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河童と歩けば天狗に当たる

「であって、この数式を――」

(あ~あ~。めんどくせえ~)


貞子は授業を受けながら、机に置かれているノートへ何やら殴り書きをしている。教師が板書している数字の羅列を写しているのかと思いきや、そこには謎のイラストが。


(今日までに百鬼夜行のメンバー選んどかないといけないんだった。一週間前から天狗さんに口うるさく言われてたのに、すっかり忘れてたわ。えーっと、この前は確か、ケラケラ女と頬撫で連れて行ったんだっけ?頬撫ではあちこちでイケメンの顔撫でまわすし、それ見てケラケラ笑って私が不審者扱いされるし、まじで散々だった。今回はTPOをわきまえる奴にしないと…)


貞子はシャープペンをくるくる回す。その時ふと目に留まったのは、一つのポスターだった。教室の掲示板にこじんまりと貼られている、近くの神社で配られるお祭りの案内だ。夏休みに入った直後に行われえる縁日は、毎年学生で溢れかえっている。


「あ、ちょうどいい」

「何が丁度いいのかね」

「えっ!?」


ハッと我に返ると、全生徒が自分に注目しており、教師はイライラした様子でチョークをカンカン教卓にたたきつけていた。居ても立ってもいられない様子で聡子が振り返ると、教科書の隅を指さした。


(ここの問題!次アンタの番だって!)

(ええ!?よりにもよって一番難しそうなやつ…!)

(いいから適当に書いちゃいなって――)「ぶふっ!!」


なぜか思わず吹き出してしまった聡子。


「なにアンタのそれ!栗饅頭の擬人化かよ!」

「頭照ってねえわ!お皿の書き途中だわ!」

「皿に乗ってんじゃん」

「皿を乗せてんだよっ!」


「ゴホン」


「…………えっと、すみませんでしたっ」


こうしてこの日も赤っ恥をかいた貞子なのであった。


挿絵(By みてみん)


「ねえ、来週から夏休みじゃん?お祭り一緒に行こうよ!」

「ああ、その日なんだけどさ、実は、か…」

「え!?彼氏と一緒に行くのっ!?」


食い気味に聡子が言葉を重ねる。教室の後ろで勇太がずっこける音が聞こえた。


「違うよ!家族っ!」

「なーんだ。心配して損した。今時家族と夏祭りなんて、貞子って家族思いだね~」

「まーね…」


適当な返事をしながら貞子はノートの端を破り取った。



「という訳で、本日の百鬼夜行のメンバーを発表します」

「よっ!盛り上げ上手!」

「今日もかわいいよ!」

「黒髪最高!」

「井戸から這い上がってきてー!」


適当な声援を送る妖怪たち。普段屋敷の外へ自由に出ることが許されていないため、月に数回あるこのイベントがもはや修学旅行並みのお楽しみなのである。


「えー、今回の百鬼夜行ですが、前回深夜に男の顔を撫でまわしケラケラ奇声を上げる女子高生が徘徊していると通報され職質を受けてしまったため、午後7時より開始いたします」

