絶望
スルトが目覚めてから六年の月日が経ち、改築された屋敷の地下では魔法の訓練が出来るようになっていた。
彼はエイムの言い付け通りに昼夜問わずここに来ては魔力を高めている。
「炎散弾!!」
伸ばした手のひらから小さな火球がいくつも発射されると壁にぶつかり四散した。
「見事よ、スルト」
振り返った先には、いつの間にか帰って来たエイムが拍手をし褒め称える姿があった。
「お帰りエイム」
「随分と上達したようね、流石だわ」
「これもエイムのおかげさ」
「スルトは炎の魔法が得意なようだから」
「確かに氷系はちょっと苦手だね、威力が無いに等しくて」
「魔力に炎が宿っているのよ。そのせいで氷系が弱くなってしまうの。
それよりも今日は紹介したい子がいるのよ。
降りておいで」
エイムの呼び掛けに小さな女の子が階段を降りてきた。
「この子はメリアム、今日から貴方の妹よ」
短い緑髪の女の子は大きな瞳を伏し目がちにしエイムの後ろに隠れてしまった。
「どういうこと?」
「彼女も貴方と同じ、瀕死であったのを助けてあげたのよ。
だからここで一緒に暮らすことになるわ」
「そうだったのか。
なら、今日からオレの妹だ。
オレはスルト、宜しくメリアム」
少女はコクリと頷くとエイムの後ろで恥ずかしそうに俯いたままだった。
「彼女には何か訓練させることはないから、何かあったら貴方が守りなさい」
「そうなのか。
なら、任せてもらっても大丈夫、大事な妹だ。今は剣技もそこそこになってきたと思うし」
「そう、であるなら明日から少し高度な魔法を教えていくわね」
「分かった、今日はこの辺で終わりにしとくよ」
スルトは仕上げと言わんばかりにもう一つ魔法を唱える。
それを見ることなくエイムはメリアムを連れて階段を上ると炊事場へ向かい、料理の手筈を教え始めた。
「スルトは料理が出来ないから貴女がしっかり覚えるのよ」
「う、うん。頑張ってみる」
教えながらの為に余計手間がかかっているがメリアムは手際よく料理をしているその間に、スルトは訓練を終え汗を流すと着替えを済ませテーブルへと着いていた。
「今日はメリアムが作ってくれたわ、一緒に頂きましょう」
「メリアムが?
スゴいな、初めてじゃないみたいだ」
「う、うん。料理は得意、みたい……」
「みたい? オレと同じで記憶が?」
「そうね、ほぼ死んでいる状態から蘇生させると記憶の欠如がみられるみたい。
でも、メリアムは貴方よりも記憶を失っているようよ」
「そっか……。
なら! これからどんどん記憶を作っていこう!
オレも妹が出来たなんて嬉しい記憶を刻みつけるからさ」
「うん、ありがと」
テーブルに並べられた料理を口に運びながらスルトは自身のことを色々とメリアムに聞かせてやり、時には笑い話なんかも混ぜ場を和ませる。
エイムは特に口には出さずに頷くだけに留め、スルトの成長を見守っている感じだった。
「それにしても二人の命を救うなんて、さすが母さんだ」
「あら、命を救ってもいずれ老いて朽ちていくのよ。だから救ってもらったなんて感謝は止めてね。
幼くして命を落とすか、長く生を全うするかの違いだから。
人はそう、朽ちていく運命であるにも争いは辞めず、若き芽を摘み取り老いた芽を踏みにじる。
そんな世界に踏み止まらせたのよ」
それはどこか淋しそうで申し訳なさそうに顔を背けるも、スルトは笑顔で言い放った。
「それでもだよ。
オレが死んでいたらメリアムとも出逢えなかった。
メリアムも生きることが出来たから、こうして家族になれた。
難しいことは分からないけど、身近な人が、心を許せる人が増えたのって幸せなんじゃないかな」
「……偉いわ。スルトは立派な大人になりそうね。
その優しさは心に持ち続けるのよ」
褒めらたことが素直に嬉しく満面の笑みを浮かべたスルトは、メリアムの頭を撫でると「これからはずっと一緒だ」と笑顔で頷いた。
そんなごくごく当たり前の日々が数年続くと、エイムはスルト達の前から忽然と姿を消し長らく二人だけの生活を強いられた。
その間にスルトはエイムに教わった左目の特異な技法を会得し、剣術もそれなりに磨きがかかりメリアムを連れ出し少し遠出も出来るようになっていたのだが、ここ数日メリアムの様子がおかしく屋敷で大人しくしていた夜、騒ぎで目を覚ました。
「何事だ?」
窓から射し込む赤い明かりを不穏に思い窓へ近づくと、街のあちこちから火の手が上がっているのが見えた。
「メリアム!!」
慌てて寝ているであろう妹の部屋へ飛び込んだが、ベッドの布団は半分捲られある筈の姿がどこにもなかった。
「どこに!? メリアム、どこだ!!」
家中に響き渡る声にも反応は無く、地下を覗いて見るも暗がりで人の気配すらなかった。
「先に逃げたか!?」
そう思い外へ出ようとすると扉が少し開いていた。
「外か!!
メリアーム! どこだー!」
叫びながら家の周りを見て回るも誰も居ず、周囲は逃げ惑う街の人で騒ぎになっている。
「おい、お前! スルトとか言ったな、早く逃げた方がいい!!」
「どうしたんです!? 何があったんですか!
妹がいないんです」
「妹さんか!? そいつは見てねぇが、魔者だ、魔者!!
人を喰ってやがる。
早く妹さん見つけて逃げるこった!」
果物屋の店主はそう言い残しスルトの前を立ち去った。
「なんだって魔者が!
メリアム、どこだー!! メリアーム」
呼べど叫べど返事はなく、逃げ惑う人々を掻き分け辺りを見て回るもそれらしき姿さえ見当たらない。
「くそっ! なんで、なんで居ない!?」
人の流れが途切れた瞬間だった。
目の前の家々が燃えている中、のそのそと人影が現れるとそれを凝視することになった。それが魔者だと感じたからだった。
素足でいて何か咥えているよな影がゆっくり近づくに連れ、スルトの目を奪った。
「そ、その服……」
見覚えがあった。
一緒の家族になった記念に買ってあげ、何度も丈を直した、メリアムのお気に入りの服。
「な……なんでお前が着てるんだよ……」
メリアムが犠牲になったと思い絞り出す声は届くことなく、影は炎の揺らめきで顔を照らし出すと咥えているものが人の腕だと分かる。
それと同時にスルトを絶望へと追いやった。
「……メリアム? お前……なのか? 本当にお前なのか?
……どうして!? なんでお前が……なんでお前が魔者なんだよ!!
……違うよな? 違うって言ってくれよ!!」
涙ながらの訴えにも応えることなく、ゆったりとスルトへの歩みを止めることはなかった。
「おい……兄ちゃんだぞ? 分からないのか?
……それも分からないのかよ!!
どうして……どうしてこうなった……」
スルトは膝から崩れ落ち、メリアムは咥えていた腕を放り出すとスルトへ奇声を発した。それのおかげで我を取り戻し立ち上がると、涙を拭い腕を伸ばしメリアムに向ける。
愛する家族に向けた刃そのもので、スルトの心は今にも砕けそうであった。




