32 界力
『なんなんだこの状況』
「良いからちゃんと食え。ただでさえチビなんだから」
『胃袋も半壊してんだぞ。』
今、リュウコは何故か悪魔の用意していた肉料理を、自分を半殺しどころか九割殺しくらいはしているはずの悪魔と一緒に食べている。
あまりにシュールな光景に、リュウコは目を細めることしかできない。
どううやら今までの奇襲も気にしていないようで、悪魔も黙々と食べ続けている。
『宝力なんて初めて知った。なんで王城の図書でも情報が無かった?』
「言ってしまえば、この世界では発見されていない技術だからだ。」
『この世界では?』
「それは置いとけ、そんな力だが、まだまだいくつも引き出しはある。お前はまだ俺の力の半分も見てねぇ」
『スケールの大きさに驚きが隠せねぇよ。』
そんな悪態をつくリュウコだが、その言葉を信じていないわけではない。
むしろ、一割も実力を出させていないというのは肌感だけでも伝わることだ。
それを悪魔の方も理解しているのか、渋い顔をしてはいるのに突っかかってこない。
「細かいことは聞くなよ。俺はあまりお前に答えたくない」
『名前の部分、なんて言ってたんだ?』
「だから聞くなって。聞こえなかったんならそれでいいだろ。」
リュウコは特にそれ以上聞くこともなく、ただ黙々と肉を食べていた。
味覚は再生していないから、本当にただ食事という作業をしているだけだったわけだが。
◇◆◇
「ほら、ステップ……なんだっけ?まあいい、20とかそこらだろ。」
『で、何をする?』
「次に学ぶ力は、『界力』だ。」
『カイリキ?』
そう言った悪魔は、何もない空間を掴むような手をする。
―――グニィイイイ
そんな音を錯覚するほど、その様子は異様で、しかし見るからにわかりやすい変化があった。
空間の変容。一言で言えばそんなことが起きていた。
掴んだ通りに、まるでそこに透明な布でもあるかのように歪んだ空間が、伸びきったガムのように悪魔の手のひらに張り付いて引っ張られている。
「これが『界力』。魔力とは別の、空間を操るための力だ。これも宝力や魔力同様、人間が知覚さえすれば自由に扱うことのできる力の一つだ。」
『そんなグラ〇ラな感じの力があるのか?』
「言うな。だが、イメージはそれで良い。」
そう言うと、世界を包んだようなその塊は、悪魔の手のひらでぐりぐりと形を変えていく。
「界力でできることはそう多くない。できることと言えば主にこの空間を使って成形すること。そしてエネルギーとして他の力に変換することの二つ」
グニグニとゆがんでいる空間の塊を手元で弄び、槍や剣、弓のように造形していく。
透明で光が弱ければ見ることもできないであろう透明なソレを、粘土やガラス細工のように自由に扱う悪魔。
「ほらよっ」
『チカラの入れ方ぁ!!?』
メジャーリーガーの剛速球のように投げられた空間の塊。
咄嗟に両手でつかんだものの、あまりにも速くて後方に吹き飛ばされてしまう。
そんなリュウコを軽く鼻で笑い飛ばして、再び界力で空間をつかみ取る。
『……ところで、掴む力が界力か?それとも掴んだコレが界力なのか?』
「良い質問ですねぇ。どっちもだ。どっちも合わせて界力と呼ぶ。」
再び塊になっている空間を投げ渡すと、また自分の手の中で空間を弄び始めた。
次に造形したのは、どうやら槍のような形状で
「盾!!」
『んぉお!!?』
空間を投げつける悪魔に反応し、手元の空間を大きく拡げる。
盾と言われて盾を創れるわけはなく、それは見た目だけだとただの分厚く大きな皿といったところ。
しかし、同じ空間のぶつかり合いには思えないほど、リュウコの持つ空間の皿を叩き割り、リュウコの腹部を深々と貫いた。
『げぶぶ、どういうご、ごどだ。』
血がこみ上げ、喉から泡となって出てくる。
それを見て更にカラカラと笑った悪魔に軽く殺気立つものの、それ以上にこの強度の差についての疑問で頭がいっぱいになる。
「魂を込めろ、次のステップ、『魂力』と一緒にマスターしてもらう。」
『ちょ、ちょっと待って、げぼぼっ!!』
胃と肺の中の血を完全に吐き出し、心機一転悪魔の方を睨む。
『で、何をしろって?』
「魂を込めるんだ。自分の魂を理解し、分解し、増殖させ、入れ込む。それだけで物体にいくつもの強化を施すことができる。それはつまり、魂を込めるという行為そのもの。」
『空間に魂を込めるって。』
自分を貫いている槍の空間を手に取り、その形状を変える。
しかし、そこから先には全然理解が及ばず、今大切な『魂力』というものはまるで見えてこない。
魂を理解というが、そんなものについて考えたことも、たぶん今までの人生で一度も無かった。
「そうか、魂の理解で躓いてるって感覚が分からねぇが、お前はそうなんだな。だとすれば、一旦実践だ。お前に俺の魂を教えてやる。」
この修行の中で、最も過酷なステップが始まった。
◇◆◇
宝力に合わせ、界力、魂力という魔力以外の力を教わったリュウコは、魂力以外の全ての力を使って、悪魔の猛攻に耐えていた。
否、厳密に言えば耐えているなんてまるで言えたものではなかった。
『ぶべらっ!?ごごげぼっ!!』
「足!腕!内臓!」
悪魔は一回一回殴る場所を叫んできたが、それでも反応できないリュウコは、毎度数メートル単位で吹き飛ばされる初期状態に逆戻りしていた。
宝力で身体の耐久度を底上げし、界力で悪魔との間に壁を作ってみているが、複数の力を扱うということで集中力が散漫になり、魔力での防御も少し疎かになっている。
何をやってもサンドバッグになるという。そんなボコボコ具合。
魔力単体だともはや耐えられないくらいの威力でボコスカ殴ってくる悪魔には常に苛立ちが募っているのだが、それでも防御しかできないのがリュウコの―――
『ん―――』
「あ?」
『———』
ふと気づいたことを実践するために、リュウコは自分の纏っている宝力も界力も魔力も全てを解除する。
肉体を補完している魔力も、最小限の生命維持だけに留め、ほとんど解除。
完全生身の状態で悪魔と対峙し、その拳を受け止める覚悟を決める。
「じゃ、腹ァ行くぞ。」
『————ッッッ!!!!』
完全に拳が貫通したと感じるほどの衝撃を受けたが、今回リュウコは吹っ飛ばなかった。
完全無防備なリュウコを悪魔が気遣って手加減したとかではない。
簡単に言えば、悪魔の拳を受け止めた瞬間にリュウコは自分の魂を理解したから、その魂力を全て防御に回したということ。
何をもって魂を理解したというのかを言葉で説明するのは難しい。
しかし、リュウコは悪魔の拳から悪魔の魂を理解し、その衝突による波紋から、自身の魂を理解した。
『き、タァアアアアア!!!!」
「よしよし、やっと本格的な修行に入れる」
満足げな悪魔の眼前で、リュウコの体は見る見るうちに変形し、万全な状態のリュウコの姿に成っていく。
魂を理解したということは、それを変形させることも可能という。ただの自然現象。
まだまだ粗く、出来上がった部位は脆いが、魔力での模造品よりはやや高性能な出来になった。




