chapter 18 忍び寄る光
小高い丘を滑り降りると同時に魔言語を呟き、サキの眼前は薄い霧に包まれた。その霧に恐怖を覚えた兵士達は足を止め、戸惑いの声を上げながら同士討ちが始まった。
「ほらほら、イイ夢を見せなって!」
霧の外から的確に鞭を振るい首を切り裂き、はたまた頸動脈を絞め上げるといった見事な鞭捌きに兵士達は混乱を極めるのだった。
「さぁ苦しみなさい。私の糧にしてあげるわ」
再び魔言語を繰り返すと霧の中にいた兵士達の絶叫が木霊し、身体を丸めながら動かなくなる。サキの放った魔術は、兵士達に夢とも幻とも区別がつかない恐怖を与えるものだった。
「あはははは、いいわ、いいわよ。もっとよ、もっとちょうだい。久しぶりの走馬灯は美味だわ」
快楽に歪んだ顔で息を絶った兵士に近づくとその顔を人差し指で撫で回し、上唇を舌でなぞっていた。
「へぇ、あんたみたいなのもいるのか、ここは」
兵士とは違う軽装な出で立ちで、剣を肩に担いだ男がサキの前に躍り出た。
「あら。それはこっちのセリフだわ。そこらの人間とは違うみたいね」
「オレはただの雇われ兵さ」
「だったら帰ることをお勧めするけど?」
「あんたみたいなのを見たらそうしたいのも山々なんだがよ、報酬が良くってな」
「命と報酬、どちらが大事か考えた方がいいわよ」
「あんた魔人だろ? 連れ帰りゃ倍にもなるかも知れねぇんだ、こんな勿体ない話はないだろ」
「引くことを知らない男は嫌われるわよ。もっとも、貴方のような強がってる男の走馬灯ほど美味しいものはないのだけど」
「だったら試してみるかい? 強がってるだけなの――かっ」
男は一気に距離を詰めたが、サキも素早く霧を出ると鞭を両手で引っ張り上げた。
「ご主人様に及ばないどころか、私の敵でもなさそうね」
「ああ、そうかい!」
霧の中にいると思われていた男は、一瞬でサキの後ろに回り込んで剣を縦に振り下ろす。が、それも知っていたかのようにヒラリと避けると鞭を一閃し、男の頬に傷をつけた。
「ムリしなくて良いのよ。貴方には傷一つ付けられないから」
「はは、やるじゃねぇか。さすがは魔人ってとこか。だがな、こっちも駆逐者と呼ばれてるんだ、そうそう後には引けねぇな」
「たいそうな名前ね。それも今日で返上したらいかがかしら?」
「言ってくれる!!」
走り出そうとした男だったが、サキの鞭が一足先に首に絡みつくとそのまま男の背後に回り、大きな木の太い枝に見事な跳躍をしてみせた。
「これで終わりよ」
跳び乗った方とは逆にサキは地面へと降り立つと、鞭は男の首を持ち上げ宙釣り状態へと誘った。
「あ、あがっ、がっ」
「あはっ! 苦しそうね! ねぇまだかしら? まだ走馬灯は見ないの?」
「あがっがっ」
「いたぞ! こっちだ!」
男の顔が真っ赤に腫れ上がる直前、霧を抜け出した兵士達がサキの姿を見ると叫んでいた。
「ちっ! もう少しだったところを」
不機嫌そうに鞭を緩め、絡めた首から離すと男は顔から地に落ちた。
「そろそろ霧も晴れるわね。なら次は――こういうのはお好みかしら!」
三度魔言語を唱えるとサキの目の前に幾重にもなった突起物が無数並び、サキの合図で兵士に向かうと次々と串刺しにしていく。だが、人間をことごとく駆逐していく魔人とは変わり、押され気味なのが蛮族達とリリアだった。
「魔者なぞ一歩も入れるな!」
「ここで倒れたら我らの未来もないぞ!」
怒号が飛び交う中、リリアも必死に神秘術を唱えていたが消耗が激しく肩で息をしていた。
(スルト、早く来て!)
願うリリアは懸命に後退しつつ、蛮族の戦いから目を逸らさずに詠唱を続けていたが、全て倒されたと思われていた魔狼の眼光が、リリアのそばにある木々の間から放たれていた。