「わーっ!人間いっぱいいるネ!」

「驚かし放題!」

「再度確認ですが、驚かしは厳禁です。日付ですが、近くの縁日とかぶっているため」

「まさか!」

「本当に!?」

「神社周囲を迂回して帰ります」

「ふざけんなー!」

「縁日行かせろー!」

「しかーーーしっ!!!!」


貞子は紙切れを空へと掲げる。


「祭りの間私のいう事を聞き、大人しくついて歩けるものだけが!この紙に記された選ばれし―――」

「「見せて見せてーー!!!」」


ひょいっと奪い取られた紙きれ。そしてそこには――


「饅頭の奇人!!!」

「違うわ!!!河童だよ河童!!!」


書き足されることのない丸いボール頭の河童。見事ご当選。


「オイラ!?オイラ行けんの!?やったーーー!!!!」

「まあ、近くの池で水浴びでもしてくれるかなと思って(別にあちこち歩くのが面倒くさいという訳ではない)」

「えー。あの池、藻がすげーから泳ぎたくねえなあ」

「キュウリ買ってやるから」

「泳ぐでやんすー♪」


キュウリで釣れる、これぞ人に愛されし有名妖怪。


「えー。河童だけ―?」

「今回は人が多いから、あまりずらずら歩くと危険なの。そういう事で」

「私が引率致す」


意気揚々と現れたのは、既に大きなリュックを背負った天狗だった。


「行きたいんだって」

「違いますぞ嬢様!これは決して、ピクニック用品ではありませんぞ!」

「ぶーぶー!」

「ずるいぞ天狗ーー!」

「えーい黙れっ!私とて行きたい!!!」


天狗はその場から散っていく妖怪たちに後ろ指を指されながら「お土産はピ〇チュウのお面でよろしいか!」と空気の読めない発言をしているのであった。



「じゃあ、しゅっぱーつ!」


日もだいぶ落ちて、屋敷から出ていく3妖怪。ドロン、と天狗は真っ赤な浴衣姿の男性に、河童は緑の浴衣姿の少年に変化した。首からは今にもはち切れそうなガマ口財布をぶら下げている。


(めっちゃ楽しみにしてる、コイツら…!)


貞子は屋敷の外につるされている提灯お化けを持ち上げた。


「じゃ、行きますか」

「行くでしかし!!」


3人が歩いていると、すでに何人ものカップルとすれ違った。その度に天狗はじろじろと相手を上から下まで嘗め回すように見ている。成人男性しかもちょっとおじさんにそんな風に見られれば、正直いい気はしないし、むしろ害悪。カップルは逃げ出すように小走りでいなくなった。


「あのさ、あんまり怪しまれるようなことしないでくれる?」

「私は別に羨ましいのではありません!ただ、嬢様はいつになればあのようにお相手を見つけ、この”父”に紹介してくれるのかと思いまして―――」

「すれ違うカップル全員目で追う”オヤジ”なんて、彼氏できたとて紹介したくねーわ」

「なんと!今初めて私のことを『お父さん』と!」

「呼んでねーよ!!!!」


そうこう言う間に、目的地に到着。神社に続く道も、屋台がずらりと並び人で溢れかえっている。


「いい?今からは人が多いから、絶対に私の傍を離れないように――」

「おっちゃん!キュウリ10本!」

「あいよ!坊主お使いかい?偉いねー!」

「坊主じゃねえよ。お皿だよ」

「言うてる傍から…」


貞子は意気揚々と戻って来た河童からキュウリの櫛を半分受け取る。


「持ってるだけ!食べちゃダメですぜ!」

「食わねーよ」


そう言いながら、貞子の足はある場所へと向かっていた。


「おお、いつ見ても立派な神社ですな。こじんまりとしていて趣がある!」

(えーっと、司くん、司くん…いたあっ!!!!)


神社の売店で売り子をしている少年。今日は神職用の袴を召していつもの倍輝いている。


「わ、私!どうしても欲しいお守りが…!」

「恋愛成就のお守りですな!」

「それに関しては否定せず!!」


貞子は天狗と河童を引き連れ、女性客で長蛇の列になっている最後尾へと並んだ。隣では嬉しそうにぼりぼりとキュウリを食べる河童。前に並んでいる浴衣の女性から「この子キュウリめっちゃ美味しそうに食べてる!」「可愛い~!」ともてはやされて、さらに気を良くしたようだ。


