58 懐古 半鬼 約束
ガーボンの実力は、辛く見積もってもA級以上。
S級に届くかどうかは分からないが、Bを軽く超えていることは確実だから、そう判断している。
しかし、その実力は回復の【神聖】と、比喩ですらない鬼のような肉体強度。
そして、年齢不詳からくる大量の経験値。
「エリサ……殿だな。リュー殿とエリサ殿。これからよろしくゥ!!」
呼び捨ては幾分か据わりが悪かったのか。正式にパーティ加入することになった所で呼び方を思案していたらしい。
こういった距離感もその経験値を垣間見えさせるだけの材料になっている。
「午前中はあっという間だったな。午後からはどうする?」
ネオオーガの討伐依頼も簡単に屠ってしまい、模擬戦の時間も大してかかってはいない。だからか、昼食は用意していた物をギルドで食べることになっている。
リュウコはサンドイッチ、エリサは豆のスープ。
ガーボンは麦の握り飯のような物を食べている。
「エリサの昇級のための依頼がメインだから、B以上を積極的に受けていきたい。」
「リュー殿はAに昇級したいと思わないのか?」
「……今のところは、魅力とその責任の天秤が釣り合わない。ガーボンは?」
「オイラぁ力を求めて彷徨うだけの修行僧だ。級については興味はない」
「高い級の方が強い敵と戦うことになるんじゃないのか?」
「ぅむ。しかし貴族の護衛だの、重要施設の警備だのの仕事が多くなる。それはオイラの望むところではない。」
食事が終わってからも少しの間、会談のようなものは続いた。
A以上というのは、立場に対して恩恵が少なく感じ、かつリュウコ達にとって魅力的ではない。
しかし、エリサは違うようで。
「私はA級になって、なんならS級にもなりたい。というか、なるつもりでここにいるの。」
「であれば、強くなる方が先決だろう。エリサ殿は明らかに実力不足だ。」
ガーボンの減らず口は止まることを知らない。
エリサの実力の大半はその卓越した戦闘センスと【展装】によるもの。
鍛錬をしている形跡のある剣技と、前に立つ気概はあるが、それ以上の光るものは無い。
「なんですって!?」と叫ぶエリサの姿を空目したが、その怒声はいつまで経っても聞こえてこない。
恐る恐るその顔を見ると、そこにはいつになく暗い顔をしたエリサの姿が
「そうね。確かに言う通り。二人に比べて私の実力は劣ってる。それは実際、さっきの戦いを見ても分かった。」
見れば、スープの減りも明らかに遅い。
気付かなかったが、ずっとその顔は浮かない様子。
あまり見たことのないネガティブな雰囲気を感じて、少し狼狽える。
「正直、あれこれでC級まで上がったのもほとんど偶然、リューの功績に引きずられた形でしかない。だからね。」
「……?」
「リュー、私を強くして!」
「……であるならば、オイラぁこのパーティを抜けるか。」
「「んぉえ!!?」」
突然の離脱宣言に、話の中心だったはずの二人が驚きの声を上げる。
「オイラは邪魔……などと言う気はない。しかし、エリサの成長のためにはヌシが必要だ。」
テーブルに手をついて、そう話すガーボンの目は険しく厳しい。
その怒気はオーガを相手していた時のものと差異無く、周囲の冒険者たちが慌てている。
「パーティを抜ける前に、もう一度手合わせ願おう。」
射貫くような目線に竦むようなリュウコではない。
その目の意味を考えるまでもなく、その提案を受け入れた。
◇◆◇
再び訪れた草原の真ん中。もはや魔物も遠巻きに見るようになった荒れ野原で、再び相まみえる二人の男。
「リベンジマッチ……って感じでも無いな。」
「リューよ。今からワシは本気でお前を殺す。そのつもりで戦う。」
「?その人称……」
「【神聖】は体内で回す分には、お前の傷を癒さない。それ以外の全てを使うから、お前も全てを使え。」
そう言うガーボンの手には、見たことの無い篭手がはめられており、そこから見える肌には、奇妙な刺青のような物が浮かび上がっていて
「それは、『紋』か?『装』なのか?」
魔力を鎧のように纏って戦う『装』の魔法術式。
『魔力拳』のようなものではないとは聞くが、リュウコは実物を見たことは無く、それが何なのか分析できるだけの情報が無い。
「御託も問答も不要。いざ、いざ!」
そう言って地面を蹴ったガーボンの初速は、明らかに今までの戦いよりも数段速く鋭さを感じるものになっていた。
見れば、足にも這うような刺青が浮かび、やや薄く発光しているようにも見える。
「ぉおおおおお!」
「せぇぇぇええええいいいッ!!!」
横薙ぎの手刀を繰り出すガーボンに対して、一拍速く対応しているリュウコの正拳。
その威力は、素であっても勝っているガーボンに強化が入っている状態で、リュウコは幾分も遅れをとっている。
―――ゴッ!!
鈍い音と共に、当然のように吹き飛ばされるリュウコ。
放物線を描き舞う姿は、何度見ても滑稽で。
『起きロ。次が来るゾ。』
気絶との境目で戸惑っていた意識が、声に引き戻されて現世に帰還する。
久々に聞いた嫌いな声に苛立ちながらも、落下中のわが身のバランスをどうにか戻して着地の姿勢をとる。
しかし、その数秒先の着地は無かった。
―――ゥゥウン
「かっ……!?」
「気を抜くな。」
吹っ飛んだリュウコに追いついて、まるで当然のように鳩尾にめり込んでくる拳。
宝力で固めた体を貫く衝撃に、視界が明滅する。
呼吸も血も、全てが正常には流れない。
吹き飛ばされず、その場に落下したリュウコの体は、吹き飛んだ時よりも激しいダメージを受けて崩壊するギリギリ。
痛み、圧迫感、体の軋み。
その全てが、リュウコに現状の危うさと命の危機を克明に知らせて止まらない。
「どうした?止めを刺すぞ。」
「———やめてよ!!いきなり何なのよ!!?パーティを抜けたいなら勝手に抜ければいいじゃない!!」
遠くからエリサの怒声が届く。
リュウコの耳だけでなく、ガーボンにももちろん届いている。
その言葉に、険しい顔のままのガーボンが、一瞥してから口を開く。
「貴様を殺した後、あの娘も殺す。破戒僧ゆえにな。」
軽口のような言葉を、真剣なまなざしと声色で話す。
そこに、冗談であると楽観視できるだけの遊びは無く、リュウコは悲鳴を上げる体を抑えて這いずる。
「————やめろ。」
「やめさせてみせよ。できぬのなら死ぬるのみ。」
決死の思いで近づいて、足を掴む。
万力よりもはるかに強い力で握っているのに、ガーボンは眉一つ動かさない。
微動だにせず、リュウコの次の動きを観察している様子で。
「絶対に……やらせない……お前……」
「———やはり」
「————殺す」
バキリッ
乾いた音が木霊する。
ガーボンの足の骨が砕けた音。
しかし、それでも痛みになんの反応も見せない。
不動、絶対的頑強。
しかし、立ち上がったリュウコの顔を見た時、それが少しだけ揺らぐ。
確信と恐怖
一見しただけでは分からないような、細やかな変化。
「久しいな」




