アリシャの語る創造神話
雨を遮る大木の下。小さな空間で雨音に耳をすませ、ぼんやりとしていると、不意にアリシャが声をあげた。
「そうだ、良かったら先ほどのお話、神学の探求者である私がお話しましょうか」
「え?」
「なんだ、突然」
アリシャはふふふ、と得意げな笑みを浮かべ、
「先ほどの、闇の神のお話ですよ。私の主学は神学ですから、お話は得意なんですよ」
と胸を張る。
「……は?」
「嘘だろ……?」
俺とルーチェは愕然とした。
神学の探求者のイメージと目の前のアリシャを比べるが、まったく一致しない。
神学の探求者といえば、いつも穏やかな笑みを浮かべ、静かに人々の話に耳を傾ける人格者。
間違っても、迷子になったり、スライムにあわてふためいたり、と落ち着きのないことはしないはずで。落ち着きのないアリシャのイメージと相反する存在だ。
「な、何ですか? その微妙そうな視線は……」
「武学、……槍学の探求者だと思ってたから、びっくりした」
「……神学の探求者のイメージからの逸脱具合に、驚愕していたところだ」
「なんか、神学の探求者への敬意が半減しちゃう……」
「『面汚し』という罵りの言葉を作った人間を不憫に思うよ」
「ふ、二人とも、歯に衣着せぬ物言いにも程があると思うのですけれど……っ! 容赦ないですね?!」
アリシャは半泣きだ。
「まぁ、出会いが出会いだからな」
「うん。白々しい褒め言葉はきっと虚しい」
「ひ、ひどい……」
非難すれば、ごめんごめん、などと謝罪が返ってくるとでも思っていたのだろうか。アリシャはなんとも言えない顔で俺たちを見つめてくる。
ま、そんな顔をしたところで、慰めてなんかやる気はない。平然と見つめ返していると、アリシャはがっくりと肩を落とした。
「……もう、いいです。はぁ。それでは、説明も兼ねてお話ししますね」
***
『世界の始まり』
昔々、神は一つで、二つの顔がありました。
一つの顔は良きもので、もう一つの顔は悪しきものでした。
ある日、悪しきものは、良きものに一方的にまくし立てました。
「私とおまえは全然ちがう」
「おまえは私の考えと違うことばかりして、見ているとイライラする」
「私はおまえより、上だ。優れているのだ」
「おまえは邪魔だ。目障りだ」
「もう、おまえと一緒になど、いられるものかっ!」
悪しきものは、良きものとの差異が許せず、腹を立て、見下し、とうとう、自分から切り離しました。
こうして、良き神と、悪しき神が生まれました。
それからしばらくして。良き神は何か、素敵なものを作ろうと思いつきました。
そして、大きな瓶を用意するとそこに命の種を入れ、さらに水を、火を、歌声を入れ、風を吹きいれ、かき混ぜます。
良き神は、他に素敵なものはあっただろうか、と考えつつ、思いつく限りのものを瓶のなかに放り込んでいきました。
そうやって瓶の中に夢中になっている良き神の後ろでは、悪しき神がその姿を睨みつけていました。
悪しき神だって、なにかすごいものを作れるし、これから作るつもりだったのです。
それなのに、良き神が先になにか、すごいものを作り始めてしまい、それが面白くありませんでした。
なぜなら、良き神が作った後に、同じようになにかを作ったら、自分が良き神の真似をした、劣った存在に見える気がしたのです。
――自分のほうが先に思いついたはずで、自分のほうが優れているのに。
良き神が先んじて何かを作り上げることで、一瞬でも悪しき神のことを格下に見るのでは、と思うと、腸が煮えくり返るような気がしました。
――良き神めっ! 私の先回りをして結果を出そうだなんて、ずいぶん、小狡いことをしてくれる。いいだろう、私の邪魔をしたことを後悔させてやるっ!
