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春のジョギング〜気になる彼女を追いかけろ!〜

作者: 刻露清秀

 僕はいわゆるガリ勉である。勉強に生き、勉強に死ぬつもりで生きてきた。人間という生き物は、獣人に比べれば俊敏でなく、ドワーフと比べれば器用でない、そんな生き物だ。ならば勉学に生きるのが賢明であろう。


 それなのに僕は、ここのところ毎朝ジョギングをしている。走るのは苦手だ。ジャージも学校指定のものを使用している。どう見てもジョギングなんて趣味を嗜むようには見えない人間である。


 だがしかし、ジョギングをする必要があるのだ。あの、猫耳娘に会うために。


 猫耳娘、と僕が勝手に呼んでいる獣人は、僕の家のすぐ近くをジョギングコースとしているらしい。一週間ほど前、マンションのゴミ捨て場の近くを走っているところを見た。


 しなやかな体躯、ふわふわした鈍い銀色の髪、柔らかそうな大きな猫耳。そしてエメラルド色の瞳。


 手っ取り早く言えば一目惚れである。女の尻を追いかけるという慣用句があるが、僕は文字通り猫耳娘の尻尾を追いかけるためにジョギングをしている。


 大きく深呼吸をし、軽くストレッチをする。普段の運動不足が祟ったのか、昨日は足がつって酷い目にあった。しばらくマンションのゴミ捨て場にいたが、猫耳娘はこなかった。


 仕方がない。走るとしよう。


 我がマンションの近くのジョギングコースとなれば、おおかた検討がつく。川をくだって市民公園だ。


 春の匂いの風を吸って吐いて、吸って吐いて。川沿いの桜は、もう蕾を膨らませていた。


 ジョギングをするようになってから、ほんの少しだけど、季節の違いに敏感になった。僕のアイデンティティは変わらずにガリ勉であることだが、それとは別に体を動かすことも悪くない、そう思えるようになった。


 恋って不思議だ。


 メガネがずり落ちたので、立ち止まってかけ直した。メガネは運動には向いてない。でも今更コンタクトに変える気はさらさらない。どうしたものか。


 なんてくだらないことを考えながら、僕は何気なく川の対岸を見た。


「あ」


思わず声が出た。


 彼女だ。


 鈍い銀色の猫耳娘。


 花曇りの空の下、今日はサーモンピンクのウインドブレーカーを着た彼女が、まるで一幅の絵のようで、僕はメガネの奥の目を細めた。


 次の瞬間、僕は全力で走り出した。


 獣人に足の速さで敵うわけがない。それでも走らずにはいられなかった。


 追いついたら何を話そう。


 そんなことも考えなかった。


 走る。走る。走る。


 吸って吐いて、息が切れる。


 でも僕は走ることを楽しんでいた。もしかしたら僕と彼女は古くからの知り合いで、一緒に走っているのかもしれない。そんなバカな妄想が膨れ上がるほどに、僕は楽しんでいた。


 が。


 転んだ。


「だ、大丈夫にゃ⁈ 」


語尾つける系の子なんだね……。


 数分後、派手に顔面から転んだ僕は、猫耳娘に介抱されていた。ダサい……。我ながらすごくダサい……。話すきっかけは欲しかった。だがこうじゃないんだ……。


「じゃあ、私は行くにゃ」


「ま、待って! 」


せっかくのチャンスが!


「何かにゃ? 」


「あの、また、走ってれば君に会える? 」


なんだ、その絶妙にカッコ悪い気障なセリフは!しかもヘタレ! 


 心の中で自分にツッコミを入れた。でも猫耳娘はニコリと笑ってこう言った。


「うん、また会えるにゃ」


颯爽と走り去る彼女は、やっぱり美しかった。

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