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能ある貞子は爪を隠す

 この世界には確実に存在している。


 現代社会において目撃件数が著しく低いのは、人間が我々を見る能力を失いかけているからである。作り話だ、つまらん都市伝説だと言ったのはどこのどいつだろう。自分が見えないのを良いことに、勝手な理由付けをしてもらっては困る。


 だがかくいう私たちも、我々を信じている人間からも距離を置き生活をしてきた。いや、せざるを得なくなってしまった。この世界に我々の暮す場所はない。森も、川も、湖も、はたまた海でえ、人間たちの手が加わり行き場を失ってしまった。姿を見せれば怖がり、追い払い、勝手に神だと信仰し、勝手に塚など立てやがる。おとなしく引き下がればその恩もひと時ばかりのもので、すぐに忘れて同じことを繰り返すのだ。


 ああ、なんと醜い。なんと悲しき生き物よ。


「人間というものは」

「またやってる」


 居間の中心で一人演説を決め込んでいたのは、長い鼻が特徴的な顔の赤い妖怪『天狗』であった。それを寝起きのひん曲がった髪の毛で見つめる少女、名を大江山 貞子(おおえやま さだこ)


「あのさ、毎朝毎朝、その長ったらしい演説辞めない?天狗さんがそう言ったって、私も人間とのハーフなんですからね」

「お父さんと呼びなさいと言ったでしょう!」

「嫌だよ気色悪い」


貞子はそう言うと大あくびをしながら廊下を歩いて行った。興味の欠片もなく切り捨てられた天狗は、思わず飛びあがりその後姿を追いかける。


「いいですか嬢様!嬢様はこの館の主なのですよ!そんなみだらではしたない恰好を見られでもしたら!我々も赤面!あ~~恥ずかしいことこの上ないっ!!」

「元々顔は赤いでしょ~」


貞子はトイレの前で一枚の赤紙を取ると、さっさとトイレに入って行ってしまった。


「あ!まだ話は終わっていませんよ!!」

「んー、分かったって。レディがお花積んでんのにいつまでもそこに立ってないでよ、エッチ」

「ぐぬぬ!それは失礼致した!」


女の子にそう言われては致し方ない。天狗は慌ててトイレに背を向けると、来た廊下を駆け足で引き返していくのであった。


 しばらくしてトイレから出て来た貞子。


「ああ、眠い。昨日ちょっと夜更かししすぎたかな。おはよー。ご飯まだ~?」


パジャマの裾を引きずりながら台所に入ると、そこでは一人の女性がせっせと弁当を拵えていた。


「あらお嬢様、お目覚めになったんですか。今日も素敵な髪型ですよ、オホホ」

「セットする前だよ失礼な」

「これはこれは。今日は山姥スタイルなのかと思いまして、オホホ」


机の上には目玉焼きとウインナー、小倉トーストと言った実に人間らしい食事が置かれていた。


「おっ!ラッキー!今日パンじゃん!いっただきま~~~~す!!!」


貞子は両手を合わせ廊下に響き渡る声で叫ぶと、早々にフォークをウインナーに突き刺した。


「どれどれ…う~~~ん!美味しい~~っ!!!今日のご飯も最高~~っ!!」

「それはそれは。後で食事係に伝えておきますわ、オホホ。私の作ったお弁当も、気に入ってくれると嬉しいのだけれど」


女はそう言いながら弁当の蓋を閉め、丁寧にきんちゃく袋の中に収める。


「うん、いつも美味しいよ。二口女が作ってくれたお弁当も。あ、いけない。ゆっくり食べてたら遅刻する!!」


貞子はパンを口の中にパンパンに詰めて咄嗟に立ち上がった。


「ごひほうはま~~!!」


 そしてそのまま台所から出て行こうとするのだが、行く手を何者かに阻まれる。貞子が顔をあげると、そこには一つ目の僧侶。大きな目玉がじろりと彼女を見下ろしていた。


「嬢様」

「むうっ!!!はにほ(なによ)~~~っ!!!」

「これはいけませんな。お口に食べ物が残っておりますぞ」

「(うげえっ!面倒なのに見つかった…!)ん~!!ゴクン。はい、ちゃんと飲み込んだよ!」

「お皿のお片付けもまだですな」

「あー、もう分かったって!!」


貞子はしぶしぶ元いた位置へと戻り、机の上に置かれたままの食器をを流し台へと持って行った。


「美味しかったです!ありがとうございました!」

「よろしいです。強いて言えば、こちらが言う前に自分から言われたことを守っていれば、こんな小言をいつまでも言われることもないのですが。そもそも嬢様はいつまで経っても―――」


