をした女は、とにかく食を追い求める。
愛する『悪魔』と一緒に食べるモノの下見は抜かりなく、探求の道はまだまだ長い。
世界の動きは更に活発に、更に変化していく。混沌に向かって。




