34 死力
それは手の形をとっているだけで、別に骨や肉で作られているものというわけではない。
『死力』の手は、自由度の高い変形をしてリュウコに襲い掛かってきた。
「本数は気にするな。今回は手加減して1本で済ませてやるが、全力なら何本でも無限に出せる。」
「1本でもこれはヤバいって!!」
本体と直結しているというのであればまだ攻略のしようがあったのかもしれないが、その手はどこからでも生えてリュウコをとにかく掴もうと喰らい付いて来る。
悪魔はその分ゆったりとした動きしかしていないからなんとかなっているが、その手は掴んだものをミンチにしてしまう。
先ほどから地面のナイトメアシープの肉を握りつぶしては、遠くから絶叫が聞こえてくる。
そして、それとは違う『殺力』の手。
これは殆ど不可視だが肉体的には無害。
しかし、掴まれてしまうと体が硬直するほどの精神的負荷がかかる。
『死力』の手とは違い、その動きも俊敏で少し小さいため、たまにつかまっては滝のような脂汗をかくことになる。
「『魔力砲』!」
もう何発使ったか分からない、慣れ親しんだ魔法を使う。
魂力を込めた一発だというのに、『死力』の手も『殺力』の手も、すり抜けるばかりでまるで効果が無い。
それはわかっている。
手を攻撃しているように見せて、悪魔を狙ったことも数回。
意識の外からの攻撃ならと置いた魔力砲を放ったことも数回。
そのどれも、手に攻撃を与えることはできなかった。
『死力』はともかく、『殺力』は触れてもその真髄を理解することができない。
気合だ根性だとアホみたいな理論を悪魔は話してくるのだが、その声色も視線も本気と書いてマジだった。
「ぐぉっ!!」
また掴まれた。反発するように距離をとるが、それでも襲い掛かってくる手は止まらない。
宝力の防御も界力の壁も意味が無かった。
「がぁああ!!」
「お、やっと捕まえた。」
硬直の隙を『死力』の手が掴んできて、リュウコの左腕は肩から先がなくなった。
しかし、それくらいなら魂力の力で再生できる。
「————ぁ?」
「『死力』で掴んだからな。再生はできないぞ。」
いつもの感覚で腕を戻そうとするリュウコだが、まるでそこにあった手を覚えていないように、腕は生えてこなかった。
咄嗟に、魔力で補おうとするも、歪で違和感ばかりの、右腕のようなものができあがった。
「いいか、このまま全身を掴まれたら、お前は確実に死ぬ。今までのような九割九部死ぬ程度ではない、全殺しだ。」
「ヂィッ!!」
殺気の籠った瞳で、親の仇のような目で見られたリュウコは、反射的に距離を取る。
そうでなくても離れたいほど、その目は恐怖を覚えるのに十分な圧があった。
「さて、じゃあどうする?」
「んぐぉっ!!」
今度は右腕を掴まれ、当然のように捥がれてしまう。
それと同時に、左腕を形成していた魔力も形を失い、ただの棒のような形状になった。
痛みにもがくその隙をついて、『殺力』の手がリュウコの心臓に到着。
今までの比にならないほどの圧迫で、意識が飛びそうになる。
「———ッ」
逃げる選択を失い、精神的圧力による苦痛が2秒を刻んだ時、リュウコは殺力の根源を垣間見た。
『死ねッ!死ねよ!死んでくれ!死ねェッ!!!』
『ぶっ殺す!絶対に殺す!どこまでも殺してやるからな!』
『勇者ァアアアア!!!!』
いつか見た夢、それと似たような光景が脳裏に浮かび、胃液がこみ上げてくる。
記憶が混濁し、その『怒り』が自分の物であるかのような感覚を覚える。
否、それはリュウコの記憶。もう自分の記憶だ。
『頼む、死んで。もう産まれて来たくない』
自分に向けるたった一つのエール。
ネガティブキャンペーンの嵐の先にある、自分への本心。
「死ねよ悪魔。お前はもう要らない。」
口から出るのは怨嗟の言葉。それを圧縮した。直球な死亡願望。
湧き上がるのは、リュウコの『殺力』
それは、精神から滲み出た殺意と殺気の塊。
無意識的に扱うなら、ただの牽制や強迫観念の押し付けだけになるが、丁寧に形づくられたそれは、精神を刈り取るための武器になる。
