31 宝力
ステップ15
死にかけという次元を超越したリュウコは、もはや人体の殆どが魔力の模造品となっていた。
それでも、悪魔の言う『魔力ではない力』というものを理解することができない。
「埒が明かねぇから、手本見せてやるよ」
数ステップ前にそう言ってからというもの、悪魔からは魔力の反応が完全に消失した。
しかし、それでも驚異的な身体能力で圧倒されるリュウコ。
完全な素の身体機能で負けているだけにしか思えない。
「魔力を知って1年も経ってないくせに、魔力以外も受け入れやがれってんだ。」
掌底を叩き込まれ、もう何度目か分からない吐しゃ物を吐き出す。
攻撃と同時にナニカを叩き込まれた。それだけはなんとなく感じるものの、それがなんなのか分からない。
感知する何かが足りていないのか。
違う
「お?」
リュウコを構成する魔力の殆どが空中に霧散し、最低限人体というのを否定できない程度を残して消え去った。
見た目だけなら骨だけの魔物。
それは、感覚器官のほぼ全てを捨てる覚悟を持ったリュウコの昭和系精神論の答え。
『見えた』
「ああ、見えたんだな」
魔力とは、大気中に在るモノで、感覚的には湿気を感じるのと同じようなもの。
この世界に生きる人々はもちろん、リュウコ達のような転移者も同じように感じ、そう教わってきた。
体に取り込み魔法として行使するエネルギーとして扱われる。
が、それはあくまでも一つの種類の力でしかないということ。
今まで魔力でできた体で感じていたために、魔力への反応が過敏だった。
それを悟ったリュウコは魔力での肉体を放棄。
生身の部分で掌底の残滓を感じ取る。
『ぉおおおお!!』
一度知覚すれば、後は簡単に拡大し、理解し、わが物とする。
「それは『宝力』だ。法力でも良いが、『今回』は宝の字の方が都合がいい。」
一時的に戦闘態勢を解いて、悪魔が解説を挟む。
シュールな映像だが、リュウコはそれに突っ込む暇もなく『宝力』を追及理解していく。
「それは人体からしか発生しない力だからな、魔力とは違いほぼ無限に練り出せる便利な力だ。その分魔力と違い、最大出力値はやや低い。」
『じいぁああああ!!!』
悪魔の説明がひとしきり終わると、リュウコの肉体に変化が起こる。
ボロボロの髪に電流のようなものが走り、ガサガサの肌が鱗のように逆立つ。
眼光は青白く変化し、一目で正気ではないと知覚できる。
しかしながら、その当人であるリュウコは至って正気。
『宝力』の流れに意識を飛ばされそうになってはいるが、自分の意思を持って力を扱えている。
「よし、かかってこい」
『あああああああああ!!!!!』
「——ん」
クイクイと手で合図する悪魔。その顔面に飛び蹴りをぶちかます。
その爆発力に反応が遅れたのか、それをモロに受け取った悪魔は、それでも吹き飛ぶような無様は晒さない。
きっちりとその威力、衝撃、ダメージの全てを顔面で受け止め、一歩も動かないという意地を見せる。
余波だけで地面に生えている羊毛が靡き、やはり遠くから悲鳴が聞こえてくるが、それでも悪魔は微動だにしない。
「誰の顔蹴っとんじゃぼげぇええ!!!」
『ぅおおお!!?』
それどころか、顔を蹴っている足の足首を掴んで、その場でヌンチャクのように振り回し、最終的には地面に思い切り叩きつけてしまった。
最初の急上昇急降下よりも更に鈍重な衝撃で、リュウコの意識が半分消失する。
咄嗟に『宝力』で身体を強化して守っていたのに、それだけのダメージを受けた。
「次のステップだぁ。魔力と宝力を併用して、俺に一撃入れやがれ」
そう言うと、再び目の前から消える悪魔。どれだけ力をつけても、この移動方法だけは見抜けない。見失うとどこに行ったのかまるで分からない。
魔力、気配、空気の流れまで、隠蔽力が高すぎる。
どこから攻撃が来てもいいように、宝力で身体機能の強化と魔力で外部的な防御の体勢を整える。
「悪くねェよ。その判断は100点だ。1兆点満点中のな。」
『るっぶぉおおおええええ!!!?』
全身を強化防御していた。警戒も怠っていなかった。
それなのに、悠々と正面に現れた悪魔は、あの宝力を教えたのと同じ掌底でリュウコの防御を易々と突破してみせ、内臓へのダメージを与えてきた。
「一撃入れろって言ってんだ。舐めんなオイ」
『ああああ!!!』
かと思えば、リュウコは自分に打ち込まれた掌底を万力のような握力でつかみ、絶対に逃がさないという意志を見せる。
「タメが長え、気合が足りねぇ、速度もだな。再考ぅ!!」
『ぶるぉええ!!』
関節を外したのか、なんの抵抗もなく繰り出された回し蹴りで水平方向に吹き飛ぶリュウコ。
当然、それだけで終わるほど生易しいものでもなく
◇◆◇
ステップ18
結局のところ一撃を入れることもまともにできず、半日以上が経過している。
宝力の扱いは魔力にまだまだ劣っているのだが、それでも少しずつ喰らい付けるようにはなっている。
しかし、それだけでは話にならないのも事実。
「ほら、ほらほらほら。」
『うぉらぁあああ!!!』
まるで子供のチャンバラをあしらっているかのように片足だけでリュウコの攻撃を捌く悪魔。
緩急をつけてできるだけ読みにくい攻撃をしているはずなのにも関わらず、リュウコの攻撃は全て躱されてしまう。
「お前のはただ出力にムラがありすぎるだけだ、戦略として十分なものじゃ断じて無ェ」
片足で軽々とあしらっている悪魔は、息切れるということもなくそう指摘する。
「ほいっ」
『ぶっ、がっ、ごほっ!!』
一度に三方向からの蹴りを見舞われ、その場にうずくまる。
しかし、その魔力の瞳は悪魔の目を睨んで離さない。
「悪くないが、意気込みだけで戦うことは出来ねェ」
『んばらじゃぁああい!!!!』
地面、つまりはナイトメアシープの背中に、リュウコができる限りの宝力を叩きつける。
宝力は生体にのみ宿る局所的な力、しかし、それは人の体だけではなく、生物であれば全てに宿っているらしい。
そして、外界を経由しない直接的な移動であれば、可能ということ。
リュウコは足場として活用しているナイトメアシープに自分の宝力を叩きつけ、その動きを活性、苦痛に感じさせることで
『MEEEEEEEWWWWWW!!!!?』
ナイトメアシープは、一日に百数十メートル程度しか移動しない温厚で大人しい魔物。
それが今日、世界でも稀に見るほどに、激しい動きで
「うぉっ」
『りゅうへんっ!!』
宝力に集中しすぎて、口元の魔力がほどけかけているが、それでも詠唱としては成り立つし、なによりこれは詠唱を必要とするものでもない。
動き出す足場の慣性を利用した移動。その動きは、悪魔の反応も超えて――
「よし、合格だ。次のステップだな」
『———ッ!!?』
渾身の握りこぶし、右拳でのジャブとストレートの中間のような攻撃を、悪魔は悠々と肘で受け止めてしまった。
『MEEEEEEEEEYYYYY!!!!』
「黙れ」
リュウコの手を受け止めているのとは反対の手で地面に触れると、どうしたのか。
ナイトメアシープは叫ぶことも暴れることもやめて、ゆっくりと沈んでしまった。