目一つ坊は目を閉じたままあれこれ説教を垂れている。その横をそろりそろりと歩く少女。目一つ坊が目を開けた時には、案の定そこに貞子の姿はなかった。


「嬢様!?」

「もう出ていかれましたよ、オホホ」


そう言って弁当蓋を開けた女が笑った。目一つ坊は首を曲げながら、その弁当箱を目に止める。


「おや。嬢様、お弁当を忘れておりますな」

「いいえ、これは私の❤」


女はにこーっと笑うと、その弁当に頬ずりしている。そしてくるりと向きを変えると、後頭部に現れた口でバクバクと食べ始めたのだ。


『二口女』後頭部にもう一つの口を隠し持つ女性の姿をした妖怪である。この家のお弁当係。


 その頃当の本人は洗面台にいた。歯を磨きながら顔を洗い、手櫛で髪を整えている最中だ。


「あー!もう髪適当でいいや!一つにくくってたら寝ぐせも分からんでしょ!」


真っ黒で長い髪を無理やりまとめ上げると、廊下に向かって再び大声をあげた。


「天邪鬼!鞄~~!!!」


貞子が制服に袖を通していると、扉の隙間からひょこっと顔を出したのは小柄な鬼だ。


「玄関においといたぜ~~!!」

「廊下の端ね!了解!」

「今日雨だから、傘持って行った方がいいぜ~~!!」

「お天気良好!日焼け止めバッチリよ!」

「今日の髪型可愛い~!良く似合ってるぜ~~~!!」

「それは一言余計っ!!」


貞子は廊下の端に置かれている鞄を取ると、ダッシュで廊下を走り抜けて玄関へ向かう。


『天邪鬼』人の心を察して揶揄うことが大好きな妖怪。この家では貞子の言う事の真逆をやって楽しんでいるご様子。


「廊下は静かに―――」

「行ってきますっ!!!!」


目一つ坊の小言は、どたどたという足音にかき消されてしまった。


「行ってらっしゃい、嬢様…」


『目一つ坊』通称一つ目小僧と呼ばれる妖怪。貞子の躾け役。僧侶の格好をしているのはレアケースともいわれるが、この家では意味あってこの格好をしているらしいが…。


「間に合うかなー…」


 貞子はカツカツとローファーの音を立てて玄関を飛び出した。


「いってらっしゃい」


門を出たあたりで誰もいないところから声をかけられる。


「行ってきます」


貞子は門にかけられている提灯に丁寧に挨拶を返し、鞄を片手に猛ダッシュ。その風に煽られた提灯から舌がでろんと飛び出したのだが、それに気が付く者は誰一人としていなかった。


 さてさて、こちらは全力疾走中の女子高生。こんなところで女の子走りなんてしてられない。元陸上部の貞子!ここは5秒台の本気を見せつける時だ。


「どりゃあ~~~!!!!」


彼女の本気の雄たけびは静かなる日本家屋にも、もちろん行き届いている訳で。


「お下品な声…」

「やれやれですな」


玄関の前で頭を抱えている、天狗と目一つ坊なのであった。



キーンコーンカーンコーン


「よっしゃ!間に合った!!!!」


 チャイムと同時に教室に飛び込んだ貞子。ハアハアと息を切らしながら自分の席に着く。


「貞子、また遅刻ー?」

「またって何よ、遅刻してないでしょ!ギリギリセーフ!無遅刻無欠席!皆勤賞狙ってるんだから!」


 貞子が親指を立てて笑っていると、前の席の少女はケタケタと笑い声をあげた。席替えがきっかけで仲良くなった友達・聡子(さとこ)である。今日もおかっぱ頭の黒髪がキュート。


「にしても、今日の髪型ひっどいよ~~?後で鏡見て来た方がいいって」

「なんでよ、ちゃんと櫛でとかしたって!(手櫛だけど…)」

「ん~…なんていうかね…そうね……。うん、言いにくいけど…」

「お化けみてーー!!!ぎゃはっ!ぎゃはっ!」


そう言って変な声を上げて笑うのは、貞子を日々馬鹿にしてくる同級生の男子・勇太(ゆうた)だ。


「長い黒髪にボサボサの頭!今にもテレビから飛び出して来そうって感じ!ぎゃは!」

「お化けで何が悪いっての?お前ん家に産女姉さん派遣してやろうか?」

「なにそれ貞子のお化け友達~?」

「同居人!」


あれこれ言い合っていたが、担任が教室に入って来たので話はそこまでとなった。冷静になって考えてみれば産女姉さんってどんな同居人だよ!とツッコみたくなるところ、誰も興味を示さないのもまたこの時代を色濃く表現していると言ったところか…。


 HRが終わると、貞子はさっそく席を立つ。


「あれ~?どこ行くの~?」


軽い口ぶりで聡子が振り返った。貞子はわざと彼女に向かって黒髪を振りかざす。


「トイレよ、トイレ!いつまでもお化けだって笑われるの気に食わないしっ!髪の毛直してくる!」


そう言うと足早に教室を出て女子トイレを目指す。その時隣の教室の扉が開いて、ある人物が廊下に出て来た。思わずその場に足を止める貞子。


(うきゃあ~~っ!司くんだ~~!!今日もかっこいい~~!!!)


