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貧乏神には旅をさせよ

夏休みに入って早々に、彼はやって来た。


「お久しぶりでございます」

「ああ、どうもいらっしゃいませ~」


貞子は苦虫をかみつぶしたような顔で彼を招き入れると、客間に通して煎茶を入れた。


「久方ぶりですねえ」

「ええ、それはもうずいぶんと前になりますから」

(1か月前に来たばっかりじゃねえかよ!)


彼はどうもどうもと煎茶をがぶがぶと飲み干して、空の湯飲みを再び貞子へと差し出した。貞子はすかさずお茶を注ぐ。


「待っておられましたか」

「それはもう。貧乏神様は大切なお客様であられるので」

「何と有難いお言葉。それにしても随分と静まり返っておられますが、他の妖怪たちはどうなさったので?」

「ええ、今日は貧乏神様がいらっしゃるので気持ち良いお出迎えが出来るようにと大掃除に勤しんでおりまして。朝から働き詰めで、今はしばしの休息を…」

「そうでしたか。それはさぞ大変でしたでしょう」

「ええ、それはもういつも以上に。怠けている者は貧乏神様の大好物だと言ったところ、いつもはしないような隅々まで掃除をしておりまして。怠け者が少なくて感謝の念に堪えません」

「あな悲しや。わたくしはぜひこの屋敷に住まうお仲間にもお会いしたかった」

「私とて怠けているわけではないのですがね」

「それにしても良いお茶ですな。結構なお手前で」

「ええ、数刻前に特売品のものを用意したのですよ。ホホホ」


引きつった笑顔で笑いながら、貞子は天井を見上げた。その天井裏の隙間からはいくつもの目玉がこちらを覗いている。


(ああ、またしても貧乏神がいらっしゃったぞ)

(一度話し出すと止まらないから掴まりたくないんですよね、オホホ)

(こういう時こそ一つ目坊の出番ですぞ)

(なぜにワシが相手をせねばならんのだ)

(嬢様が可哀そうである)

(そういう天狗も隠れとるがな)


偶然客間にて来月の食費について相談していた天狗、一つ目坊、小豆洗い、二口女、貞子の5妖怪。ここ最近どうも出費がかさむということでどこか節約できないかと話をしていたところ、貧乏神の「恐れ入ります」の声で4妖怪がすぐに天井裏へと飛び上がって行ったのだ。屋敷の主を差し置いて。


(テメーら、覚えとけよ)

「いかがなされました?」

「いえ、とんでもないことでございますですハイ」

「では。少しばかり小話でも―――」


と話し始めてから、早約2時間が経っていた。その間貞子は天井を仰ぎながら(今日も長そうだなあ)とすでに心ここにあらずで隣に座っていた。


「――ということでして」

「そうだったんですか」

「それについてぜひ貞子お嬢様の御意見を頂戴したく…」

「ええ、それはとても素晴らしい事であると感じざるを得ません」

「というと良き押入れがあるということで?」

「ええ、うちにもございますよ」

「それはよかった。ではぜひ拝見してもよろしいか」

「ええ、それはもう――――ええ?」


適当な相槌を打っていると、貧乏神は突然立ち上がり部屋の押し入れを覗き始めた。しまった!と貞子は慌てて立ち上がると、半分開いた押し入れの扉を抑えた。


「こ、こ、こちらの押し入れは貧乏神様には不釣り合いかと存じますが!?」

「そうですかな?良き感じに埃も溜まっているようですが」

「いえ!これは埃ではございません!オブジェクトでございます!」


その言葉に天井裏が少し揺れた。


(嬢様!それを言うならオブジェですぞ!)

(綿埃のオブジェは何用に!?)

(あそこの掃除をサボったのはどなた!?)

(私ではありませんぞ!)

(一番にいう奴が一番怪しいんだよ!)


言い争いから小競り合いに発展したのか、だんだんと天井裏が騒がしくなってきた。貧乏神がちらりとそちらを振り向いた途端、何事もなかったかのようにその場が静まり返った。


「どなたかおられるので?」

「ああ、きっと豆狸でしょう!屋根裏で寝泊まりすることが多いもので!」

「豆狸ですか。確かこの屋敷の経理を担当されているとか」

「ええ!無駄使いはしないよう、生活費は隠しておりまして!それはそれは大きな袋を持っているもんで、随分と貯まったかと思う所存でございます!」


そう言いながら貞子は開きかけていた押し入れの扉を閉めた。そこにはなんと噂の豆狸が隠れていたのだ。大きな袋に対して随分と軽そうな財布を隠し持っている。


「ところで貧乏神様!本日は何用でいらしたので!?」


貞子が慌てた様子で話を逸らすと、貧乏神は「そうでありました」と言いながら再び座布団へと腰かけた。


「夏が始まり、さぞ妖怪屋敷は賑やかかと思いまして」

「と言いますと?」

「盆になると毎年忙しくされておられるでしょう」

「ええ、まあ。肝試しシーズンですからね。私達も稼ぎ時なもので」

「その前と言ったら財布の中身も寂しかろう」

「寂しさに甘んじて住みこもうとしてんじゃないよ」


つい本音を漏らした貞子は、最も茶葉がこされた激苦の煎茶をこれでもかと湯飲みに注いだ。


「ということでして貧乏神様。私共は夏に向けてこれはもう大忙し!怠ける暇もない程でございまして、本日はお日柄も良く妖怪屋敷には貧乏神様の住まう押し入れが用意されておりませんで…」

「そうでございましたか。では3日程経てば少しは住みやすき状態に―――」

(なるまで居座る気かよ!ただでさえジリ貧生活なのに金が出て行って仕方がねえわ!)


