05 右手が疼く
正午。日は真上にあり、日差しが暑く感じ始める頃。
地面に手をついて荒い息を整えている姿と、それを見下ろしている姿。
二つの人影を見守る一人。
「まさか、ここまで一方的だとはな……」
「あの、そろそろ休憩にしませんか?」
女性とはいえ熟練の騎士。それが体力の消耗で立っていられないほどに動き続けているのに、リュウコは息の一つも乱していない。
少し額に汗がにじんでいるように見える程度で、脈拍も呼吸も平常時と大差が無い。
そのことに一番疑問を覚えているのは、他らなぬリュウコ自身ではあるのだが、今のところ混乱し続けているため、明瞭な答えは出せず、休憩を提案することしかできない。
「昼食はサンドイッチにスープとサラダね。食堂で待ってるわ。」
ゆる騎士は献立だけ告げて先に個別指導室から出ていき、残された二人は軽く休憩してから、食堂に向かう。
歩きだと数分の距離があるため、道中はやはり談笑の時間となってしまい。異世界トークに華を咲かせることになる。
「サンドイッチと言えば、僕たちの世界だと300円もして、昼食になんてとても食べられませんよ。」
「300エン?そちらの貨幣価値はよくわからないが、それは高いのか?」
「えっと、そうですね。こっちだとなんになるんでしょうか。」
「国や一般常識のことも教えることになるだろうからな。その時にまた教えてくれ。」
元の世界の話で盛り上がり、先ほどまでの殺伐とした空気を消していく。
今は現実逃避するほかなく。答えの無い思考もリュウコにとってはストレスだと考え、ミラもそれに乗った。
◇◆◇
食堂では、各グループで別れた席で食事をとり、特殊組は各自の指導係と隣り合わせになっていた。
筋力組、魔力組は、それぞれが剣の話題や魔法の話題で盛り上がり、わいわいがやがやと話し声が響く。
その喧騒のお陰で、自分は静かに食事を楽しんでいるわけだが、内容に耳を傾けることも欠かさない。
誰がなんの魔法を使えるだとか、誰が一番剣をうまく扱えるのかとか。
聞こえる範囲で聞いておいて損はないはず。
少なくとも、自分がこの中でも異質なのは直感的に理解できるし、そうでなくてもきっと、何かの役に立つと聞き耳は立てていた。
「りゅ、リュウコ氏、暗い顔をしてどうしたでござる?」
「あ、キミト君。いや、みんな楽しそうに話してたから、聞いてただけだよ。」
「そ、そうでござるか。拙者心配してしまったでござるよ。」
リュウコに話しかけたのは同じ特殊組の一人。
リュウコを除けば唯一の男であり、特徴的なオタク口調の少年だった。
特徴的な部分は特にないため、雰囲気と口調でキャラを立てている彼の名前は、裏乃公人。ラノベ主人公が張れると評判の汎用量産一般人。
見た目はイケメンよりなのに、オタク力の高い口調と雰囲気でマイナスしている奇特な男。
「時にリュウコ氏、そちらはどのような訓練を行ったので?」
「普通に基礎的なことだったよ。剣の持ち方とか、受け身の取り方とか。」
「やはりそうなるでござるか。こちらも初日から大変で、誠に苦労したでござる。しかし、この名刀ムラサメを使いこなすために日々の研鑽を怠らずに―――」
「ははっ、その剣に和名は似合わないよっ!」
ミラとの打ち合わせは済んでいる。できることなら混乱を避けるため、訓練は元々やるはずだった基礎的なことや、型の訓練、体力トレーニングなどをやったということにしていた。
キミトも疑うことはなく、教室でやっていたようにふざけてリュウコを笑わせる。
「っ!?キミト君!仕舞って仕舞って!」
「うぬぅ?何をおっしゃっているのかわかりませぬぞ?」
「後ろ!後ろ!」
後ろを指さすジェスチャーをしているリュウコに誘導され、振り返るキミト。
そこには、笑顔で鬼の形相をして立っているキミトの指導係がいた。