そこには高校生二年生にしては背の高い少年が一人。色素の薄い髪色をなびかせている。少年はくるりと貞子の方を振り返ると、にこりと目を細め笑いかけた。


「あ、大江山さん。おはよう」

「お、おはよう…」


少し頬を赤く染めながら、手足をくねくねさせて返事をする貞子。そう、この少年・鬼頭 司(きとう つかさ)はこの学校で最もモテていると言っても過言ではない、超絶美少年なのだ。そしてこの少年と貞子が出会ったのは、昨年の体育祭…の話はまた今度にして、とにかく顔見知りになって話をする仲だ。


「きょ、今日も、その~~。て、天気いいねっ!」


だからどうした、という会話の内容だが、司は笑顔のまま大きく頷いてみせた。


「そうだね。お日様が気持ちいいな。こういう日はお散歩にでも行きたい気分だよ」

「(趣味可愛いかよ!!)そ、そうね!お散歩…楽しいよね!」


貞子はもじもじしながら、はねた髪の毛を指先でなぞって見せた。すると司はそれに気づいたようで何度か瞬きを繰り返す。


「今日の髪型…」

「え!?あ!い、いや!そのっ!」


寝ぐせをごまかすつもりで髪をいじっていたのだが、逆にそれが彼の気を引いてしまったらしい。貞子はぶんぶんと首を振り回して弁解する。


「ち、違うのっ!登校中にさ!大型トラックと正面衝突しちゃって!それでせっかくセットした髪の毛が乱れちゃっただけなのよ!別に寝坊したわけじゃないからね!」


怪我一つない強靭な女子高生にぶつけられた大型トラックはなんと不運なことだろう。だが司はそれを否定せずに、微笑んだまま答えた。


「今日も綺麗な黒髪だねって言おうと思ったんだ」


恥ずかしさと照れ隠しで今にも顔から火が出かけている貞子。何とかその熱を抑えつつ、言葉を紡ぐ。


「…つ、司くんだけだよ…私の髪の毛誉めてくれるの…。随分と伸びちゃったし…。切っちゃおうかなって思ってたところで…」

「え!勿体ない!僕は好きだよ。ホラ、僕クォーターだからさ。地毛でこの髪色。ないものねだりって言うんだろうけど、僕もそんな黒髪に生まれてみたかったな」

「そ、そう!?それなら、もう少し伸ばしてみようかなーなんて…」

「うん。良いと思う」


貞子が頭をかいていると、次の授業のチャイムが二人だけの空間を切り裂いた。


「げっ!次移動教室だった!」

「呼び止めちゃってごめんね」

「ううん!お話できてよかった!じゃあ、またね!」

「うん、また」


大きく手を振り教室に舞い戻っていく貞子を見送りながら、司は小さく手を振った。


(相変わらず―――面白い子。大江山、貞子ちゃん)



「相変わらずバカね~、アンタ」

「ウルサイな。いいですねー、聡子さんは頭脳明晰で」


 司と別れて次の授業。彼の美しさにあてられた貞子がぼんやりと空中を眺めていると、見事に先生に目を付けられてしまった。激ムズ問題を当てられた挙句、こっぴどく赤っ恥をかいた貞子。恥ずかしさのあまり、机に伏せた顔があげられない。

 これでは本当に、テレビから出て来た幽霊状態。その荒れ狂った髪の毛を、聡子はそっと持ち上げる。


「この頭、直してくるって言ってなかったー?」

「そのつもりだったんだけど…色々とありまして…」

「そうだ。ショートにしてみたら?きっと黒髪のロングヘアーだからお化けみたいって言われるのよ」

「いや。切らないって決めたの。今日決めたの」

「なんでよりにもよって今日決めるのよ」

「いいじゃんもう、どうだって……!」


自暴自棄になりかけている貞子の頭を、聡子はよしよしと優しく撫でた。


「そんな落ち込まないの。勉強が苦手でも、お化けみたいってからかわれても。貞子にはもっといい所いっぱいあるでしょ~?」

「例えば?」

「足が速いとか」

「小学生の張り合いでしか通用しねーよ」

「んー、割と可愛い」

「割とってなんだ、割とって!」


思わず顔を持ち上げる貞子。そのおでこには綺麗な丸い痕がくっきりと残っていた。その顔を見て聡子はお腹を抱えて笑いだす。


「アハハ!そうそう!そうやって元気印がアンタのとりえだよ!」


ひとしきり笑った後、聡子はうっすら浮かんだ涙をぬぐう。そして真面目な顔をして貞子と向き合った。


「あのね。貞子にはきっと、私たちにも出来ないようなすごいことが出来ちゃう。そんな力があると思うの」

「…どうして?」

「だってアンタ…面白いもん。―――お笑い芸人目指してみたら?」

「そーいう話かいっ」


貞子は椅子に深くもたれかかり、大きく天井を仰ぎ見る。


(誰にもできないすごいこと、かあ……)



「おかえりなさい、嬢様。今日の学校はどうでした?」

「うん、まあ…楽しかったよ」

「それは良かった。お風呂にします?それともお食事?」

「ご飯にしようかな」

「はいはい」


ろくろ首はにょろっと首を廊下へと伸ばした。


「お食事ー!!」

「へーーい」


遠くからしゃがれ声が返って来る。


そう、私は『妖怪』と暮らしている。


それは誰にもできない、私だけのこと。

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