悪魔の『殺力』の手と、リュウコの『殺力』の手は、同じだけの力で掴み合い、押し合っていた。
しかし、『死力』の手は止まらない。
「もういいって」
リュウコは両手に回していた魔力を完全に解除し、顔を伏せる。
諦めたように見えるが、それは間違いで
「んぶぁ」
口から伸びた『死力』が、悪魔の『死力』の手を抑えた。
それは手の形をせず、一本の触手のような形で、つまりは舌そのものだった。
それでも、リュウコの『死力』は十分な性能を発揮した。
「最終ラウンドだ。」
「ぶっ殺す。」
その場にあった『死力』と『殺力』は霧散し、リュウコは両手を再生できた。
最後の戦いが始まる。
◇◆◇
「はっ!甘いんだよ!」
「死ねゴラァ!!」
嗤う悪魔に鬼気迫るリュウコ。
ナイトメアシープの背中で行われる戦闘は、暴力と暴力の応酬。
「『魂魔砲』!!」
「『魔力砲』」
魂力を混ぜて大幅に強化された魔力砲も、悪魔のただの魔力砲に負ける。
「『魂界槍』!」
「『槍』」
界力でまとめた空間を槍の形に成形し、魂力を混ぜて強度を増し投げる。
自分を貫いた方法を悪魔に返したとしても、悪魔はただ界力を捏ねただけの槍で受け止めて相殺した。
「破技!龍殺し!」
「破技、鬼殺し」
宝力と魂力を使って強化した肉体で放った技も、素の肉体に相殺される。
「『死砲』!」
「『死手』」
唯一、『殺力』で強化した『死力』による攻撃だけは同じような方法で防御してくる。
「死ねや蟻んこ!『死刀』!」
「もっと来い!『死盾』!」
真っ黒な円盤のようなものと、真っ黒なデカい包丁のようなものがぶつかり合う。
金属音は響かないが、空間の歪んだような音だけが周りに響いている。
「『死拳』!」
「来いよ」
拳に巻いた死力を、突然無防備になった悪魔に叩きつける。
しかし、素の状態の悪魔に片手で止められる。
そのまま『死力』は悪魔の手にからみついて奪ったが、それでもなんでもないように元に戻してしまった。
「全力で殴ってこい。お前に俺は殺せないから。」
「ァアアアア!!!」
両手に纏った『死力』を、『宝力』で強化した身体能力で、『魂力』で強化して、『魔力』と『界力』で整えて、『殺力』を載せて。
ここで学んだ全てを使って、悪魔に一矢報いるため。
悪魔を殺すために放つ。
その全ては、本気を出した悪魔の素の力に打ち負けた。
現時点では反撃してこないから無事で済んでいるだけで、悪魔はリュウコの攻撃でダメージをまるで受けていない。
「ほらよっ」
雑に腕を振っただけで、空中に投げ出されるリュウコ。
力関係は、初めて会った時からまるで変っていない。
「お前はいくつもの力の、核に少し触れただけだ。例えるならそうだな。鉛筆でキレイな丸が描けた。原稿用紙を一枚使って読書感想文が書けた。漫画を一巻無料で読んだ。それくらいのところだ。そこから先に行きたいのなら、自分で歩くしかない。」
「がぁああ!!」
「今回は俺の勝ち逃げだ。次いつ会うかは分からないが、その時は俺を殺せるようになっていてくれ。」
空中に出した界力の足場を利用して、重力と共に悪魔めがけて落下する。
魔力と魂力と死力で推進力を、宝力と殺力で肉体強度を高め、悪魔に突進する。
世界が爆発したような音がしたが、悪魔はそれでも涼しい顔で片手で受け止めた。
しかし、その衝撃は悪魔を通して、地面のナイトメアシープに伝わる。
『GMEEEEEEEEENNNNN!!!!』
響き渡る過去最大級の絶叫と共に、ナイトメアシープの体がぐらりと揺れ、今まで地面のように信頼していた足場が横に。
ナイトメアシープが死に、倒れたということ。
「じゃ、精進しろよ。」
「ああ、ありがとうよ。」
最後には純粋に感謝の言葉をかけられて、少し気恥ずかしさが湧いて来る
実体が半透明に、半透明から透明に、完全に消えた悪魔のいた場所を見て、リュウコは感慨深くその場に倒れる。
もう斜めになった地面につかまったまま、握力に意識だけを残して気絶した。




