60 王国にて
勇者たちは日夜、実践経験を積むためにギルドと協力して依頼をこなしている。
基礎訓練に合わせて実績を積むことで勇者たちの実力はメキメキと伸び、徐々に級の高い依頼も受けられるようになってきた。
しかしながら、ギルドを挟んだ結果王国の首脳部としては勇者を扱うことが難しくなり、少しずつ反発する派閥が生まれてきていた。
その中心となっているのは、上位貴族の中でも更に権力を持つ家。
戦争推進派で、帝国も公国も神聖国も全てを王国の物としたい野心の化身たち。
王国内で推進派と穏健派、そしてそれ以外の勢力図は殆ど同じで、均衡が保たれていた。
しかし、勇者召喚によってその均衡は崩れる。
今まで、日和見主義でどちらにも属さなかった半数以上のその他と、戦力的な問題からくる穏健派の一部が、戦争推進派に傾いた。
これによって、勇者を中心とした他国への侵略の計画が進んでいた。
しかし、それを中断しなければいけなくなったのが、勇者とギルドの関係。
きっかけはささいなことで、それでも、ギルドのグランドマスターという最も厄介で最もでしゃばってほしくない相手が、勇者の中でも中心に近い『聖女』に接触した。
「今からでも強引に進めるべきだ。」
「馬鹿なことを言うんじゃない。ギルドがかかわってきた以上、まして、あのグランドマスターだ。」
「あの腕の無い女が何だと言うのだ!たかがいち組織の長、それに何ができると!」
「馬鹿者!!ギルドをただの組織と思うな!アレは一つの国だ!しかも各国とつながりのある巨大で堅牢な、もう一つの帝国と言っても良い!」
「何を馬鹿な!であれば私が証明してきてやろう!その暁には、開戦の――」
「声が大きいぞ若造!それがアレの、『受付嬢』の耳に届けばどうなるか―――」
「構いませんよ。その程度で怒る程狭量な方ではありませんので。」
それは王城内の来賓館。防音性が高く、護衛に囲まれている、警備厳重な一室。
そこに集まっている王国の重鎮たちの命の価値に見合っただけの防御力が保証されている。
それなのに、そこに立っているのは呼ばれてもいない一人の女性。
赤いエプロンに近いような服装で、しかしそれはその場の全員が見覚えのある制服で。
この世界で、人類圏に生きるものなら知らない者はいない見覚えのあるバッジをつけていた。
「う、受付嬢……どうやって」
「それは企業秘密♪ということで、今回はグランドマスターからの伝言を預かっています。」
「な、なにを」
『我は貴様らとは争わぬ。手を貸すことも無い。ギルドとして相対する。王を待つ国として力を蓄えるのみ。』
先ほどまでと違い、低く重厚感のある声でそう宣言する受付嬢。
人を介しただけでその声はグランドマスター本人のものであると、その場の全員が理解する。
「……し、しかし、積極的に敵対するわけではないのだろう?ならば問題は無いのでは?」
「な、何を言うか!ギルドごときが国に不可侵を強制しようというのか!なんたる不遜!」
「そもそも、そんな重要なことをたかが受付嬢一人を寄越すなど、無礼にも程が!」
宣言の内容に憤る首脳陣。しかし、その罵声に受付嬢は表情一つ変えないまま。その視線は国王ただ一人に注がれ、周りの声など意に介していない様子。
「ま、待て。待て!今、今!なんと言ったのだ!なんと!!」
普段は物静かで、重鎮に対しても強く言えずに流されることの多い木偶の王。
それが、その場の人間が初めて見るような形相と声で問いかける。
目は血走る程に見開かれ、口からは唾を飛ばし、卓に身を乗り出して今にも前のめりに倒れそうなほど。
「王を待つ国だと!?それはつまり、ギルドとは、そういうことなのか!?」
その異様さに静まり返った室内で、王の声だけが響く。
外の護衛が、中を伺う気配がするが、それでも入ってくることはない。
受付嬢が張っている魔法の障壁が、部屋全体を覆っている。それによって扉は物理的に開かないから。
「き、貴様ッ!最初からそのつもりだったのか!!?おい!聞こえているのだろう!!?『色欲』ゥウウウウ!!!」
ついには頭に昇った血が鼻から噴き出すほど、普段は青白いまである顔を真っ赤にして。
叫んだ王を見ている受付嬢の張り付いたような笑顔が、その質を変える。
強い闇を感じる強い笑み。
そして、再び口を開く。
『ああ、王はこの世界に在る。我らは動く。ヌシらも余生を楽しめ。ここからは時代の混沌が始まるぞ。』
「ぁ……ぁああ……ぁああああああああ!!!」
脱力して座った王の体重で豪華な椅子が軋む。
髪を掻き毟り、皺の多い顔を更に歪めて涙を浮かべている。
「だ、誰だ!どこにいる!?教えろ!教えるんだ!」
再び立ち上がると、そのまま机の上に跳び上がり、走って受付嬢へと近づいていく。
重鎮らも側近も、それを止めようとしたが誰の手も届かない。
「———失礼」
気づけば、王は地に伏せ、その隣に受付嬢が立っていた。
重鎮らに衝撃が走る。
誰も、王が受付嬢の近くに辿り着く瞬間を見ていなかったから。
「伝言は以上となります。それでは私は失礼いたします。」
そう言うと、再び音も無く消えた受付嬢。
来た時と同様に、まるで入ってくるところと出ていくところを切り抜いたかのように、消えてしまった。
数秒ほどの困惑のあと、近くの貴族が倒れている王に駆け寄る。
そのあたりで、外から入ろうとしていた護衛の騎士たちがなだれ込んできた。
ひと悶着、というにはあまりにも大変な騒動。その場で一切の情報がもみ消され、その日の会議は終わった。
次の日に、多忙な一部を除いて再び会談が行われたが、そこから勇者に対する訓練の量が膨大になっていき、勇者への支援が更に強化されたと言われている。




