chapter 10 仕掛けられた罠
日も落ちた森の中は松明の照らす範囲のみが明るかったが、スルトはそんな暗さのこともお構い無しにどんどんと森の中を突き進んで行った。
「ちょっと待ってよ」
「まだ何か文句でもあるのか?」
「気味が悪いってだけよ」
「気味が悪いって言っても魔者なんて居やしねぇよ。人が居るってなら尚更な。
そうだろ、サキ?」
「微かな魔の匂いはしますが居るとは言いきれないくらいの匂い。人の匂いの方が遥かに強いです、ご主人様」
「な? リリアの心配しすぎってこった」
「魔者の話だけじゃないわよ」
「だったら他にあるのか?」
「そ、それはその……幽霊とか……よ」
「そんなものが怖いのか?」
「ばっ! 怖いワケないじゃない! ただ、現れでもしたら驚くかなって」
「元は生きてた者の魂だろ? 驚くこともないだろうに。それよりもこの森には人が居るんだ。急にそいつらが現れた方が驚くだろうに」
「それとこれは別なの!」
「ああ、そうかいそうかい。
……ん? 川があるな。行ってみるか」
スルトの耳には木々のざわめきの他に川のせせらぎが聞こえていた。人が居るのなら川には必ず水を汲みに来る。そうなれば何かしらの痕跡があるとスルトは考えていた。
開けた森に流れるのはそこそこに大きな川だが、それは浅く膝にも満たない程で大きな石を足場にすれば濡れること無く渡れそうなくらいだった。
「どうだ? 何かありそうか?」
「特にないわねぇ~」
「人間の匂いは濃いですが何もないですね」
「ってこたぁ、向こう岸かも知れないな。渡るぞ、足場に気を付けろよ」
スルトはそれだけ言い残し月明かりの中、軽快に石の上を渡って行く。それに続いてサキも難なく渡って行くがリリアの歩幅には距離が少し開きすぎていた。
「ちょ、ちょっと待ってよー!」
「落ちたところで足しか濡れないんだ、一人で来いよ」
「んなこと言ったって! きゃっ!!」
中程まで行ったところでリリアは足を滑らせ後傾気味に川の中へ落ちた。
「あぁん、もぉ!」
「はっはっはっ! 全身濡れるくらいなら歩いて渡るべきだったな」
「私だって落ちたくて落ちたんじゃないわよ!
ん? 何これ?」
ずぶ濡れになった全身の服を肌から引き剥がしていると、石とは違う感覚が足元に引っかかり、川の中に手を入れそれを手繰ってみた。
「縄?」
触感から縄のように感じたリリアはそれを持ち上げて見ると、小石を掻き分け反対岸まで伸びていた。
「リリア! それを離してこっちへ急げ!」
「え? なに? どういうこと?」
「リリアさん、さあ手を取って急いで下さい」
サキはリリアの元まで戻り手を差し延べると、リリアは一瞬だけ嫌な顔をしたが緊急事態と腹をくくりサキの手を取り川を渡った。
「はぁ、はぁ、一体、何なの?」
「そいつは鳴子って言ってな、侵入者を知らせる罠ってやつさ。
縄が森まで続いてるだろ? そいつの先に音が鳴る物が付けられてるってことよ」
「なら、この先に?」
「とは限らねぇな。向こう岸にも伸びてるし、それがどういった風に繋がってんのかは仕掛けた当人しか分からねぇよ」
「じゃあどうする? 隠れるの?」
「いいや、向こうさんから来てくれるなら願ったりってやつだろ。このままここにいる」
川のせせらぎだけが辺りを支配する中しばらくするとサキは身構えた。
「誰かいます。そんなに多くはないと思いますが」
サキが示したのはスルト達より右に寄った森の中。そこは人一人分ほど高くなっていて相手を見るにはうってつけの場所であった。
「おい! そこにいるんだろ? 出てこいよ。オレ達はあんたらに用があって来たんだ」
スルトの呼び掛けにすぐには反応を示さなかったが、少しの間を置いて五人十人とぞろぞろ森の中から姿を現し川の中央まで出て来た。
「見たところ人間のようだし、何の用かしら? 国の遣いで来たのかしら?」
先頭に立ち一段高くなった川の更に高くなった大きな岩に仁王立ちをし、マントを靡かせて話すのは、短い髪に目元だけを覆った赤い半仮面の女性だった。
「国の遣いだって? そいつは高く見られたもんだな。門前払いを喰らってあんたらのことを頼って来ただけのしがない旅人なんだが?」
「私達を頼ってですって? それは怪しいことこの上ないわね!」
「そいつは言い過ぎた。頼ってじゃねぇな。オレ達に協力してくれるなら制圧を見逃してやらぁ」
「やはり遣いの者だな! 魔を操りて民を苦しめるこの国に従順する者よ。我がシャーリーの名においてこの剣の錆びにしてくれよう!
正義は我らにあり!!」
シャーリーと名乗った半仮面の女性はすらりと剣を抜くと月夜の空へ高く掲げ、スルト達に厳しい視線を送ると剣先を一瞬向けて横へ払うと岩から大きく飛び跳ねた。




