48 ギルカ
真っ暗闇の中、自分を揺さぶる何かの手を感じて、リュウコは目を覚ました。
真っ暗だと思っていたのは瞼の裏で、リュウコはただ目を閉じて眠っていただけだったのだが、手の主はそうは思っていないらしく、慌ただしく何かを叫んでいた。
「———いよ!」
「ん……」
「起きなさいよ!」
「……ぁい」
筋肉痛と倦怠感のまとわりつく体を起こしながら、リュウコは周囲の状態を確認する。
そこは、リュウコがエンペラーウルフと戦った『神狼の森』ではなく、馬車の上のよう。
リュウコの体を揺さぶり、うるさく騒いでいるのは、避難させたハズのエリサだった。
「起きた!?ミルル!起きたわ!」
「……!リューさん!大丈夫ですか!?」
馬車の御者席にいたらしいミルルは、手綱を誰かに渡すと、リュウコが寝かされている荷車の方に移動してきた。
「あんた、1人で戦うなんてなにやってんのよ!バカ!」
「リューさん、良いですか。状況を説明しますね。」
ミルルからの説明によると
リュウコの『魔星』によって森の外に強制的にはじき出された二人は、一時的に商街の方へと戻り、緊急で冒険者の助力を募って再び森に戻ってきたらしい。
そこで、更地になっている森の一部を発見、その中心で眠っているリュウコを発見し、用意してきた馬車でリュウコを確保して帰還しているとのこと。
「エンペラーウルフの件はギルドマスターに通しています。あの後、どっちの方に行きましたか?」
「俺が倒したよ」
「……混乱するのも無理はありませんが、できるだけ落ち着いて」
「はい、これ魔核」
どうやら夢と現実を混同していると思われているらしく、リュウコをやさしく諭してくるミルルに、リュウコは『異界』からエンペラーウルフの魔核を差し出す。
馬車の移動速度が変わるほどの重量のそれを出されて、ミルルもエリサも驚愕の表情で数秒フリーズする。
「エンペラーウルフは倒したけど、死ぬほど疲れたから寝てた。」
簡潔にそう説明したリュウコは、そのまま魔核を『異界』に戻した。
再び軽快に走り出す馬車と、その勢いで足元が不安定になったエリサは、馬車の中で尻餅をつく。
「森の中のウルフは完全に討伐。依頼は完了ですね?」
「え、えぇ、はい。ぇと、完了です。えっと」
まだ状況が飲み込めていないらしいミルルの姿にニヤつくの我慢しつつ、体を起こしてエリサの状態を確認する。
「エリサさん、お怪我はありませんでしたか?」
「誰が誰の心配してんのよ、馬鹿ぁ!」
ボロボロと涙を流しながら、そう言ったエリサに頭を抱きしめられ、鉄でできた胸当てが頭に当たってとても痛かった。
「街までまだ少しあります。寝ていてください。」
「ぁ~い」
間延びした返事をしつつ、リュウコは再び眠ることにした。
◇◆◇
「事件についての報告、ありがとう。報酬等は受付嬢から受け取ってくれ。」
帰還して早々、ギルドのマスターに呼び出され、リュウコとエリサはマスター用執務室に来ていた。
毛が一本も生えていない禿頭が特徴的で屈強な男性のギルドマスターだが、片腕が義手になっていることも含めて元冒険者だったと思われる。
まず、受付嬢の静止を振り切って依頼を続行したことを咎められ、E級のエリサを連れて行ったことを遠回しに叱られ、エンペラーウルフを仕留めたことを褒められた。
元冒険者であったということで、一歩引いた視点から色々なことを話してくれるため、リュウコ達も素直に話を聞いていた。
「受付嬢のミルルさんが、俺達の依頼にこっそりついてきたのは何故ですか?」
「……えっとな、言いにくいんだが、怪しい人やパーティには『受付嬢』をつけることになっている。」
「え、なんで受付嬢を?」
「え?だって受付嬢だし……」
怪しいパーティだと思われていたというところは一旦置いておく。
受付嬢という存在に意味の分からない信頼を寄せているというギルドマスターに、リュウコは普通に疑問を抱いている。
何より、先ほどから話がかみ合っていないのを感じている。
「リュー、あんた、受付嬢のこと知らないの?」
「へ?受付をして、依頼を受理してくれる人のことでしょ?」
「はぁ?それだけじゃ冒険者がいちゃもんつけて襲って来た時に大変なことになるでしょ!」
「ぇ……詳しく」
ギルドマスターとの噛み合わない会話にエリサが根本的な突っ込みを入れ、リュウコの常識との違いについて深堀してくれる。
そこでリュウコも『受付嬢』の認識について違いがあることに気づいて、話を聞くことに。
「『受付嬢』っていうのはギルドの上の方のグランドマスターが鍛えた戦士の通称で、全員が『A級』の冒険者と同等の実力を持ってるの。基本的には依頼の受理をするけど、暴動の鎮圧や依頼の不正を制裁する役目が主な役割ね。」
「そう、その通り」
「『受付嬢』ってなんだっけ……」
驚愕の内容に既にゲシュタルト崩壊しかけているものの、認識の違いについて詳しく知れたことを実感しつつ冷や汗は止まらない。
「リューあんた、それを知らないでミルルに反抗しようとしてたの?」
「マジか……キミ、流石に無謀がすぎるぞ。危なっかしいな」
「すみません……」
まあまあ本気で呆れられて、リュウコはしょんぼりと落ち込んでしまう。
しかし、それでも譲れないことはあって
「ちなみに、エリサの昇級はどうなります?」
「え?えぇと……今回のことは異例中の異例だったからね。ミルル受付嬢に一任されていて」
「はい、昇級できるかどうか、そもそも在籍し続けることができるかどうかは、私に権限があります。」
またしても突然現れたミルル・イミティの姿に、ギルドマスターを含むその場にいた人間全員が一瞬跳ね上がった。
なんせ、登場したのが窓際で、扉も窓も一切開いた音も気配も無かったから。
「リューさん、とりあえず報酬金はこちらの袋に。グランドマスターから多少の色もついているとのことです。」
「ありがとうございます。」
「エリサさん、あなたを昇級し、C級とすることに決定しました。クリムゾンウルフとも問題なく戦闘できていた点を考慮しました。こちらがギルド証です」
麻袋とカードを渡され、二人見合って笑い合う。
そんな姿をミルルさんは咳払いで注意した後。
「今回、リューさんの行動は規則違反ギリギリです。今後はそういったことの無いよう努めてください。」
「はい……」
「また、こちらはリューさん個人に対して、グランドマスターから報酬品ということです。中身は確認していません。」
ミルルが手渡してきたのは、ギルド証よりも少し大きめの小包。
厚みはそこまででもないが、少しだけ重たい。
「なに?」
「開けてみますね」
「はい」
軽く了承を取ってから、リュウコは中身を傷つけないように端から丁寧に切る。
二重のやたら丁寧な包装を取り除くと、そこには一枚のカードのようなものがあった。
一見すれば、ギルド証に近いものではあるが、リュウコやエリサの持つギルド証とはまるで違い、知らない文字が書かれている。
ほんのりと魔力の残滓が漂っているだけの、金属の板に見えるが
「ナニコレ」
「さ、さぁ?」
「私にもわかりません。」
どうやらミルルにもわからないようで、困惑の雰囲気が部屋に充満する。
ギルドマスターにも聞いてわからないらしく、リュウコは懐にそのカードを仕舞い込むと、話も全部終わったらしく、ミルルに再び案内されてギルド一階に降りることになった。
カードの事は最後まで分からないまま、その日は解散することになった。