貞子は大き目のため息をつくと「これ小豆洗い」と声をかけた。


「手土産の用意は済んだかな」

「へい、ただいま!」

「しーーーっ!!!」


思わず天井裏から返事をしてしまった小豆洗い。3妖怪に取り囲まれ口を抑え込まれている。再び貧乏神が天井裏を振り向いた。


「やはりそこに、いらっしゃったので」


その一言に顔を見合わせる妖怪たち。


(ばれてしまいましたか!?)

(いやまだ我々全員がいることまでは見抜かれてはおりませんぞ!)

(ええい、こうなれば――)


「ぴえん」


どこかで聞き覚えのある言葉を口に出しながら、天井裏からは吐き出されたのは小豆洗い。全身を埃まみれにしているものだから、貧乏神は目を輝かせて飛びついた。


「なんとお美しいお姿かな!」

「これはこれは貧乏神様!しばらくぶりでございますね!なんとお早いご帰還で!」

(帰還さすな!)

「先日は口癖のように『金がない!金がない!』とおっしゃっていたものですから、稼ぎ時の前に今一度お邪魔しておこうかと。あわよくば我が自宅にと…」

「してんじゃねえ!こっちたら大事な稼ぎ時だわ!妖怪にも金が必要な世知辛いご時世なの!頼むから住み着くのだけは勘弁してくれい!」

「嬢様!先ほどから茶だけに飽き足らず、本音がドバドバと!」

「おや、やはり貞子お嬢様は私めが厄介者であると――」

「思ってません!全く!心の底から!」


貞子はちらりと客間の時計を確認した。時計の針は貧乏神が来てから既に6時間後をさしている。


「なんともうこんなお時間!貧乏神様とのお話が楽しくてあっという間の出来事でございました!あまり長居をされては帰りが遅くなります故、さあさ、手土産一つ、いえ一つと言わず二つ!三つ四つ!持っておかえりになって、どうぞ!!!」


貞子はえっさほいさと貧乏神を抱え込むと大急ぎで玄関へと運んで行った。小豆洗いは体中の埃をまき散らしながら台所へと舞い戻ると、戸棚の奥底にしまっておいた焼き味噌を手に戻って来た。


「こちら、つまらぬものですが」

「なんとこれは、焼き味噌ですかな。こんなにもいただいて良ろしいので?」

「もちろんでございます!これで最低でも半年は底をつくことはないかと!!!」

「いつもご丁寧に。ありがとうございました」

「こちらこそ、わざわざお招きいただきまして」

「帰り道にはお気を付けなさってくださりませ」

「ではこれにて失礼」


貞子と小豆洗いは地面に頭が付きそうな程に頭を垂れて貧乏神を見送った。その姿が見えなくなると、すぐさま玄関の扉を閉めて厳重に鍵を閉める。


「やっと帰られましたな、嬢様」

「今頃になってノコノコ現れてんじゃねえぞ」


意気揚々現れた天狗に貞子は提灯お化け並みのあっかんべーを披露している。


「それにしても6時間とは、思ったよりもあっという間の出来事」

「んな訳ねーだろ」


貞子は客間に戻ると、時計を指さした。そこでは時計の針の上でコロポックルたちが手を振っている。


「気づかれないうちに針を動かしてもらってたんだよ。あのまま居座られたらマジで家計が火の車」

「嬢様は貧乏神だけには手厳しいですな」


こうして家計を守るのも、屋敷主の大切な務めなのでございます。


「ところで豆狸や」

「へいへい」


天狗に呼ばれると、押し入れから飛び出して来た豆狸。大きな袋を背負ってへこへこ頭を下げている。


「今月は後いくら残っておる?」

「みそ汁の具がなくなる程度には残っておりますぜ!」

「何と―――」

「そりゃ貧乏神も寄ってくるわ」


貞子は大き目のため息をつく。


「こりゃ早いところ、アルバイト始めないとね」

「あれをやりますかな」

「まあ、聞くだけ聞いてみるよ」

「では早速ながら選抜メンバーを…」

「天狗さんは来ないでね」

「なぜ故に!?」

「驚かすというよりも奉られて大変だったから!」

「それに味を占めてらっしゃるご様子で」

「要らんことを言うな、豆狸!ともかく袋をしまいなさい!」


こうして休んでばかりいられない夏休みのスタート。先が思いやられる貞子は、とにかくここに住まわれることだけは阻止出来て良かったと胸をなでおろすのであった。

「ホッホッホッホ」


縁側で一部始終を眺めていたぬらりひょんは、貧乏神に飲まれぬようにと隠しておいた高級茶葉を嗜んで去って行くのである。

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