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目一つ万事塞翁が蟹

「なんですかこの点数はっ!!!」

「ひええっ!!!ごめんってばあ~~~」


家に帰るや否や、目一つ坊に怒鳴られている貞子。今日は期末試験後初めての授業で、見事に赤点を取って帰ってきたのだった。正座をさせられている横の机には、数枚の答案用紙が転がっていた。


「やれやれ。だからあれほど一夜漬けは良くないと言ったでしょう」

「だってさあ~、勉強しようと思った日に百鬼夜行があってさ~」

「それより前から勉強していたらよろしい!!」

「ごもっとも!!!」


これ以上何を言っても無駄なので、大人しく目一つ坊の話を聞くことにした。


「いいですか。嬢様はこの一家を担う高貴な存在でなければなりません。我々妖怪がこの地に住まうのは、貴方様のご先祖様が我々が住みやすきよう居場所を残してくださったからであって」

(うわ~…これ話し出すと長げえんだよな~)

「そんな立派で素晴らしきご先祖様がいらっしゃるというのに、はあ!なんですかこのありさまは!嬢様はこの地を守っていくにあたり、人間界でうまく溶け込み人間にバレぬよう暮らしていく使命があるのですよ!」

(へいへい)

「妖術の力も弱まりつつある今、嬢様が出来ることと言えば!いかに人間らしく振舞い、人間とのコミュニティーを展開し、我々の居場所をですな」

(あ~。今日の晩飯なんだろ~)

「であって、嬢様にはしっかりと勉学にも励んでいただきたく」

「あーもー、分かったって。それで、どうしたら許していただけるのでしょうか」


それを聞くと、目一つ坊は一つ目をにっこりと細めて笑った。


「あちらに家庭教師を用意しております故」

「へ?」


貞子が振り返ると、そこには蟹頭の僧侶が立っていた。


「うげっ!蟹坊主!!!」

「これはこれは、お久しぶりでございます、貞子お嬢様。さてさて、さっそくですが一つ問題でも」

「いや!ここでは何だし私の部屋に行きましょ!?その方が集中できますからっ!!」

「そうですか。ではでは参りましょうか」


貞子はそそくさと部屋から出ると、蟹坊主を連れて自室へ戻る。その間も後ろについてくる蟹坊主は「そう言えばこの前このような話を聞きまして」から始まり、「そこでは女郎蜘蛛が男をはべらかしておりましてな」と続き、「では、蜘蛛が飲むと酔っ払う飲み物はこれ如何に」と聞いて来た。


「知ってるよ。コーヒーでしょ」

「おお!これはご名答っ!!では続きましては」

「続かんでいいっ!!」


やっと部屋にたどり着いた貞子は、机の上に散らばっていた漫画を片腕で端に寄せる。机の3分の2は漫画に占拠されている状態であるが、特に気にする様子もなく開いているスペースに教科書を置いた。


「じゃあ今日は気分が乗りませんので、現代文の小説でも音読しましょうかに~」

「ほうほう、小説とな。小説で言えば夏目漱石が有名ですがな」

「それでは蟹工船でもいかがかに~」

「子泣きジジイと砂かけババアは爺と婆故、対に考えられがちですがな、その存在は実に対照的。かたや砂をかける迷惑ババア、かと思いきやもう片方はただただ甘えたいジジイ面の赤ん坊なもんで、男と女、老人と赤子、迷惑を被る者と被られる者」

「いや両方被る側なのよ。何ジジイだけ被害者ぶってんの」

「女とジジイと言えばこんな冒頭がありましてな。うとうととして目がさめると女はいつのまにか、隣のじいさんと話を始めている、とな。有名な小説これ如何に」

「夏目漱石の三四郎だよ。前半関係ねーじゃねーか」

「妖怪にケラケラ女がおりますが、実在する笑っているような名前の動物これ如何に」

「クスクスだよ、オーストラリアにいるやつだよ」

「両足八足大足二足、横行自在にして、眼は天を差す。これ如何に」

「蟹だよ蟹!雑学じゃなくて勉強教えろや!」


あれこれ言いながらも、仕方なく勉強を教え始める蟹坊主。頭脳博識な分、人間の学問も詳しいらしい。それから約3時間みっちりと勉学に励んだ貞子は、頭を抱えながら机に突伏した。


