14 それぞれの一か月
リュウコが消えてからというもの、ミサキ先生も随分と積極的に鍛錬にのめり込むようになった。
今までは生徒たちのメンタル面でのサポートや、訓練内容の難易度をすり合わせたりなど、裏方の補助を行っていたのに、今では常に生徒たちと模擬戦を繰り返し、剣の技術を高めていっている。
「『十文閃』『乱閃舞』『斬撃ノ砦』『激殴』」
手当たり次第に騎士たちと戦い、その技術を吸収し続け、それを戦闘で応用して血肉に還る。
超実践的で感覚的な習得方法ではあるが、それが一番合っているようで、この一か月程度で飛躍的に成長している。
「『石麓・流』『回転剣舞・三閃』」
日本剣道のような静的な剣技よりも、西洋武術のような動的な剣技を得意とし、殺傷力の低い木剣でありながら、一撃で昏倒するような技を放ってくる。
今現在、騎士と生徒が入り混じった数十人という相手に、無双ゲーム並みの一方的な攻撃を行っている。
その結果、魔法組の治癒魔法の精度が上がったり、受け身が上達したりと、副次的な効果も見られて、良い鍛錬にはなっているらしい。
「『半陽・乱れ突き』『九龍波』!」
最近では剣技の中に魔法を交えて使い始めたらしく、自己強化や放出系の照射、属性魔法による防御や援護など、マルチに展開している。
とにかく貪欲に、全身全霊というレベルで、技術の習得に余念がない。
リュウコがいなくなってからのミサキ先生には、何も余裕が無く、とにかく焦り続けているようにも見える。
「『炎剣乱舞』『氷剣旋舞』」
ついには火の剣や氷の剣を召喚し、空中で舞わせるファン〇ル状態。
ミサキ先生の無双は止まらない。
◇◆◇
一方で、セイヤもかなりの勢いで成長していた。
元々天才肌だったセイヤは、その上に努力を重ねることで現時点の勇者の強さランキングで一位を獲得し、騎士で言えば団長らを除きトップに躍り出るほどに強くなっている。
その理由の中には、彼が勇者の中の勇者であることが挙げられる。
彼の持つスキル【異界の勇者】は、あらゆる属性に対する適性を最初から習得しており、かつ剣術や武術に対する適性も上昇し、努力が全て実力に加算されていくというとてつもない能力を持つもの。
他の勇者にはそのスキルは無く、固有のナニカはあれど、性能だけで言えば【異界の勇者】が一番なのは間違いない。
「『サンシャインインパクト』!」
今では、その能力値の高さからどんな魔法も必殺感が強すぎて、1人で的に向かって魔法をぶつけるか、人気のない場所で自己鍛錬するしかなくなっているほど。
「『オーバードライブ』『魔力鎧』」
自身の能力を強化する魔法や、大規模な範囲魔法、デバフなどを手広く習得し、魔武両道の力を持つ。
「早く、もっと強くっ」
必死な姿は人には見せていない。彼自身、何にそこまで必死なのかはよくわかっていない。
心の中では、早く全てを終わらせて、全員で無事に元の世界に帰りたいというのはわかっている。
しかし、それ以外の何かが、セイヤの奥で叫んでいるのを感じる。
「悪……悪を滅ぼすために……ぅ」
脳を介さずに出てきた一言、自分でもそれを口に出したとは思っていない一言。
勇者としての一言。
それに気づかずに、セイヤはとにかく剣を振るう。
◇◆◇
更に一方で、リュウコの担当をしていたミラは、ここ一か月以上を無断で欠勤している。
騎士寮の自室に引き籠り、ろくに生活できていない状態にある。
シータが色々と処理しているため、問題にはなっていないが、流石にこれ以上はというレベルのところまで来ている。
食事もほとんど取っておらず、水分は少しだけ。
それでいて睡眠もとっていないのか、黒く大きい隈が目の下についている。
顔色も悪く、病人のような土気色に、こけた頬とぼさぼさの髪。
非常に不健康な見た目になって、シオンの更に先を行く病み具合。
「ミラ、入るわよ。」
「……」
「また何も食べていないのね。」
シータ副団長は定期的にミラの元を訪れ、あれこれと世話をしている。
リュウコの事を知った日のミラは、荒れに荒れ、コロポの里にまで走って向かい、単身で各階層を探りまわっていた。
それでも見つからないとなると、今度は意気消沈してしまい、燃え尽きたのか無気力なまま、何を見ているのか分からない目で虚空を見つめている。
シオンのように暴れるということもなく、体を動かす気力が無いようで、とても生きた人間の生活は送れていない。
シータの世話がなければ、一週間ほどで脱水症状や栄養失調を起こし、もしくは餓死していたところ。
そんな状態のミラは、シータの言葉にも反応せず、ずっと虚空を見つめている。
見ているだけで傷ましい。ここまで傷心するほど、リュウコに向ける何かがあったようには見えなかったのに。
そう思いながら、ミラの食事の用意をしつつ、ふと思いついたことを口にした。
「そんなことじゃ、リュウコ君が帰ってきた時に心配されちゃうわよ?」
言ってから、失言だったと後悔した。
そう言ってから見たミラの目が、シータの目を確実に捉えていたから。
それは、正気を取り戻した目ではない。むしろ逆に、より深いところに行ってしまった目。
「しーた」
「?……ど、どうしたの?」
「リュウコは、どんな女がタイプかなぁ」
今まで、そんな表情は見たことが無い。蕩けきった力みの無い笑みに、半月のように歪んだ両目。その奥に見た狂気。
「えっ」
「シータ、今度化粧教えて?リュウコは肉付きが良い方が好きかな。ねぇ、どう思う?」
「その、えっと、程よくが良いんじゃない?」
いつの間にか、シータは壁際に立ち、目の前にはミラが顔を近づけて立っていた。
その一挙一動に恐怖する。今までのミラとはまるで違う者と対峙しているよう。
戦闘能力だけで言えば、シータはミラよりも数段上にいる。
しかし、今感じている恐怖は、その格差よりも大きな威圧感で、シータの脳髄を委縮させる。
「と、とにかく食べましょう。元気な姿が一番だと思うの。」
「うん、そう”ですね”。食べ”ましょう”。」
「え」
小さな異変。この王城の中の寮という小さな空間の中で起こった小さな波紋。
しかし、その小さな波紋も、いくつも重なっては大きく広がっていく。
それが波になって、世界に大きく影響するのは、まだまだ先の話。