「随分と女性に人気のお守りとな?そんなに御利益があるとは…。おとろしもさぞ喜んでおろう!」

「ちょっと『お父さん』声がデカい」

「『お父さん』とな!!!!!!」

「こんな人混みなんだから仕方ねーだろ!黙ってイカ焼きでも食ってろ!!!」


それから数十分後。やっと貞子の番に。


「お、お疲れ様。司くん」

「あ、大江山さん。来てくれたの」

「う、うん(うわあ!制服もかっこいいけど、袴姿たまらん~~~)」

「お守り?御朱印?それともおみくじ――」

「おみくじを一つ!!!」


答えたのは天狗。


「(いや、お前が答えるんかいっ!)わ、私は…こ、この!恋愛成就のお守りをっ!」

「はい。ありがとう。1,200円頂戴いたします」

「嬢様!ここは私が――」

「…………」

「奢っていただきます!」

「奢れやバカたれ!!」


ここで言い争っていても、後に並ぶ参拝客に失礼だ。貞子は急いで財布を探す。


「ああもう!キュウリと提灯に片手を塞がれているばっかりに!」

「そちらのキュウリを持っていてしんぜよう!」

「提灯も持ってやってくれ」

「あー!オイラのキュウリー!」

「食べはせん!1本しか!」

「オイラの小遣いで買ったキュウリだぞー!」

「では買い取り致す!」

「そんなところで喧嘩すな!」


その光景を、司は微笑ましく眺めていた。


「ご家族の方?」

「え?あ、そう!お、『お父さん』と『弟』…」

「そうなんだ。仲良いんだね」


キュウリの取り合いで小競り合いをしていたため、『お父さん』の言葉には反応しなかった天狗にほっとしながら、貞子は財布から2000円取り出した。司はお札を受け取ると、おつりを手渡す。


「じゃあ、800円のおつりと――お守り」


司は貞子の差し出した手を優しく引き寄せ、その手にお守りを握らせた。その拍子に提灯が手からすり抜けた。


「あいてっ!」


明らかに地面から響いて来た声。他の女性客も静まり返り、皆が提灯に注目している。提灯お化けの舌がでろんと垂れ下がっているが、幸運にも顔は壁の方へ向いていたため人には見られていないようだ。貞子はすぐさま提灯を拾い上げると、その場でピョンピョン飛び跳ね始めた。


「いたっ!いたたたーー!!足ぶつけちゃったー!」

「………」

「ごめんね騒がしくって!じゃ、じゃあまた学校でね!」

「うん」


貞子は逃げるようにその列から離れる。そして人目を気にしながら「ごめーん」と提灯に謝罪を入れた。


「何すんだよ!穴開いちまったらちゃんと治療費くれんだろーな!」

「だからごめんって。つい見とれちゃってさ」


その後ろでいそいそとおみくじを開封する天狗。


「おお!おみくじは吉ですな!」

「サラサラの髪にエメラルドグリーンの目」

「あれが『嬢様』のお目当ての男性ですな?」

「真っ白な肌に甘いささやき…」

「おみくじでは…『恋愛』!ちょっと待ちなさい!」

「手握られちゃったよ…今日はもうお風呂入れない…」

「『縁談』!目上の人の意見に任せなさい!」

「よし、今日は目的達成!このまま神社の裏周ってひと泳ぎでも…」

「どうも!うちの貞子がお世話になっておりまして――」

「ちょっと待ちなさい!!!」


司に言い寄ろうとしている天狗を急いで制する貞子。


「何をなさりますか!目上の人とは私のことに決まっております!故に!私が彼を見定め――」

「せんでいいっ!上から下まで嘗め回すように見んでいいっ!!てかそれお前の運勢な!?」


こうして大慌てでその場から去って行く貞子たち。それを見送る司。


(ご家族も、あの()()も…本当、面白い人達―――)



その後、縁日も終わり人数もまばらになったところで、泳ぎ疲れた河童を背負って帰宅する貞子。


「あー。ぬめぬめする」

「今日はとても楽しかった!」

「そのお面どーすんの?我が家をマサラタウンにするつもりな訳?」

「マサラタウンに野生のポケモンは出ませんぞ」

「全部私の手持ちだわ。モンスターボールに入れっぞちくしょー」


すやすやと寝息を立てる河童。その背中ではキュウリに埋め尽くされる夢を見て、ご満悦のご様子。


「ま、たまにはいいかな」

「藻にまみれることが?」

「絶対これ風呂入らないとじゃん。手洗わないとじゃん。垢嘗めお風呂掃除してくれてっかな」


普通の縁日も、一筋縄ではいかないのが貞子の日常。だが、それもまた一興なり。


「そういえば、待ち人は『来る』と…」

「待ち人?うわ、嫌な予感…」


貞子は足取り重く、妖怪屋敷へと帰って行ったのだった。

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