chapter 2 森の主
グレンリテル島へ渡る唯一の定期船が出ているフレンチェス王国領へ入ったスルト達はファズの森、別名『咆哮の森』の真っ只中にいた。
「薄気味悪い森ね」
「そりゃそうだろうさ。村で聞いた話じゃ魔者がいるってんだ、薄気味も悪くなるだろ」
「でもこの感じじゃ、一体や二体じゃないと思う」
「まぁ入ったら帰って来れないって言ってたからな、逃げることが出来ないんだろ」
「だったら! なんでこんなとこ通るのよ!」
「近いからに決まってんだろ。遠回りするには山越えしなきゃなんねぇんだし」
「それでも安全な方がマシでしょ」
「山越えだって安全とは限らねぇよ。隣国が攻めないのがその証拠さ」
「戦争を仕掛ける気があるならの話でしょ。そうとは限らないんだから」
「……いや、あの国は戦争を仕掛ける気ではあるな。ただ、今は打つ手がないってだけだ」
「ホントかしらね」
「本当さ。信じなきゃそれでも構わないがな」
リリアはスルトの腕にしがみつきながら辺りを見回しながら歩くも、スルトの方は至って平然と森の一本道を進んで行く。薄気味悪さもさることながら、これだけ進んでも魔者に出会わないことにスルトは違和感を感じると共に、異様さも感じていた。
「きゃっ!!」
「なんだ? どうした急に」
「あ、あれ」
リリアの示した方に沢山の白い棒状の物と丸い物が落ちていた。
「んん~?」
なんだか理解出来ないスルトは道を少し反れ茂みの中へ入って行った。
「あぁん? なんだ、ただの骨じゃねぇか」
「ただの骨って、人の骨でしょ! それ」
「まぁ、そうだろうな。見る限り何人もの骨だわな」
「なんで驚かないのよ!」
「驚くこともないだろうに。入って出て来れないってことは、森で襲われてそのままなんだろうから」
「だからって!」
「だからも何もねぇよ。そのくらい予想しとけっての。
そんなんだからお前は……」
スルトが何かを感じ、一瞬の内にリリアの前に立ちはだかった。
「ど、どうしたの?」
「居るな。魔者の匂いってやつだ。それも一体や二体じゃねぇ」
リリアの背を木に押し付け二歩ほど前に出ると、背中の剣に手を伸ばしスルリと剣身を顕にした。それと同じくして足音が明確に鳴り、スルト達を取り囲むように魔者が姿を現した。
「こいつぁまぁ」
「な、何よこいつら」
「小邪鬼に食人鬼に、それと醜悪魔。なんでもありかよ」
「ど、どーすんのよ、囲まれちゃってるわよ」
「んなこたぁわかってる。囲んでる割には襲って来ないのがおかしいと思わないか?」
「思わない!!」
「あー、そーかい。こいつらは知能が低い。言語を理解する程度の動物だと思っていい」
「動物? 動物ってもっと可愛いわよ!」
「そういうことじゃねぇっての。簡単に言えば、こいつらを従えてる統率者がいる。だから囲んでも襲っては来ないってことさ」
「ご名答。貴方、やけに魔属に詳しいのね」
拍手をしながら取り囲む魔者の後ろから颯爽と出てきた女性は、肌の露出が高い漆黒の革で作られた服を身に纏っているものの、瞳は獣のように縦細く長い黒髪が肩付近から銀色になっていた。
「そいつはどうも。そういうあんたも魔者とみたが?」
「鼻が効くのかしら、それとも観察眼に優れているのかしら。人間は皆、私を見て命乞いをするというのに」
「そんな奴らと同じにされても困るがな」
「ああん、そんなんじゃ私の楽しみがなくなっちゃうわ。こいつらに喰われ、息絶え絶えのところで私に命乞いするときの人間って堪らないのに」
「それがあんたの趣味か?」
「そ。ここを通る人間は好きにしていいって契約してるから、私の好きにさせてもらってるの。
知ってるかしら? 人間が死ぬ寸前に見る夢のこと」
「死ぬ寸前に見る夢? 走馬灯か?」
「その人が今まで体験したことや願望を夢で見るのよ。その夢の最後に私が現れて絶望して喰われるの。
もう、その夢が美味しくって。うふふ」
「ただの下衆か? いや、魔者じゃあ当たり前か。
……お前、女夢魔だな」
「あら、私達のことも知ってるのね」
「魔人のことは色々調べたんでな。
まさか、そんな淫らな格好をしてるとは思っていなかったが」
「あら、淫らとは失礼ね。美しいと言って欲しいのだけど。
でもね、こうして配下を従えるにはピッタリでしょ?」
女夢魔は腰に巻かれていた一本鞭を顔の前で少し伸ばすと舌舐めずりをし、うっとりとした表情を浮かべた。
「オレにとっちゃぁ趣味が悪いが。好きなヤツには美しいと思うのかね」
「スルト、そんなのとお喋りしてないで何とかしなさいよ!」
「んなこと言われてもな。
どうだい? オレらを食ったところで命乞いなんてしないんだ、引き下がって次を待ったらイイんじゃねぇか?」
「引き下がる? 久々の人間なのに? それに命乞いをしなくても夢だけは美味しく頂けるのよ、勿体ないじゃない」
「だそうだ、リリア」
「……くそババア」
「はふぅん、そんな強がりがへりくだる姿も最高なのよっ。今までと違った美味を体験出来そう。
こんなに興味をそそられてはもう待てないわ。そろそろお食事としましょうかしら?
行きなさい、僕達!」
一本鞭を地面に叩き付けると空を切る鋭い音と地面が抉れるほどの威力に、魔者共は体を震わせ一歩一歩と唸り声と共に距離を近づけて来るのだった。




