chapter 29 魔人将
狭く薄暗い通路の中、スルトと魔人は牽制とばかりにジリジリと動いては止めてを繰り返していた。
「お互いに不得手な場所のようだな」
「どうやらそのようね。でも、私は楽しくってよ」
「あんたらから見たら動物狩りと同じ様なもんだからな、そりゃ楽しいだろうよ。
だがな、そうそう簡単には行かないと思うぜ?」
「たかだか大鼠二匹が魔人である私に牙を剥くって?」
と、同時に大鎌がスルトの脇腹を目掛け伸びてきたが、それを寸でのところでサキの鞭が絡みスルトの体には届かなかった。
「サキ!」
「くっ! たかが女夢魔の分際で邪魔を」
「私はご主人様に仕えると契約したのです。いくら美蛇鎌であろうと」
「生意気言っちゃって。私の支配力を舐めるんじゃないわよ」
「ぐぅぅ――!」
美蛇鎌の瞳が赤く瞬くとサキは苦悶の表情を浮かべ、鞭を伸ばした腕が震え出す。
「はぁぁぁっ!!」
スルトは素早く剣を振り下ろす。
「その程度!」
「いいや、こっちが本命! なのさ」
半身になり剣を避けたところで、スルトは右手で振り下ろす途中の剣を左の逆手に持ち替えると、そのまま美蛇鎌の腕に突き刺し壁に激突した。
「ぎゃあああ!!!」
「このままじゃ終わらねぇよ!」
「ぐぎゃあああ!!」
腕に突き刺した剣は鎌を持つ手の方向へと滑り、無理矢理に腕を二つに引き裂いた。
「大丈夫か、サキ」
「あ、あぁ、ありがとうございます」
「いや、礼を言うのはオレの方だ。隙を作ってくれたのだからな」
「ぐううう、なんて剣なのさ……」
「魔術ばかりには頼れないんでな。それなりの業物なんだが、魔人将すらも傷を付けられるとは思ってもいなかったさ」
「ただの鉄塊では傷一つ付けられないことも承知だったわけね……」
「未だ魔の者が彷徨く世界だ。より強力な物を身に着けて損はないだろうさ。
さぁ、まだ殺るか?」
「この程度の傷、どうってことはないわ。」
片膝を付き裂かれた腕を庇いながらも笑みを浮かべる魔人に、スルトは背筋に汗を流した。
「鎌も持たないあんたに何か出来るとは思えないが?」
「あらあら、大鎌だけが武器じゃ魔人将としては失格とは思わなくって?」
「確かにな、それで魔人を従わせるには物足りないとは思うが。
だが――」
スルトも負けじと弱みを見せることなく、剣先を向けてみせる。
「貴方もそれだけじゃないってことなのね。
だったら――」
美蛇鎌は引き裂かれた腕をスルトに振るうと大量の血しぶきが舞い、それは瞬時に蛇へと姿を変えてみせた。だが、スルトはそれに構うことなく刃を首に目掛け薙ぎ払った。
「何故?」
「そのまま首を斬らないことか?」
「今でも私の想い一つでその蛇達は貴方に噛み付いて、瞬時に息を止めるわよ」
「だが、あんたはそれをしていない。
それに、想う前に首は無くなっていると思うが」
「そうかしら? と言いたいところだけど。
貴方を狩ることが目的ではないから」
「そうだろうさ。オレにも目的は別にあるからな、あんたの命を今は欲しいワケじゃない」
「お人形の首だけで良いってことなのね」
「ああ、約束と誓いがあるからな」
「それならもう私の負けよ。
でも、生かしておいて大丈夫なのかしら? また遊びに現れるかもよ」
「その時はその時さ。傍にはサキもいるし、シャーリーもいる。いつだって簡単には行かないと思っておくべきだな」
「どうやら、そのようね。貴女は良い人間を見つけたわ。
さあ、私の腕にお戻り」
スルトに絡み付いていた蛇は号令と共に美蛇鎌の腕に巻き付くと、割かれていた腕を繋ぎ合わせその腕を再生させる。
それを見ていたスルトは、一歩踏み出さなければ立場が逆転していたことを思い知らされ、魔人の恐ろしさを改めて身に染みていた。
「では、通らせてもらうぞ」
「どうぞ、ご自由に。ただ、気をつけることよ」
「何がだ? あんたより上の魔人王でもいると?」
「そうではないけど。お人形の首を取っても終わりではないってことよ」
「そうか? それで終わりだと思うがな」
「ふふふ、気をつけていってらっしゃいな。
またね」
美蛇鎌の言葉を背に受け、静かになった通路を進む。言葉の意味は分からないが、とにかく王を討ち取らなければ何も始まらないと心に言い聞かせ、サキとオルドファンを従え六階へと続く階段を上って行った。




