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悪魔転生奇譚Ω  作者: 草間保浩


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20/84

20 決意と共に始まる

 リュウコが『コロポの里』で失踪してから二ヵ月後。

勇者たちは精神的に復帰して訓練を続行していた。

 今日は、初めての城下町。この世界に来てほとんど初めての、ただの外出。

全員がある程度のお小遣いを与えられ、好きに買い物をしていいと言われている。

 もちろん、1人につき1人の騎士が護衛兼監視としてついて来ているわけだが、それでも自由に歩き回れている。


 生徒たちの中には、複数人で固まっている者もいれば、1人で気ままに露店などを見て回る者もいる。


 シオンはどちらかと言えば後者で、騎士と二人ではあるがふらふらと歩きまわって、露店のウィンドゥショッピングを行っている。


 街並みは人の賑わいが明るく、三階建てらしき建物が並んでいる。

露店は多いが、屋内の店もそれなりにあり、日本で言えば地方都市レベルの人が行き交っている。


 城を中心とした王都城下町と呼ばれるこの場所は、国の中心でもあり、その中心部になるほど裕福な者が溢れる。

 裕福な者は心に余裕がある。金があって命の心配が少ないから笑顔が生まれる。腹が満ち、愛に満足し、孤独を感じないから、希望に満ち溢れた表情ができる。


「シオンさん。いかがされましたか?」

「え、いえ、特に何もありませんよ。シータさん。」


 シオンの担当はシータ副団長。二人で並んで歩いているわけではなく、シータ副団長はシオンの後ろで様子をうかがっているだけ。

 今回の外出は、生徒たちの疲労を取るための催しであり、ストレス解消を目的としたものであるため、騎士はできるだけ視界に入らないようにしている。

 とはいえ、シオンのようにふらふらと挙動不審にふるまっている生徒には、できるだけ気を遣って話しかけることにはなる。


「思っていたよりも想像力が足りてなかったなって。」

「それは、どういう?」

「こうやって街を歩くまでは、なんとなくゲームみたいな感覚で、半分くらい夢の中だって思ってたんです。」

「げーむ……」

「でも、こうやって歩くだけで、世界が間違いなく違ってて、現実味が襲ってきて。」


 ぽつぽつと、シオンの足元の石畳が湿る。


「りゅうこ君が、もういないって」


 顔に手を当てて、そう咽び泣くシオンに、何と声を掛けていいのかも分からなかった。

 なんと言っても意味が無いということだけは感じられたから。


「大丈夫だ。シオン。」


 芯のある声がシオンの耳に届き、シオンの頭に頼もしい手が乗る。

ゴツゴツしているのに、明らかに女性の手で。


「リュウコは強い男だ。きっと生きてる。」

「ミサキ先生……」


 ミサキ先生は大人だった。シオンよりも早く現実を受け入れて、早くそれを理解していた。

 そのうえで、きっとリュウコが生きていると思う。

 この世界では魔物の死体だけが跡形も残さず消えるから。


「それよりも、あそこの店を見てくれ」

「え?」

「クレープのようなものが売っているだろう?一緒に食べよう。」

「———ふふっ、先生が食べたいだけでしょ?」


◇◆◇


 生徒たちを窮地から救ったことで、セイヤは勇者の中の勇者だと認知されている。

 何より、セイヤ自身がそう在れかしと邁進してきた。


 誰よりも厳しく鍛錬し、長く深く強く広く、研鑽を重ねてきた。

この二ヵ月で、セイヤと他の生徒たちの間の差は、とても広く深いものとなっていた。


 今となっては、騎士団長らと複数人で戦っても互角に渡り合えるほど、その実力は伸び続けている。


だというのに


「街中で暴れるのは良くないな」


 セイヤは自由時間の中で、いくつもの問題を解決していた。

酒場で暴れるならず者を鎮静化し、迷子の親を探し、暴走した馬車を止め。

 舞い込んでくる問題も、駆け出した問題も、とにかく人のために走った。


 自由時間だというのに、まるで自由が無い。

訓練場内でのランニングよりも精鋭化した移動で、王都内を駆け回る。


 追っている騎士すら振り払うほど早く、速く、迅く。

何かに取り憑かれたように、一心不乱に。


「ちょ、ちょっと待って!勇者様!」


 護衛兼監視のハズの騎士も、必死に走って追いつこうとするだけで、もはや監視にもなっていない。


「大丈夫!」


 それどころか、なぜか後ろに回り込んでいたセイヤに抱きかかえられ、持って行かれる。

 セイヤの歩みは止まらない。


◇◆◇


「ぜぇ、うぇ。はぁ……なんで勇者様は、こんなに頑張っているんですか?」

「———そうだね。必要だからかな。」

「必要?」


 一旦休憩をしようと言う騎士の提案を受け入れ、王都を囲む巨大な城壁の上で、街を見下ろしている。

 そこで、息を整えている騎士の質問に、セイヤは答えてくれた。


「二ヵ月前の、迷宮での事件を知っているよね?」

「ええ、大変残念なことだったと。」

「あの事件で消えてしまった彼に、僕は憧れているんだ。」

「あこがれ?それほど強い勇者様だったのですか?」


 騎士の言葉に、セイヤは首を横に振ってこたえる。

そういうことではない。そういうことではないんだと。今までに見たことのない悲痛な表情を浮かべながら。


「リュウコ君は、強さとかは分からないかな。けど、あのタコとリュウコ君を比べたら、まだまだタコの方が強かった。」

「ネクロタクルは珍種の最上級と言われています。まだ未成熟な勇者様が勝てる相手ではありませんでした。何故あんな低級の迷宮に現れたのか。」

「そんな相手と戦いながら、リュウコ君は一切負けていなかった。」


 セイヤは思い出す。ミサキ先生と視覚を共有していたあの時の事。

セイヤは勇者の中の勇者。持っている魔法適正も、スキルも、並大抵の質と量じゃない。

 その中の一つである『視覚共有』を、事前にミサキ先生に預けていた。

心配性なミサキ先生の保険の一つでもあった。


「彼は、格上とわかったあのタコ相手にまるで怯まず、最善手を打ち続けていた。彼がいなかったら、僕は間に合わずに全滅していた。」


 『視覚共有』していたミサキ先生は、リュウコの戦いを見逃さなかった。

体は動かない中、見ることだけはやめなかった。

遠巻きにも目で捉えられない速度の攻撃を、魔法が通じないほどの硬さを持つ敵の防御力を、間近で見ていたはずのリュウコは、一切引いていなかった。


 表面的にはアドレナリンの暴走と軽口が止まらないように見えていたが、その目はまっすぐ、ネクロタクルの命を見ていた。


「僕は彼こそが『勇者』であると思ったね。ステータスのつよさとか、そんなことじゃないよ。心根が強いんだ。」

「リュウコ様こそ勇者、ですか。その、否定するつもりはないのですが、しかし。」

「いいよ。これは僕だけの憧憬。僕が目指すための指針であり、僕の宝だ。」


 虚空を見つめるセイヤは、聞こえた声に反応して再び走り始めた。

その目は、目の前よりも遠くを見つめていた。

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