25 朝焼け
「1匹も出てこなかったよ!シオンちゃんすごいね!」
特にケガも無く、マッドラットの巣の一つを完全に駆除したシオンに、ランが労いの言葉をかける。
「ごめん、氷漬けにしたラットの死体を外に出したいから、そっちで受け取って」
ランにそう言うと、再び中に入って、1体1体ネズミの入っている氷を砕いて小分けにしていき、マンホールの近くにいるランに向けて浮かせて移動させる。
その作業だけで、夜は深く更けてしまい、その日はそれだけで終わってしまった。
◇◆◇
事前に聞いていた、王国側が用意してくれた宿で、イッセイとカオミと合流して、互いの状況を話し合っていた。
「ネズミはちゃんと全部ぶっ殺したぜェ。うじゃうじゃいてキメェけど、数だけの雑魚だぜ!」
「七つの迷いし子鼠へ、洗礼の名で沈めし者。我こそは必滅の定めを持つ冥府の遣い」
おそらくは雑なカオミのネズミ駆除で、マッドラットが7匹ほど外に出たのだが、イッセイがちゃんと取り逃さずに駆除してくれたということを話しているらしい。
そろそろイッセイが何を言っているのかわかってきたシオンは、ちゃんと聞くことで話を纏めている。
「私とイッセイ様、カオミ様の3人。シオン様、ラン様の2人。2つ部屋に分かれますをこれが部屋の鍵です。明日は8時から始めましょう。」
騎士のサムからそう言われ、シオンとランは渡された鍵の部屋に移動した。
女子だけの部屋で、二つのベッドと簡易的な机と椅子。
いつかの修学旅行を思い出して、二人は笑い合っていた。
「やっぱりイッセイって何言ってるかわかんないね。」
「そうでもないよ。内容自体は伝えたいことのままだから。」
「へー、もしかしてイッセイの事、好きだったりするの?」
「ううん、そういうわけじゃないよ。必要だからってだけで」
女子が二人集まれば、何も起こらないはずもなく。
ましてそれが、異世界で、たった二十人程度しかいない同郷の同性ともなれば、話す話題などいくらでもある。
先ほどまでの戦いで出た疲労感など感じることもないまま、若さの特権フル活用で一晩中話しまくるつもりのラン。
その空気を察して、覚悟の準備を整えるシオン。
「リュウコの事、好きだった?」
「え―――」
「私はさ、好きなんだよね。今でもずっと」
唐突なカミングアウトに、シオンは返す言葉も反応も見つからず、ただその話を聞き続けることしかできなかった。
◇◆◇◆◇
夢を見ていた。
どこまでも続く焼け野原に、大量の人。
否、それは人ではなく、ただの肉の塊。
先ほどまでは生命として活動していたこともあっただけの、魂の抜けた死体。
だからこそ込み上げてくる。腹の底から、魂の深部から。
太陽よりも高温の熱が、体の全部を焼き尽くさんとして。
「GYYYYYAAAAAAAAAAAAA!!!!」
荒野の果て、死体の山々の間でただ暴れまわる者がいた。
それは、返り血と自分の血で体を真っ黒に染め、向かい来る者を次々に屠っていた。
剣を叩き折り、槍は潰し、槌を割り、盾はただの板にされ。
どんな鎧、武器、道具。全て意味が無く、その者の前にはただの塵。
だというのに、この目に映るその『悪魔』は、ただただ可哀想な子供にしか見えず。
いつまでもいつまでも戦い続け、魂が消し炭になるまで戦い、いつしかその命が尽きる。
それは、ただの『未練』であると言っていた。他でもない彼本人から聞いた。
その未練を断つ、そのためだけの償いをし続けるだけだと。
だけど、償えば償うほど、その未練は強く強く絡みつく。
それは、あまりにも無慈悲な永久機関で、太陽よりも強く強く彼を引き付けて離さない。
そんな彼から目が離せられない。
いつだって優しくて、人のために怒って、些細な事で笑って。
どんな人間よりも人間らしかった彼が、真っ黒になった目で、歯で、全てを壊し尽くさんと暴れている。
花束を贈ってくれた。無骨でセンスも微妙だけど、アクセサリーもくれた。
きっと貢ぎ癖がある、少しダメなタイプの人だった。
買い物に行ったら、荷物を持ってくれて、たまに財布を忘れてしまうような、少し抜けている人だった。
世界中を一緒に旅して、助けてくれて、その背中が大きくて、泣いて、笑って、怒って。
愛してる。
命の危険が近づいた時、体を張って守ってくれた。
誰も頼れる人がいないとき、隣で手を差し伸べてくれた。
辛くて苦しくて、死にそうなときなんて、その苦しみを奪ってくれた。
ずっと愛してる。
だからこそ、そんな人が怒って、苦しんで苦しんでいる姿を見て。
たまらなく愛おしい。
その姿の全部が、私の中の全てでいいから。
またどこかであなたに―――
◇◆◇◆◇
「———会いたいな」
そんなことを呟きながら、朝日を瞼の上から浴びて、目が覚める。
ベッドからのそりと起き上がり、長い髪の毛を無造作に後ろでまとめて体を起こす。
夜更かしのせいか、少しの頭痛とめまいを覚え、今日一日の不調を予感して嫌な気分が芽生えてくる。
もう少し控え目に、なんなら早く就寝するべきだったかと考えながら、朝日の漏れるカーテンを開けて部屋の中を明るくする。
同室の相方は、どうやらもう既に出ているらしく、隣のベッドは空っぽだった。
起こしてくれても良かったのにと思いながら、軽く身支度を済ませて外へ出る。
この世界に来てからというのも、化粧水の一つも持ってきていないから、肌の調子が悪いかと思えば、なんともむしろハリやツヤが抜群に良くなっているような気もする。
朝食の用意も宿がしてくれるということだから、併設しているカフェのような店に移動して、そこで待っている仲間たちに軽く挨拶を――
「もぉー!シオンちゃんってば、起こしてくれてもいいのにさー!」
そうして、オゼキフランソワの異世界での一日が始まる。




