魔王の影
ふっ、と意識が浮上する。
目覚めたばかりのクリアな思考で、まず考えるのは、次の絵の題材と、構図についてだ。
――次は、石花ワニのいる沼にしようか……。いや、待てよ? 昨日、魔物が暴れた場所はどうだ? 破壊のあとも、雨と霧がすべて飲み込んで、静寂に包まれいる所なんて、面白いかもしれない……。
俺は創作意欲に突き動かされるように、起き上がった。
俺のベッドは、アトリエの隅にあり、絵を描いている最中に眠気に襲われたら、そのまま、ふらふらとベッドに直行。目覚めたら、そのまま絵を書き始められるようになっている。
――スケッチブックを用意して、昨日の場所に行こう。
そう決めたら、行動開始だ。
俺が外へ出ると、外はぼんやりと明るかったものの、今日の雨はやや強く、雲も厚いようだ。一瞬、スケッチに行くか迷う。描こうと思った絵の雰囲気より暗い感じになる、ということに、少し気を削がれたのだ。
だが、それも一瞬のこと。
描く前から、どんな作品になるか悩んだところで分かりはしない。
さっさと出かけようとブーツを手にしたところで、声をかけられた。
「なに、してるの? 一人でどこに出かけるつもり……?」
眠そうで、不機嫌そうなルーチェが戸口にいた。
「あぁ、そうだった。そういえば、お前らがいたんだった」
思わず声に出してつぶやけば、ルーチェが目を細める。
「まさか、忘れてたの?」
「……朝食を済ませたら、出る。一番近い町だとフェルフェだな」
返答を避ける俺に、ルーチェの表情が一段険しくなるが、どうやら、話をそらしたのは見逃してくれるらしい。
「……一番近いのは、クスクの村じゃないの?」
不満を飲み込んだルーチェの質問に淡々と答える。
「今、村はまずい」
「あぁ、警戒されるから?」
「いや、疑心暗鬼から私刑されかねない。下手したら死ぬかもな」
「……っ!」
ルーチェは息をのんだ。
「……だって、探求者だよ?」
「騙りかもしれない、と、少しでも疑いが起こったら終わりだ。エンブレムは本当の探求者を殺して奪ったんだ、とかな」
ルーチェは黙りこむ。
「きっと、町の方がましだろう。一部の人間に絡まれるかもしれないが、助けを求めれば、巡回の兵が助けてくれるはずだ。全員が知り合いの村は、馴れ合いや、事なかれ主義が横行してるからな。よそ者の叫びなんて誰も聞いたりしないさ」
「そう、だね……」
暗い顔でルーチェがうなずく。
「なんで……。いつの間に、この国はこんな風になっちゃったんだ……っ!」
押さえ込んだ怒りに声は震え、唇を噛み締め、目を伏せる。
その姿を見ていると、ふと、昨日の魔物の姿を思い出した。
「魔王……」
「え?」
気づけば言葉がこぼれ、ルーチェは不思議そうにこちらを見ている。
……まさか、そんな事はあり得ない。
魔王は十二年前に処刑されたはずだ。
「まおー……。昔、大陸を侵略しようとして、勇者に討伐された魔王のこと?」
ルーチェが眉をひそめてこちらを見ている。
「いや、なんでもない」
「なんでもないって――」
「おはようございますっ!」
元気一杯、溌剌とした大きな声が会話をぶった切った。
「あ、アリシャ……。おはよう」
「……」
「お二人とも、早いですね。私は久しぶりのお風呂と屋根のおかげで、ぐっすり眠れたんですが、寝過ぎてしまいました」
――うぜえ……。つうか、顔がうるさい……。
にっこりと笑う、ツヤツヤした少女の顔を見て、俺は顔を歪めた。
昨日もうざかったが、今日はその比じゃない。
昨日も表情はくるくると変わり、笑顔が多かったが、湿気のせいか、スカーフでまとめた亜麻色の髪は跳ねぎみで、顔は疲れが滲み、外であった時は濡れ鼠のようだった。
それが今日は髪は艶があり、スカーフと一緒に編み込んだ三編み――昨日と髪型が違う――から、飛び出す毛先はない。顔は晴れ晴れとして、太陽のようなまばゆい笑顔。なんだか、肌も綺麗に見えるし、声は弾んでいるしと、存在がやかましい。
「ヒュドールのお風呂ってすごいですねっ! 蒸し風呂が良かったのか、あの泥が良かったのか、髪も肌もしっとり、ツヤツヤで。雨の中の野宿が続いていたので、しっかり身体を温めて、家の中で寝れたのは、とてもありがたかったです。もう、今日は疲れは全部吹き飛んで、元気いっぱいですっ!」
――見りゃぁ、分かる。なんだ、このハイテンション……。
アリシャのキラキラと輝くエメラルドグリーンの瞳と、紅潮した頬、花のような笑顔を見る俺の目は、きっと、死んだ魚のような目をしていたんじゃないだろうか。
「ん、よかったね。ご飯食べたら、町に向かうらしいよ」
「あ、ホントですか? ヘルトさん、ありがとうございます。よろしくお願いします」
ぺこり、と頭を下げるアリシャに、「はぁ……」と適当に返す。
あのハイテンションなノリはルーチェに向けたもののようで、俺に対しては礼儀正しく、落ち着いた感じで話してくるようだ。
ちゃんと使い分けてくれるようで、ホッとする。あの元気いっぱいな、若いノリで始終話しかけられたら、捻り潰したくなるところだ。
「じゃぁ、私、朝ごはんの用意をしてきますね」
「私も行く」
お世話になるのだから、と朝食の準備を買って出るアリシャにルーチェが続く。
「あ、ほんと? 実はまだ、この国のかまどを一人で使うの不安だったから、嬉しい。ありがとう」
「私も不安」
「? ……あ、そうだよね。昨日の今日じゃ、任せられないですよねぇ」
苦笑するアリシャに、ルーチェが無言でこくりとうなずく。
なんだか、二人はだいぶ仲良くなったようだ。
一緒に風呂に入って、料理をして。ずっと、面倒をみて、みられて、と過ごしていたからだろうか。
一晩でずいぶん、距離が縮まったようで、不思議な感じがした。
ふと、ブーツを手に持ったままだったことに気づき、ため息をつくと、部屋へ戻ろうとブーツを放る。
――町に行く準備、かあ……。
たしかに、そろそろ買い出しに行かないといけないものはあるが、気が進まない。
「あああ、くそっ」
頭をがしがしとかいて、毒づいた




