隻眼の少年
街外れの片隅にひっそりと佇む小綺麗な家屋。
他の家屋と異なることなく備わっている地下貯蔵庫だが食糧の類いは無く、有るのは書物や妖しく輝く石など生活に関わりそうな物は何もない。その地下の中心に備えられた長い台座には青白い顔の少年が横たわり、傍には金髪の女性が立っていた。
「そのまま成長するならそれもまた良し。そのままの姿を保てるならば……」
女性は少年の顔を撫でると棚の端にある箱を取り出し、封の印を剥がすと赤い宝石を手にするも苦悶の表情を浮かべた。
「くっ……吸われることには馴れないものね。魔力が尽きる前に始めるわ」
少年の左目の上に宝石を置くと魔言語を紐説いていくと、それに呼応するかのように床面に描かれた魔方陣が紫色の光を放ち、二人を包んで輝きを増す。
「生命の源となりし紅の輝き。
其の導きにて吐息を宿し鼓動を戻さん。
今こそ彼の一部と成りて煌めきを取り戻さん」
彼女の魔言語に宝石は輝くと共に少年の左目の中へと消えていった。
「はぁはぁはぁ……。
あとは目覚めるのを待てば良い、か。どうなることかしらね」
女性は頬に赤みを帯始めた少年の左目を覆うように白地の紋様が入った眼帯を着けると、階段を上り自室へ戻るとベッドに転がり込んだ。
「五分五分ね、これだけのことをして。
これが成功したならあの子と共に生きていくだけ。駄目であればそれまでのこと、と割り切るしかないのよね。
もし、あの子が共感してくれたなら一国の王へと思ったけど」
天井を見上げながら呟くも後には虚しさしかなかった。何十年、何百年と同じことを繰り返して来た彼女にとって先程の施しは日常的であり、成功したことはなかった。
それだけに少年へ親身な想いを抱くと共に早々な別れによる痛みとが共有していた。
「成功しなければ手を変えるしかないわね。最早、情を持つべきではないのかも……それこそ魔者と一緒だわ。
いえ……そう、そうだわ。魔者ね、魔者の持つ魔力を利用する……違うわね、それなら一緒。
やはり物理的な何かが必要か……」
ベッドから出ると一つ書物を取り出しては戻し、それを幾度か繰り返すと深い溜め息を吐きペンを握り羊皮紙へ向かった。
「今までしてこなかったこと……。
魔者の血、魔者の心臓を扱う。出来るならば魔者ではなく亜人種であれば良いのだけど、それって贅沢よね。
魔者の血には魔力が宿っている。けれど、それを飲む? 冗談じゃないわね。それにそれだけで維持出来るならば誰かがやっているはず。
では、何故誰もやらない?
人間の体に何か起きるということ、か。試すしかないわね。
獣はおそらく魔獣へと変わるでしょうけど、人間は?
魔人にでもなると? だとしても、良いとこ半魔人かしら。
やはり、どう考えてもここまでは予測の範囲ね。この先が有るのか、無ければそれまでだけど、研究の価値はある、か。
幾年と生きていても情だけは捨てきれなかった、けど……」
少し決意しかけたところで隣の部屋で物音が聞こえ、羊皮紙を本に挟むと部屋を出ると、そこには地下にいるはずの少年が這いずり出てきたようだった。
「意識が戻ったようね」
「あ、あぁぁ、僕は……僕は一体……」
「あなたは死にかけていたのよ。それを私が助けたの」
「目が……目が見えない……」
「それは生き延びる為に仕方無かったの。左目のおかげで生きてるのよ」
「そっか……そうなんだ……」
「あなた、名前は?」
「スルト……僕はスルト」
「スルト、ね。
私は……そうね、エイム。エイムと呼んでいいわよ」
「そしたらエイム、僕はこれからどうなるの?」
「貴方はこれから私と一緒に暮らしていくことになる。
けれど、母とは思わなくていいわ。一人で生きて行けるようになるまで傍にいてあげるだけだから」
「うん……。
でも……でも、ずっと一緒に居て欲しい。何も分からない……僕には何も無いから」
「ええ、色々教えてあげるわ、大丈夫。
安心しなさい、大丈夫よ」
エイムは下を向くスルトを優しく抱きしめた。
「けれど、一つ約束があるの」
「何?」
肩越しに返事をしたスルトは少し不安な声だった。
「左目の眼帯は決して取らないこと。私が良いと言わない限りは取らないことよ」
「取ったらどうなるの?」
「私にも分からない。
けど、誰かを傷つけることになるかも知れない。それが自分の思っていないことだとしても、よ」
「それは……イヤだな」
「だったら絶対取らないことよ。
私が取っても大丈夫なように教えていくから、それまでは誰の前でも取らないことよ」
「うん、約束する……」
「良い子ね」
エイムは頭を撫でてやると手を取り立ち上がらせた。
そして、自身の顎に手をやり白衣のスルトのことを足元から目を配らせた。
「先ずはその眼帯が目立たないような服が必要といったところね。
少し待っていなさい、地下から取ってくるわ」
頭をポンポンと軽く叩くとスルトが上がってきたばかりの階段を下り、見送ったスルトは部屋をぐるりと見回した。殺風景な部屋には書物ばかりで子供が目を引くような物は何一つ無い。
どうにも出来ないスルトは部屋の真ん中で椅子に座りエイムの帰りを待つしかなかった。
「スルト、先ずはこれを着けなさい」
「これは?」
エイムが手渡したのは綺麗な緑色の宝石が付いた足輪であった。
「これは貴方の体内に眠る魔力を高めてくれる魔力増幅石よ。これから生きていくことに必要なの。
それから、この服なら貴方にぴったりだと思うわ」
「ありがと。今はこれに着替えておくよ」
渡した黒と紫の服は一枚貼りの外套は刻印も押され何かの魔法に関係しているようだった。
「それに着替えたら買い物に行きましょう。スルトの好きな物を夕飯にしてあげるわ」
「うん、ありがと」
自分は何が好きなのか思い出せないが必死に食べ物を思い浮かべながら着替えを済ますが、それでも思い出せないスルトは考えるのを止め、実物を見て決めようと思った。




