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悪魔転生奇譚Ω  作者: 草間保浩


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29 ######

 『コロポの里』で、リュウコが修行を始めて1ヵ月が経過しようとしていた。

最下層までの十階層のうち、半分である五階層を必死に攻略したリュウコは、泥のように眠っては起きて戦って気絶するように眠るというサイクルを繰り返していた。


 相も変わらず、骸時(ガイド)は無茶苦茶な魔物とばかり戦わせて、その度に様々な新境地(ブレイクスルー)を得るリュウコではあるのだが、それはそうとして命が持たない。


 今リュウコが生きているのは、ほとんどが気合と根性を忍耐の結晶としか言えない状態。

 

『十日も眠りやがっテ、次の修行は――』

「十日も寝たって言うけど、その間魔物はいなかったのか?」

『ン、あー、そーだナ。お前の間抜けな寝顔見テ、帰っていったヨ』


 本当は魔物寄せの効果を消して、気配遮断を使って隠していたのだが、そんなことは絶対に言わない。不利益がどうとかではなく、恥ずかしいから。

 

 1ヵ月ものスパルタ特訓を経て、そんなガイドのことが少しだけわかってきたリュウコは、あまり藪蛇を突かず捨て置くことにする。


「んで?次はなんの魔物と戦わせるつもりだよ。」

『……そうだナ。次に戦うのは少し変則的だ。体力は使わないが、根性が重要な厄介な敵』

「けッ。今の僕なら絶対に勝てるっての。」


 似つかわしくない荒い口調で悪態づくリュウコ。

精神的な摩耗が表面に出ているのか、気弱な青年らしさは微塵も感じられない。


(精神の贅肉は粗方削ぎ落した。後は中核に革命を起こすだけ。)


 誰にも悟られない心の中で、ガイドは一人呟く。


『ナイトメアシープと戦エ。コイツの特徴は幻覚を見せる毒夢ダ。今までの戦闘経験は使い物にならないと思っておいた方が良いだろウ。』

「シープ、羊?弱そうだが」

『強い弱いという相手ではなイ。どちらかと言えば、つらい相手ダ。』

「なにを―――」

『もう来ているゾ。足元ダ』


 ドン、と大きな揺れがリュウコの全身を襲う。

驚いて飛び起きると、今まで寝ていた場所の異変にやっと気づく。


「なんだ、これ」

『ナイトメアシープ。全長500mの巨体種で、【幻夢】属性の魔法を得意とする。体力や防御力に秀でているが攻撃力は低く、また比較的おとなしいタイプの魔物。』


 魔物の説明を終えると、目の光も消えて完全に沈黙する。それ以上のヒントは与えないということだろう。

 リュウコはガイドからの知識の提供を一旦諦め、この巨大羊の打倒方法を考える。


 しかし、その思考は一瞬のうちに砕け散る。


「————けて。」

「な、なんだ?」


 人の声が聞こえる。女の声。

羊の毛に隠れて見えないが、声の聞こえた方に向かって歩くと。


「——たすけてよ、リュウコ君。」

「……ぁ」


 血にまみれ、手足が八方に曲がった体。

開いたままの目には生気がまるでなく、開いた瞳孔がこちらを見ている。

 流れている血液量は明らかに致命的で、命の雫がこぼれているのが見える。


「し、おん、さん?」

「———なんで助けてくれないの、リュウコ君。」

「待って、今っ!」

「——無理だよ。もう死んだんだから。」


 ビリビリと、脳みその裏側が痛い。喉の奥から何かがせりあがる。

そんなリュウコの様子にかかわりなく、シオンの姿は溶けて、紫色の地面に消えていく。

 そこから新しく現れたのは、死んだ姿そのまま……否、更に腐敗の進んだ状態のシオン。


「ねえ、なんで助けてくれないの。」

「……嘘だ。幻覚なんだろ。」

「本当だよ。君が遅れたから」

「これは幻覚だ!ガイドォオオオオオオ!!!」


 体から湧き上がる感情のまま叫ぶが、それで掻き消えるようなものではない。

 ガイドはピクリとも動かずに、ただただ沈黙を続けている。


「ああああ!『魔力ほ―――」

「また殺すの?私を、なんで?」

「———ックソ!!」


 全力でシオンに背を向けて、ナイトメアシープの頭部を目指す。

本体を叩けばすぐに終わる。こんな悪趣味な試練は終わらせる。


 そう思って走っているリュウコの理想は、再び砕かれ棄てられた。


「無駄だよ。」

「———え」

「走れてないよ。どこにも向かってない。君はここから動いてない。」

「どういう―――」

「なあ、なんで助けてくれなかったんだ?」


 シオンとは別の声が聞こえて、反射的に振り返る。


「ぁ、ぁあああ!」

「なあ、私は死んでしまったぞ。」


 十字のようなものに張り付けにされたミサキ先生の姿、頭からは血が流れ、足元は見るに堪えないような火傷の痕。

 

「やめっ、くるなっ!ぁあ!!?」

「なんで助けてくれなかったの?」

「——ひっ」


 四方八方を囲む、多種多様な無残な姿をしている女たち。

その顔には見覚えのあるものから、知らないものまで様々で、しかし一様に死体と成って喋っている。

 その口々が、リュウコの知らない罪を咎める。身に覚えのない、間に合わなかったという罪。


 知らぬ存ぜぬで通せれば楽だった。目の前の彼女らを破壊するのは容易だった。

 しかし、リュウコはそれをできない。

魔力を練ることも、拳を握ることも、できない。


「やめてくれ、頼む。」

「助けてよぉおお!」

『たすけてぇええええ!!』


 みんなの絶叫が、リュウコの耳に襲い掛かる。

全ての声に、聞き覚えがある。いつか見た夢、その果て。

 だからこそ、リュウコは縮こまり、耳を塞ぎ、耐え続けるしかない。


 だけど


「待て待て、おいおいおいおい。」


 初めて聞く声が聞こえた。

否、それは、客観的に聞くことの無い声で、知らない声ではない。

 男の声。太く、低く、枯れているようだが、活舌ははっきりとしている。


「下を向くな。顔を上げろ、『試練』ってのは今から始まる。なぁ、オイ!!」


 横腹を軽く蹴り上げられ、空中2メートルほど浮かび上がると、そのまま直立の姿勢に正された。


「よォ、会いたかったぜ。嘘だけど。お前の成長には期待してるんだぜ。嘘だけど。」


 意味の分からないふわふわの言葉。自分と背格好は同じようなのに、まるで影でできているかのように、その全身は真っ黒で、目や口や鼻、皮膚の皺に至るまで何も見えていない。

 前に見た図鑑にあった、『シャドーソウル』のような見た目をしている。


「あ、あんたは、誰?」

「よく聞いてくれたな。良いぜ、耳の穴かっぽじってよォく聞きやがれ」


 影は、天に右手を、地に左手を向け、指を差す。




「俺は天地無双の成れの果て。未練に生きる羅刹の鬼にして、悠久の輪廻に囚われし者。廻滅の悪魔『######』」




 


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