「訓練所以外での抜剣は控えるように言ったはずです。」
「ぎょえっ!!?ミーシャ氏!申し訳ないであります~!!」
どうやらどこでもこのテンションらしく、お叱りを受けていた。
とはいえ、流石に刃物をおもちゃ感覚で扱われたら困るので、キミトにはこれを機に落ち着いてほしくもある。
食事も量はそこまでなかったし、育ち盛りの十代であれば食べ終わるのに時間はかからない。
続々と食堂を去り、数人残ったのは別々の組になってしまった仲良しグループで、互いの訓練内容についてなどを話していた。
「リュウコ君。そっちは大丈夫?」
当然のように小食でサンドイッチすら食べるのに時間がかかっているリュウコは、さっさと食べ終えたシオンにつかまる。
「あれ?なんか、髪長くない?」
隣の席に座ったシオンは、リュウコの顔をまじまじと見つめながらそう呟く。
自分の髪なんて鏡を見ないと分からない。というか、鏡を見ても分からないのがほとんどかもしれない。
目ざとい彼女に、少し苦笑しつつ、リュウコは自分の髪を摘まんでみる。
「ん、確かに今までよりも掴んだ束が大きいかも。」
手で後ろ髪の束を掴んだ時、今までは手のひらに収まるくらいだったのが、手からはみ出るくらいになっている。
持ち方次第で変わりそうでもあるが、確かに長いのかもしれない。
「まあ、成長期なんでしょ。」
「髪は成長期関係ないよっ」
適当なことを言うリュウコに吹き出し、二人は笑いあう。
昼食後、次の時刻までは各自自由時間として、個別指導係や専属メイドなどに頼んで城の探索や、一般常識についての質問等を行っていたりと、かなり自由に過ごしている。
リュウコは残り20分程で食事を終え、ミラと一緒に早めに講堂に戻っていた。
「昼からは主に何をやるんですか?」
「君たち特殊組は体力的な訓練を午前に行い、午後からは魔法的なことや座学などを行う。午後は個別指導ではなく、全体で合同で行うだろう。寂しいからと言って泣いたらダメだぞ。」
「講師は誰が?」
「先ほどの総監督、シータ副団長のはずだ。」
妙にお姉さんぶっているミラを軽くスルーし、講師がシータという名前のゆる騎士ということを知る。
あのゆるふわな雰囲気を出していて、副団長という地位のある人物ということらしい。
「君の異質な武力については現在シータ副団長と私だけが知っている状態だ。そこから、騎士団長らや国王陛下に情報が伝達されるだろう。明日からどうなるかは分からないが、悪いことにはならないと思う。
ともかく、今日の午後、魔法の授業などでは多分大丈夫だと思うが、もし何かあったらシータ副団長を頼れ。いいな?」
「わかりました。」
武術はきっと才能があったのだろうと結論付けたが、魔法がどうなるのかは分からない。
ステータスが見えないせいで、魔法の適正なんかも判別できていないからだ。
「不便だ。」
そう呟くと、自分の席に着いてみんなを待つことにした。
◇◆◇
午後から始まった魔法の授業は、映画でも見ているみたいな光景の連続だった。
机の上にある小物を浮かせたり、炎を出して木を燃やしたり、小さな動物?妖精?のようなものを召喚したりもした。
「これが魔法です。皆さんにはこれから、魔法についての基礎的な部分を覚えてもらい、実戦で活かせるように魔法の鍛錬についても知ってもらいます。」
ゆる騎士シータは、今は魔法使いのようなローブを着こなし、身の丈ほどもある大きな杖を振り回して、魔法を使って見せてくれた。
「魔法とは体内にある魔力を使って扱う超現象。人間相手に使うと危険ですが、魔物を倒すのにはとても有効的で――」
一時間以上続く座学。
面白いファンタジックな内容でも、やはり集中力は途切れるもので、リュウコとキミト以外の全員がしんどそうな顔でうつむいていた。
「では、十分の休憩の後、魔法の実演をしてみましょうか。」




