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豪雨、雨宿り




「はぁ? 分かるか、って。いくらうちが田舎でも、そのくらい……。そりゃ、都会ほど吟遊ぎんゆう詩人しじんは来ないし、ていうか、旅芸人……」


 一瞬、黙り込んだのち

「ていうか、そのくらい、親が子供に話して聞かせるしっ!」

と、若干じゃっかん、腹立たしげにルーチェは話を打ち切った。

 どうやら、今まで彼女の村だか町に来た数少ないかたは、神の話はしなかったようだ。


「神様の話なら、幼い頃、父さんが……よくしてた」

「あ、ルーチェのところもお父さんがお話をする派ですか?」


 不貞ふてくされたように顔を背け、地面をにらみつけるルーチェに、アリシャがぱっと顔を輝かせた。


「うちもそうだったんですよっ! いえ、お母さんも話してくれるんですけど、お父さんが話すほうが断然、面白かったから、私がお父さんにばかり読んでって強請ねだってたんですけどね? だって、話す登場人物が変わるたびに、声がコロコロ変わっていくからおかしくって、おかしくって……」


 そう言って、懐かしむように微笑んで黙り込む。

 そういえば、アリシャは賢者の塔の探求者だが、彼女の家族はどうしているのだろうか。

 賢者の塔に入ると、家族とはめったに会えなくなる者もいるが、親が探求者で、そのまま子供も探求者に、ということも多いらしい。若ければ十歳ぐらい、もっと早い者だと五、六歳と、物心がついた頃には放り込まれることがあるとか。


「……べつに、私は父さんに話してもらいたいなんて思ってなかったし。ただ、母さんが壊滅的かいめつてきすぎて、しょうがなく……」

「か、壊滅的……?」


 困惑して首を傾げるアリシャに、ルーチェは渋々しぶしぶ、といった様子で話し始める。

 ルーチェの話す母親像に、俺は正直引いた。


 物語は最初、明るく元気よく始まるが、次第しだいに雲行きが怪しくなる。

 しょっちゅう言葉につまり、『あれ?』『ええと……?』『あ、違った。たしかこうよっ!』と、首を傾げて、二転、三転。

 最終的に、どう考えても捏造ねつぞうされた展開になり、矛盾を指摘しようものなら、さらに上をいくとんでもない設定が出てきて、最終的に話は明後日あさっての方向に。

 でも、ちゃんと最後のオチは覚えているようで、そこだけはしっかり話そうとするらしい。

 たとえ、いなくなったはず、または一度も出てこなかった登場人物が、なぜか脈絡みゃくらくなく登場することになったとしても、お構いなし。

 今までいた登場人物は説明もなくかき消えて、世界の果てにいたはずなのに、大陸のど真ん中で、みんなが知っている物語の終わりを迎えるらしい。


「んー。なんか、愉快ゆかいなお母さんだね?」


 ――それ、愉快で済むのか……?


 俺は思わずツッコミを入れそうになって、

「あんなの、いい加減で、適当で、無責任なだけだっ……!」

吐き捨てるルーチェに言葉をなくす。

「ルーチェ……?」

 アリシャが心配そうに表情をうかがおうとするが、その小さな少女の顔はフードに隠されている。


 ――ポツリ


 大粒の雨に俺はハッとして、上を見上げた。


 ――ポツリ


 もう一粒。

 大きな雨粒がほおを打った。

 思わず一歩踏み出して、踏みとどまる。


「おい、大木の下に急げ。豪雨が来るぞ」

「うぇっ! あれは、もう御免ごめんですっ!」


 情けない顔をしたアリシャと走り出す。

 遅れて走り出す足音に、俺はスピードを上げた。


***




 どお、と全てをかき消すような雨音とともに土砂降りの雨が始まった。

 大木の下に避難したものの、葉を伝った水滴が時折落ちてきて、アリシャは慣れていないせいか、時折、あたってはビクリとしている。


「これ、いつまで続くんでしょうか」

 アリシャは幹に近い、太い根に座り込み、憂鬱ゆううつそうに水たまりをたたくく雨を眺めた。

「というか、雨なんか日常茶飯事で、気にもせず町に向かうのかと思っていました」

「いや、町中ならともかく、城壁の外、しかも、森の近くでそんなことをしたら危険だな」

「え? き、危険ですか?」


 困惑して首を傾げるアリシャに、呆れてしまう。


「おまえ、スライムのこと忘れてるだろ」


 アリシャは思わずと言ったように、頭に手をやった。タオル代わりの水だけ吸うスライムに、頭が溶かされるのでは、と慌てたことを思い出したのだろう。表情も自然、渋いものになる。その様子が愉快で、俺の口調は自然と機嫌の良さがにじむ。


「水に浮かぶやつもいるが、普通、水たまりの底を平然とって進むんだよ。それに気づかず踏んだりしたらブーツが台無しだ。下手すると、足も怪我する」


 水に流されるスライムはめったにいないが、それもないわけじゃない。

 捕食植物がスライムを分泌するタイミングと、豪雨のタイミングがピッタリ一致することが、たまにある。

 そうすると、防衛型のスライムは地面や敵に張り付く前に、水に流されてしまうのだ。

 それだけなら良いのだが、最悪なのは足元の巡回型スライムに気を取られている間に、迷子になった防衛型スライムに標的にされた場合だ。雨で視界が悪いと泡とスライムの見分けも難しい。


「他国から入ってきたばかりの旅人は、それでブーツやローブの裾に穴を開けて泣くことになるらしい」

「うわぁ……」


 アリシャは運がいいのか、今までスライムを踏みつけてしまったことはないようだ。だが、その危うさに今さら気づいて顔を青くしている。

 俺は話が終わると、視線を外に向けた。木の根のそばに巡回型スライムの通る跡もない。雨が終わるまでは、ぼんやり座っていても問題ないだろう。

 地面に叩きつけられる雨音だけが、響いている。この二人と一緒にいるのは一日足らずにも関わらず、随分、久しぶりの静けさのように思えた。

 視線をチラリとルーチェに向けるが、彼女はフードを深くかぶって、沈黙を続けている。

 アリシャは心配そうにルーチェを見るものの、かける言葉が見つからないようだ。


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