「あ~。頭痛い~。もう考えられない~~」

「ではでは、本日はこのへんで」

「いやもう明日いいよ、そこらへんで蟹でも食ってろ」

「共食いはしない質でして」

「てか蟹坊主って坊さん食ってた妖怪でしょ?ついでにうちの目一つ坊の口塞いでくんね?最近うるさくて敵わんのよ」

「あれは坊主に見せかけた小僧ですかに」

「その小僧にとやかく言われてるから腹立ってんだよ」


その時部屋に声をかける人物。貞子はびくっと肩を震わせた。


「嬢様。お食事の用意が出来ました」


にょろっと襖の間から首を出したのはろくろ首。貞子が「すぐ行くよ」と声をかけると、ろくろ首は首を引っ込めて襖を閉じた。


「お食事ーーー!!!」


襖の向こうからけたたましい声が響いてきた。貞子はぼんやりと天井を見上げながらニヤリと笑う。


「ねえ、蟹坊主。ご飯食べて行きなよ」

「何ゆえに?」

「いいもの見せてあげるからさあ」


貞子はそう言うと「目一つ坊、嫌いなものはこれ如何に」と呟きながら部屋を後にした。


「これはひと悶着おきそうですな」




「なんじゃこりゃあああああ!!!!!!!!!!!!!!」


妖怪屋敷にこだまする、目一つ坊の雄たけび。その声を聞きつけて大慌てでやって来たのは天狗だった。


「何事!!!」

「誰だワシの豆腐を大豆に替えたんは!!小豆洗いを呼べえええええ!!!!」

「へい、何かご用で?」

「貴様あ!ワシが大豆嫌いを知っての計らいかあ!!!!」

「あれ、おかしいですな。目一つ坊さんの御前にはお豆腐を確かに…」


ちらっと小豆荒いが視線を移すと、その先では美味しそうに冷ややっこをつつく貞子の姿。


「あ~。やっぱ夏と言えば冷ややっこだよね~」

「嬢様っ!!!!」

「嬢様!あなたの仕業ですなあ~~~っ!!!!」

「禍福は糾える縄の如し、いや良いこともありますなあ」


今にも飛び掛かりそうな目一つ坊を必死に抑えている天狗。


「嬢様――!!今日という今日はぜっっったいに許しませんぞ!!!!」

「まあまあ!嬢様も最近色々とストレスをためておられるので!」

「そのはけ口がなぜワシに!」

「口煩いからでは!」

「ハッキリ言うな!自慢の鼻へし折ってやろうか!」

「大豆も美味いですぞ!大豆は畑の肉ですな!」

「だからって好きになれねーわ!豆は豆だろーが豆腐出せコラア!」

「豆腐も大豆から出来てるでしょーが!根源は一緒だからあ!」

「全然違うわ!ケチャップ好きな奴がトマト食えないのと一緒なんだよ!」


荒れ狂う目一つ坊とそれを抑え込む天狗と小豆洗い、その様子を見て笑い転げるケラケラ女。蟹坊主は味噌汁をすすりながら横目で貞子に目配せした。


「貞子お嬢様、少しやりすぎでは?」

「たまにはいいんだよ、たまには。いっつも堅苦しいフリしてっからさ。時には小僧に戻してあげましょ」

「おや、この味噌汁蟹が入っておる」

「うまいカニ」




翌日。


「いや、昨日は実に取り乱してしまい申し訳なかった」

「いやいや、嬢様のイタズラが過ぎましたな。あまり落ち込まず」


天狗に頭を垂れてしょげている目一つ坊。天狗は腕を組みながら頷いている。


「きっと、嬢様も目一つ坊のことを案じてのことでしょう。最近あれこれ考えすぎて、眉間にしわが寄っております故、肩の力を抜いてほしかったのかもしれません」


そんな天狗の話を通りがかりに小耳にはさむ貞子。


(ただのイタズラだよ~ん)


目一つ坊は、ぐっとこぶしを握りしめた。その瞳にはうっすら涙が浮かんでいる。


「そうでしたか。嬢様は私のことを案じて…。では…しばし休戦…。私も今宵ばかりは…イタズラ坊に」

「え、いや、そういう意味じゃなくてね?」


天狗が止める前に、目一つ坊は既に姿を消していた。


「これは参った。三吉鬼に声をかけておくか」




「んじゃ、行ってきまーす」


貞子が学校に行こうと靴を履いて歩き出そうとした瞬間、靴は動かずそのまま前のめりにすっ転んだ。見事に玄関におでこをぶつける貞子。玄関のガラスにビシビシとひびが入った。


「痛てえっ!」


パリン、と割れたガラス窓の隙間から、ぎょろっと一つ目が顔をのぞかせた。


「べろべろばあ~~」

「うげええっ!!!」


御下劣な雄たけびを上げながら、今度は反りかえる貞子。


「なにすんだコラア!!」

「驚いておる、驚いておる!ガハハハッ」


貞子は傘立てから傘お化けを引き抜くと、その窓ガラスに向かって振り上げた。


「蹴り飛ばせ傘化けーー!!!」

「アイアイサ~~~!!」


玄関の扉はその枠ごと庭に吹っ飛んだ。だがすでに目一つ坊はそこにはおらず、貞子の後ろの廊下で尻を出して横に振っている。


「こっちだよ~~~ん」

「この一つ目小僧があ~~!!!」

「こっちまでおいでえ~~~お尻ぺんぺん」

「待てコラあああ!!!傘化け蹴り飛ばせえーー!!!」

「アイアイサ~~~!!」


ぼこすか音を立てながら襖と天井に穴をあけ、階段を踏みつぶし、ドタドタと家中を走り回る二人と傘。それをただ立ち尽くしてみている天狗は、頭を抱えて頸を横に振った。


「ああ…積み重ねてきた目一つ坊の威厳が…。たまにこうなるのが困りもんですな」


「ほら大豆!大豆だよ~~ん!」

「嬢様、それ今日の夕飯に出す小豆ですがな」

「小豆は怖くないもんね~~~」

「大豆はこっち」

「いらんこと教えるなテメーは小豆でも洗ってろ!!!」

「んだと食事係なめんな!お前のおはぎを豆大福にしてやろうか!」


今日も今日とて、妖怪屋敷はとても賑やか。

そうです。立派に見える大人も、たまには子どもに戻りたくなるものなのです。


なんてカニ。

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