悪しき神は胸の中からドロドロとした、真っ黒なものを引っ張り出すと、えいやっ、と瓶に投げつけました。
すると、瓶は大きな音を立てて割れてしまいました。
良き神は、割れた瓶の破片が散らばる地面を呆然と眺めていました。
悪しき神はその様子をほくそ笑んで眺めていましたが、良き神は何かを拾い上げ、喜びの声をあげました 。
「あぁ、すごいものができたぞ。見てくれ、とても美しいものができたんだ」
悪しき神が良き神が差し出す手の中を見ると、そこには一つの世界がありました。
それは最初、闇に包まれていました。
ですが、見つめ続けていると、闇の中から光が生まれ、世界を照らします。
けれど、いつしか光は闇に飲み込まれ、そしてまた、闇が世界を支配します。
闇の中から光が生まれ、光は闇に飲まれ。
一時も滞ることなく変化を続けるそれは、確かに美しいものでした。
――こうして、私たちが住む世界は生まれたのです。
***
「あ、この話知ってる、かも。小さい頃に聞いたきりだったから、うろ覚えだったけど。うん、そういえば、こんな話だった気がする」
「……まぁ、神話の本には必ず載っている話だし、語り部の鉄板だからな」
一瞬、小さい頃? とアリシャと一緒に首を傾げたが、指摘するのはやめておく。この赤い髪のちびっこは一応、十四歳らしいのだから。アリシャもそう判断したようで、困惑の表情から笑顔へと切り替える。
「えーと、それでですね。普通は一神教でも多神教でも、この良き神を崇めるのが普通なんですよ。唯一神だとか、主神だとか。考え方は違えど、この世界の頂点にはかの神がいると考えるのが一般的です」
だが、十人十色。百人百様とは言ったもので。
星々の広がる空の下、大陸の上に散らばって存在する数多の人々。
その中の一人と、その他全員が、一律で全く同じ思想、価値観であるはずもない。
良き神を崇める人々がいれば、悪しき神を崇める人々だって存在するのだ。
「塔の神学者たちは『人は良き神に創られたが、悪しき神から獣を贈られた』と考えており、『獣の主となり、従える』ことを目指しています。それこそが神学を極める――賢者になる、ということですから」
探求者とは、それぞれの選んだ『学』を極めることにより、世界の真理に辿り着くことを目的としている。すべてを、世界を知る『賢者』を目指す者たち。
そして、その得た知識、智慧を人々に広め、人類全体がより真理に近づくよう行動している。
だから、旅の探求者の話を拝聴している大陸の人々も『心の獣』を律し、良き神を崇めるのが当然であり、常識なのだが……。
「人は弱い生き物ですから。自身を律すること、『心の獣』を従えることができない人も必ず出てきます。そして、できないことを許せず、非難する狭量な人間も。そうすると、責められた人たちはどう考えると思います?」
「え? えーと……、自分にがっかりする?」
「そう。そして、そのまま自身をなくす人もいるけど、逆に、反発する人も出てきます。自分に否定的な意見が出ると、人は自分を守るために言い訳したり、攻撃的になる。おかしいのは周囲の方だ、と怒り、憎しみすら感じる」
――だって、仕方がないじゃないか。
――細かいことばかりネチネチとうるさい。
――みんな、偽善者だ。表面を取り繕っているだけで、内側は真っ黒に違いない。
――自分はおかしくなんてない。周りが間違っているんだ。
――みんなは良き神を崇める、カッコつけで嘘つきの偽善者ばかり。人間なんて、本当はみんな薄汚くて、自分と違いなんかない。いいや、嘘をついていないぶん、自分のほうが上なんだ。
――そうだ、良き神なんて、本当は悪しき神の足元にも及ばないに違いない。
「周囲を、良き神を貶めることで、自分のほうが優れていると思いこむ。そういった人々は悪しき神を闇の神と呼んで崇めるのです」
「……それが、闇の神の崇拝者」
「そうです」
「でも、それと殺人と、どう関わってくるわけ?」




